猫のおきて
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(07.2.13 注記:文中、羅宇師の添削句を訂正しています→※の箇所) このたびの「立春の猫句会」に沢山のご参加ありがとうございます。お蔭様で初回から盛り上がり、選者一同感動しております! その中から「選ぶ」というのも甚だ僭越なのですが、「評価」などというより、「これが好き」ということとご理解下さいまし。 各選者、力を入れて選をした結果、1回のエントリの文字数の限界を超えまして、「結果発表」と「講評」の2つに分けて載せました。お時間のあるときにお読み下さいまし。●方式のご説明・選者1人が5句選句、1位「天」、2位「地」、以下「人」。同一人の句から、複数句選ぶのもOK。・その回の総評を担当する選者の持ち点を高くし、「天」5点、「地」3点、「人」を1点、あとの二人の選者は「天」3点、「地」2点、「人」1点。・3人の選者の合計で特選を決定。●結果○特選 老い猫の 呼吸確かむ 春遠し ババネコさん○準特選 ひさびさに見る贔屓猫春立ちぬ 痴忽さん 黄梅の陽射しぬるりと猫の足 ヨリさん●各選者の選句・選評○馨歩 選<天> 老い猫の 呼吸確かむ 春遠し ババネコさん 老いて衰えた動物と暮らしたことのある人なら誰しも、胸に迫る句。丸い寝姿を見守っていても、「ああ、ちゃんと呼吸してる」という、若いうちは案じもしなかったことで、胸を撫で下ろしたりする、その切なさ。 寒さで活動量が減ったり食が細くなったり、そういった変化の一つ一つも、飼い主の心に影を落とします。暖かくなれば、もっと元気になる――、その思いから、「早く春よ来い」と切実に願い、願いが強いほど、その訪れはじれったいほど遅く感じられるものです。 冬を越えるのは、人間も含め、老いた生き物には一苦労です。ちなみに当方、かつてこんな句を詠みました。 老犬が今年も見たり梅の花<地> ひさびさに見る贔屓猫春立ちぬ 痴忽さん 冬の間は、見かける外猫が少なくなります。どうしているか心配したり、「猫のことだから、気が利いた暖かい場所に潜んでいるに違いない」と希望的観測を持ったり。 立春、暖かさに誘われて散歩に出、冬の間ご無沙汰だった、顔馴染みの猫を久々に見かけるのは、嬉しいものです。<人> 豆まく夜息災うれし吾と猫 南行さん 例年の行事を、今年も恙無く迎えられた。そういう当たり前に思えることを、しみじみありがたいと感じるようになるのも、人生の山坂を越えたからこそ。豆まきの後、吾は目刺し、猫は鰯の刺身の数片で、晩酌の膳を共にする光景も目に浮かびます。 アンカ下り 目指す縁側 梅の足 Tomatoさん アンカから縁側へ。その移動に、冬から春への季節の移ろいを感じます。歩いていく白黒八割れ猫の姿も思い浮かび、ほほえましいですね。「梅の足」を「猫の足」の意に捉えると、季語は「アンカ」ということになってしまうのですが、うーん、まあ「梅」を季語扱いということで。 春待ちの 添い寝 いとおし 猫の背(せな) ロドリーグ。さん 猫との添い寝は寒いうちだけのお楽しみ。現金な彼らは、気温が上るともう用無しとばかりに人間の寝床を離れます。春近くなると、添い寝もあと少し。傍らで眠る猫の背の丸みをなぞり、その温かさを愛でる晩冬です。 以上、当方の選句については、初回につき、募集の際の条件に合致していることを重視しました。今回は「立春の猫句」でしたので、立春前後から大きく外れる季語が使われていると、いい句だと思いながらも選ばなかったものもあります。 例えば、「小春」は陰暦10月の異称で、「小春日」は初冬の季語です。そして「花」が春を象徴する季語なら、「月」は秋を象徴する季語。月は通年出ていますから他の季節の季語にもなりますが、その場合は、「月」、「月夜」に何らかの修飾を加えます。「朧月夜」なら春の季語、「寒月」なら冬の季語という具合ですね。「寒」、「雪」なども、そのままでは冬最中のイメージですが、「余寒」、「名残雪」などとすると、冬から春に向かう季節の移ろいを感じさせ、季語としても初春のものになります。 春立つ後の季語でなくとも、冬も末の頃の事象や、やがて来る春をイメージさせるものなら、立春「前後」の句として通用する、と判断しました。季寄せで言えば初春に至らない、晩冬に分類される季語はOKという解釈です。「春遠し」も、春へ向かう思いを滲ませた、晩冬の季語。山本健吉先生曰く「『遠し』とは待ち遠しさであり、文字通り遠いことではなく、近いものを遠いと感じたので、待ち望む心の強さを示すものである」(『日本大歳時記』講談社刊)とのことで、当方も同感です。 それから、「惜しい! 春だけど、“立春”というよりも、これは“雨水”だ」とか、「“啓蟄”だ」と感じた句もございます。例えば、水 ぬ る み な お 柔 ら か き 猫 の 足 ひと子@18Fさん これ、雨水がぴったりですよね。で、虫を見る猫の額に春とまる ヨリさん 虫が登場したら、啓蟄のイメージではないかと。