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今日で九州の旅公演が終わりました。8月16日に北九州に着き、全35ステージ。大きな怪我も無く、メンバー全員でお疲れ様の乾杯が出来た事を本当に嬉しく思っています。今日は公演終了後に打ち上げをしました。短い時間でしたが、皆、それぞれが芝居の話をし、無事に九州を回れた事を共感し、素敵な打ち上げになりました。私は役者復活の芝居「眼のある風景」特別な思い入れがありました。今回、東北、九州の旅を終えて、たくさん勉強になりました。そして、毎日舞台に立てる事を幸せに感じました。一人でも人は生きてはいけるけど、でも、誰かとならば人生は遥かに違う。ある唄の歌詞にありますが、本当にそう感じました。まだ1ステージあります。最後まで全速力で、皆で良い舞台を作りたいと思っています。良い悔いが残る様に…家に帰るまでが遠足の様に東京に帰るまで気を抜かずに挑んでいきたいと思います。少し感傷的な日記になってしまいましたが、ほろ酔いなので許して下さい。ありがとう、九州。ありがとう、眼のある風景。もう少し、よろしくお願いします。石村キエ役 高橋美沙
2010年09月23日
佐世保より中村公平です。本日は旅公演の間僕がやっている役職を紹介します。まず運輸班としての仕事。この仕事は制作から電車やヒコーキのチケットを受け取って配ったり、電車の移動をスムーズに進めるための様々な仕事をします。朝みんながちゃんとチェックアウトしたかを確認したりなど。最近の旅メンバーは集合時間よりだいぶ早めに集まります。あと仕込みやバラシのときはトラックの前積みチーフをしています。トラックの前積みは小道具や衣裳、音響などを積むのですが本当にパズルです。何となにを組み合わせてトラックの幅、高さにするか!きれいに収まると芸術的な感じすらします。たまに写真を撮っていかれる方もいたりして。しかしこの仕事は腰を悪くしてしまうことがあるのでかなり気を使います。旅もあと少しですが最後まで身体には気をつけていきたいと思います!
2010年09月21日

友さんです長崎公演、無事終了しました只今、バラシが終わって、ホテルに帰る路面電車の中です。風情があって、良いですね~。これから、ホテルでシャワー浴びて、交流会に向かいます。長崎は、いつもキャスト・スタッフ全員呼んで頂いて、盛大な会が催されます。今回は、中華街の「新和楼」というお店!飲んで食べてたくさん交流しましょうさあ、残り3ステージ全力で突っ走りま~す 長崎のお通しといえば「皿うどん」 これだけ大きいと間違えません 鳴海 宏明
2010年09月20日
佐賀公演三日目です。古き良き伝統が息づくこの佐賀の町は大好きです。街並みも建物も焼き物、食べ物にいたるまで、静かですが、芯の強い、しっかりとしたこだわりと自信を感じます。客席から感じる空気も同じです。声高に主張しない分、冷静にじっくり見られているという恐さがあります。今日もその視線にしっかりと誠実に答えられるよう、今現在の自分のありったけで頑張ります!五十嵐雅子
2010年09月19日
九演連の旅公演に出て29日目、今日9月13日が福岡公演の千秋楽でした。この芝居は串方役の米山も言ってましたが、油絵のような芝居だと思います。毎日劇場に足を運んで下さる会員の皆さんとスタッフ、キャスト全員で新しい色を舞台というキャンバスに塗り重ねて行く。削り取ったり重ねたり、日々最良だと思う努力を続けてますが、その絵具はまだ乾いておりません。完成形など無いのかもしれませんが、私達の「眼のある風景」は鑑賞会の皆様のお陰で徐々にですが確実に素敵な芝居に育って来ております。残りのステージ、より良い芝居にするべく全員で頑張ります! 津田二朗
2010年09月13日
