「ネオ頑固082」

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ネオ頑固082

ネオ頑固082

2005.10.06
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カテゴリ: ネオ頑固イズム
この言葉は、故白洲次郎氏の遺言である。明治35年(1902年)2月17日生まれの彼は、いわゆる明治の人だ。082から見てもおじいさんの世代である。彼を初めて知ったのは今年の6月、兜町講座の中だった。

「プリンシプルの男」、「昭和の鞍馬天狗」、「吉田茂の懐刀」等など彼を語る言葉は尽きない。それ程能力、個性、先見性にとんだ人物だった。随筆か 白洲正子 氏は彼の奥方である。彼を語る前にその生い立ちを少し書いてみよう。

白洲家は元禄時代から儒者として三田藩主九鬼氏に仕えた家柄で次郎の祖父「 白洲退蔵 は(『兵庫県大百科事典』)弘化二年(1845)十七歳のとき、勤学科十両を与えられ大阪の儒者篠崎小竹につき、のち江戸の古賀謹堂について儒学を修めた」そうだ。

福沢諭吉と親交があり「非常に先見の明のある人物で、維新に際しては、藩主を助けてさまざまの功績を遺した。武士には珍しく経済の面に明るく、県知事をつとめたり、正金銀行の頭取になったりした」と正子さんの『遊鬼』には書かれている。

また、彼の父 白洲文平 は現明治学院大野球部創設時代の主将、早くからクリスチャンとなり、ハーバード留学の後、ドイツのボンでも学んだ。次郎達を海外に留学させたのもそんな環境があったからだろう。

実家は芦屋の邸宅で頗る裕福な生活環境で育っている。父の白洲商店の番傘には「二十世紀の商人白洲文平」と大きく書かれており、文平には「白洲将軍」という渾名がつけられていたそうだ。






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Last updated  2005.10.11 14:08:25
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