「四季」でなく「節気」の猫句ですので、当方は今後もそんなふうな選び方をしてまいります。細かいことを申しますが、懲りませず、宜しくお付き合い下さいまし。○沖原椎茸 選<天> 老い猫の 呼吸確かむ 春遠し ババネコさん 飼い主と猫の過ごした歳月と思いやりが浮かんできます。<地> 脱ぎ置きたどてらの裾も猫の襟 ヨリさん 畳の似合うのどかな風景。猫も主人もどこかよく似ているような。<人> 春なのに向こう三軒にゅ~は~ふ さや女さん 春は猫の恋の季節。ユーモラスな表現と鮮やかな視点に忍び笑いがこみあげます。 立春を陽だまりで待つ白や黒 痴忽さん 陽だまりの色や温度が感じられます。 立春大吉陽だまりの猫大あくび りんごさん 春の到来を祝う「立春大吉」という季語が、大あくびをする猫の様子とよく響きあっています。「立春の猫句会」への投句ありがとうございました。 寄せられた句の中の猫はそれぞれがいきいきと動き回り、選者は目移りばかりしておりました。今回はできるだけ傾向の異なるものを幅広く選んでみました。 選評は解釈のひとつにすぎません。しかし、この選評が俳句の色々な読み方、楽しみ方を知るきっかけになれば幸いです。 これからも楽しみにしております。○羅宇選 ※羅宇師の選句は3句のみです。<天> 黄梅の陽射しぬるりと猫の足 ヨリさん「黄梅」は「迎春花」とも言いますので「立春の猫句」にふさわしい作品だと思います。 <地> 春の陽に背伸びの猫も隆々と ヨリさん 冬の猫の背伸びは、なんとなく寒々しい感じを受けますが、春の明るい陽射しの中での猫の背伸びは、力強さや開放感があります。<人> 「春だね」と道ゆく猫に話しかけ おーたかさん 春らしく軽やかな作品ですね。私も猫に「春だね」なんて言葉をかけてみたいのですが、猫に「お前もな」言い返されそうな気がして……<惜しい作品>猫帰り夜の山より春の音 南行さん 俳句で「春の山の音」というと「春になって明るい陽射しに生気を取り戻した山々の溌剌とした様子」をイメージするので、これを「夜」と結び付けて詠むのは難しいかと思います。また「猫が家に帰った」ことと「山から音が聞こえて来た」ことの因果関係が分かり難い気がします。 そこで「夜」を「朝」に変え、「猫が朝、山に入って行った」として南行さんの作品に少し手を入れてみました。 猫入り朝の山より春の音参考になりそうな句をいくつか揚げておきます。 鍵かけてしばし狂ひぬ春の山 摂津幸彦 春の山からころころ石ころ 種田山頭火 少年のこゑよくとほる春の山 阿部静雄 春の山のうしろから煙が出だした 尾崎放哉風光る猫の柔毛の昼下がり n@giさん「風光る」という季語で昼であることは分かるので、下五の「昼下がり」は意味が重なるから不要ですよね? そこで、猫の柔毛の一本一本が春風で逆立ち膨らんでいるのを「数知れず」と捉えて、 風光る猫の柔毛の数知れず としてみましたがいかがでしょうか。春立つも床さぐりたる猫愛し 夏嵐さん 上五の「春立つも」は、少し説明的なので「春の寒」と言い切ったほうが良いのでは?中七の「たる」も重い感じがします。そこで 春の寒床をまさぐる猫愛し としてみました。春光りねこ仰向けてへそさがし ふくねこさん 日向で猫をひっくり返して、猫のへそを探す遊びしているとこところを詠んだ句ですが、「春光り」は「春日向」という季語に代えた方が具体的で良いと思います。「仰向けて」は、「裏返し」とした方が遊び心が出るのでは? 春日向ねこ裏返しへそさがし 病む母のそばに添い寝の猫余寒 野乃さん 下五の「余寒」は、とって付けたようで句のリズムを乱しています。それとこの「母」が病の床に伏している部屋が殺風景で、これでは病気も良くならないのではないか気をもむので、花を活けてみましょう。 病む母に添い寝の猫や梅一輪 老い猫の呼吸確かむ春遠し ババネコさん「春遠し」は冬の季語です。中七の「呼吸確かむ」では、この「老猫」が重病なのではないかと受け取られかねません。春のそれも立春のころの句なのですから、老猫の息災を祝う感じにしたいものです。 老い猫の鼾嬉しや春立つ日 (※ 下五を「梅一輪」から「春立つ日」に訂正) 友の文笑みこぼれし梅手形 にゃーさん「梅手形」もそうですが、「梅の絵」や「梅の像」などは梅そのものではないので季語としては使えないのでご注意あれ!「友の文」は具体的でないので、特定の葉書や手紙にしたほうが読み手のイメージが拡がると思います。 春立つ日転居通知の猫手形 日脚伸ぶ道で転がる猫またぎ 3匹目の猫さん 最初に読んだとき下五の「猫またぎ」を猫も食わない「ほっけ」だと思って、随分シュールな句だなと感心しました(嘘!)。この「猫またぎ」を「砂ぼこり」にすれば、道端で猫が転がっているのが分かるので中七の「道」は要らなくなります。 日脚伸ぶ転がる猫の砂埃●以上、別エントリにて講評を掲載していますのでそちらも併せてご覧下さい。
2007.02.10
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