佐藤哲也の旅日記 さぁ、九州路の折り返し地点だ。鹿児島で体調を崩したが、5日が移動日で休めたので助かった。会員の方々の分厚いおもてなし。熱き思い。そして36度を越そうという熱さ。厚い、熱い、暑い、アツすぎる!Hard boiled egg 嗚呼、かちかちに茹であがったおでんの卵のようだ!皆さんから頂いた熱を芝居で逆放射してやるぜ!(福岡市民劇場主催、眼のある風景、於 ももちパレス初日の少し前)(初日がハネて)......クタクタです 熱を逆放射するつもりだったのに、更に凄い熱が返ってきた。あてられた。脳が半熟卵のようになって、左様奈良
2010年09月07日
眼のある風景、九州路公演も、ここ鹿児島で丁度半分、中日を無事何事もなく迎える事が出来、残り半分も何事もなく終えられるよう願っているところです。もう何度目になるだろうか鹿児島、私の日課でもあるウォーキング、鹿児島に来ると必ず行くのが城山です。今日も炎天下の中、二時間ウォーキング、途中桜島から飛んで来た火山灰に全身真っ白になってしまい、コース変更して宿に帰りました。 各地を歩くとその土地、その土地の特長、個性的な物に出会えるのが、とても楽しみです。北海道と九州では植物分布が全く違うので、歩くのが面白いです。暑い暑い毎日ですが、自然界には、ちゃんと秋が来てました。 熊本県人吉市の城跡では、アカトンボの大群と出会い、鹿児島の街路樹の銀杏の実、ぎんなんが黄色に色づき、流れる汗を拭きながら、秋を感じた一日でした。たっぷり汗をかいたので、今日も気持ち良く、舞台に立てますように、芝居の神様! 特高刑事 佐々木信介 役 阿部 勉
2010年09月04日
本日、人吉公演を終えたばかり。串方良朗役の米山実です!今朝起きて外に出た瞬間『お!9月になった途端に!?』と思うような爽やかな風を感じたのも束の間、お昼過ぎた頃には連日恒例の陽射しが降り注ぎ、やっぱりの猛暑日でした...。と言っても、一日中会館の中にいるので、外気を感じるのは外の喫煙所に行く時くらいですが...。(^_^;)さぁ、個人的には久々の旅日記ですが、今回はちょっと趣向を変えまして、わたくしが演じております串方良朗についてお話ししようかな...と。...と言いますのも、この串方という男、劇中では冒頭と中程と最終景という大事なポイントのの三ヵ所に登場するのですが、如何せん滞空時間が短いのと、多くを語らない為、ご覧になった方には今一つ、謎の男のままではないかと思ったりするからなのです。決して自らの演技のいたらない部分をカバーしようとか、そんなやましい発想ではございません。 f^_^;...で、そもそも靉光(以下敬称略)は終戦の前年、昭和19年5月に満州に召集され、終戦の翌年、昭和21年1月19日に上海の陸軍病院で亡くなっているのですが、その死に方は長年、全く判らなかったのです。その最期の模様が判ったのは、たまたま死の直前の靉光と病床を隣り合わせた兵隊がやはり画家で、その画家が復員してきて、様々な関係者と出会うことにより、初めて靉光の最期が明らかになったのです。その画家が何を隠そう、串方良朗のモデルとなっている串田良方氏なのです。串田(以下敬称略)もまた、上海の病院では靉光と同様、生きて帰れるかどうか分からない状態でした。二人ともマラリヤにかかっていて、発熱して発作が始まると、互いに相手を押さえてあげるのですが、ぶつかりあって骨がコツンコツン鳴ったそうです。そんな二人は飯盒を交換しました。生き延びた方が、死んだ方の飯盒を持ち帰って、遺族に持ち帰り届けようという暗黙の了解だったのです。下痢患者に支給されるわら半紙にも、靉光は絵を描き続け、衰弱した身体は10メートルしか歩けなくなり、8メートルになり、やがて5メートルになった頃、ことりと倒れて死んだといいます。生き残った串田は、持ち帰った靉光の飯盒を毎年、靉光の命日に燈明を上げて祭りました。そうして10年が過ぎた頃、やっと靉光の未亡人のきえさんに、その飯盒は届いたそうです。もともと美術教師の顔も持つ串田は、復員後も教師を勤め、生涯を美術教師として送りました。晩年、彼は抽象的で自由奔放な美しい作品を描き尽くしたといわれています。そこに、靉光との出会いが影響していたのか否か...。誰も知る由はないのです...。
2010年09月02日
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