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二月ほど前だろうか、フットボール好きの友人が紹介してくれた本、実は著者はその友人の友達だ。そんなご縁で手元に置いてあったのだけれど、なかなか手にして読むチャンスは無かった。ところがいったん読み出すと、その面白さにどんどん引き込まれて行く。
フットボール と呼んでいるので、本書のタイトルも「欧州フットボールの旅」として欲しいところだ。それはさて置き話しを進めよう。
本著
カテナチオ(硬い鍵)と言われ、守りを重んじるイタリアのカルチョは勝利が先ず始めにありきなのだ。その呼び名も欧州の殆どがフットボール(イギリスが近代的ルールを創設したと言われる)と呼んでいるのに対し、イタリアではもともとカルチョ(蹴球)が存在したのでそう呼んでいるらしい。そんなイタリア人気質は彼らの歴史があのローマ帝国から続くことへの思いがあり、勝利至上主義の戦い方もその誇りから来ているそうだ。
そうして思うとフットボールの母国イギリスは長いヨーロッパの歴史の中では僻地であり、今でも大欧州の中心にはなれずにいる国だ。しかし近代以降の歴史をイギリス抜きには語ない。その影響力は19世紀後半から20世紀前半にかけて、フットボールの世界的ルールの標準化と各国への普及として大いに力を発揮する。
そんなフットボールの祖国に初めて飛んだ著者の見た窓からの景色は一面緑だった(ピッチを上空から見ている)。そんな景色や田舎町の小さなゲームでも感じ取れるイギリス人の持つフットボールへの思いから同国のフットボール文化の裾野の広さを感じ取っている、その感性がまた素晴らしい。
一方、華麗なパス廻しと2点取られても3点取って勝つことを理想とするスペインのフットボールの根底にはスペイン人の持つ、美しく散るマタドール(闘牛士)の美学を垣間見ている。つまり如何に(果敢で美しく)戦うかが重要で、勝敗という結果は二の次であるといった考えだ。そして攻撃的でいるが故に倒れることもある。しかしその散り際の美しさがいいのだ。
このあたりはもしかすると日本文化にも一脈通じているかも知れない。そんなスペイン国内にはカタルーニャ人とカスティージョ人の対立があり、その代理戦争とも言える「エル・クラシコ」はカタルーニャ地方代表のバルセローナとカスティージャ地方代表のレアルマドリッドが戦う代理戦争だ。
そんな相反する地域が幾つか集まったスペイン代表では日本のような国としてのまとまりに欠けている。そう思えば英国がイングランド、ウェールズ、スコットランド、アイルランドの四つに分かれる理由もわからないことも無い。ともあれスペイン代表はまとまりがないのだ、だから弱い。そんな歴史が作るフットボール文化や社会対立の代理戦争的に使われているフットボール・ゲームの楽しみ方、そう言った試合の体験談など面白い視点と話が満載されている。
同じようなことが国家間のゲームで見て取れる。例えば同じアングロサクソンでもトータルフットボールを編み出し機動的なフットボールが信条のオランダフットボールの対極にロングボールを頑なに使うドイツフットボールを置き、彼らの戦いが第二次世界大戦で中立を宣言したオランダに侵攻したドイツ軍に対する思いを重ねるあたりも面白い視点だ。
これまで名前ばかりが一人歩きしていた感のある欧州フットボールのクラブチームもこの本を読めばその地理的関係、歴史的背景がおおいにわかりより楽しくゲームを見ることが出来るだろう。
欧州フットボール好きの人たちに是非手にして欲しい一冊である。
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