「ちょいとお兄さん・・・・飲んでかない?」
あれは11月の夜の出来事だった。
異常気象のせいか、この時期にしては暖かな夜・・・・・・
しかしその女はナデシコ模様の浴衣姿で現れたのだ。
もちろんこんな時期でも、「バニーガール」のお店もあれば・・・・「長じゅばん」を売りにしているお店もある。
だがそれは、繁華街のお店・・・・
こんなうら寂しい・・・・繁華街からかなり離れた路地にこんな店があるのは珍しい。
「ぼったくりのお店」・・・・そんな感じもしたが、なぜか引き摺られるようにお店の中に入ってしまった。
それはその女性が、私好みの顔立ちをしていたからかもしれないが、本当に何かに引きずられる感じがしたのだった。
だが中は意外にも、普通の和風スナック・・・いや、和風居酒屋のようで・・・・ほかにホステスもいなければバーテンもいない・・・・客もいないから店の中は彼女と私の二人だけだった。
「彼女はカウンターの中に入って・・・・おしぼりを取り出し私に手渡しながら・・・何を飲むのかと聞いてきた。
「あ・・・そうだな・・・・酒・・・ヒヤで・・・・・」
おかしな話だった。
私は普段、日本酒を飲むことはない。
いつもならウィスキーの水割りか、焼酎の水割りを飲んでいる。
ビールもあまり好きではないが・・・・日本酒はよほどの大事な接待以外に飲むことはなかった。
それが・・・今日に限って日本酒を注文・・・・そしてそれは注文すると同時に出てきたのである。
「さあ、おひとつどうぞ・・・・」
白魚を五本並べたような手・・・・そんな美しい手を持った彼女にお酌をしてもらう。
「あたしもいただいていいかしら?」
私は黙って彼女の差し出すお猪口に酒を注いだ。
「じゃ乾杯・・・・」
二人は盃を掲げた。
なぜか水っぽい味の酒だった。
しかし、文句をつけるつもりはない・・・・・私は黙って飲み続けていた。
そして・・・何でこの店に入るつもりになったんだろうと考えていた。
「ちょいとお兄さん・・・・・」
この言葉だ。
「ちょいと」なんという言葉は・・・・なんとなく古くさい・・・江戸時代やせいぜい明治大正あたりの言葉のような気がした。
「お兄さん・・・どっから来たんだい?」
ここで青森というと・・・なんとなく田舎者だと思われて馬鹿にされる・・・・それが悔しいから・・・
「北だよ」
と答えた。
「ふーん・・・・・吉原帰りかい・・・・」
なんでそういう風に思うんだろう?
たしかに以前・・・本の中に・・・・昔、遊郭のあった「吉原」を「北国(ほっこく)」と呼んだと記載されてあった。
そこへ・・・・引き戸障子ががらっと開いて・・・・
「フーッ・・・いやあ参った参った・・・・急に降ってきやがった」
現れたのは着物を尻っぱしょりにしたちょんまげ姿の男・・・・・
えっ、ちょん髷?
そう言えば私がこの店に入ってきた時はドアだったはずだが・・・・・そこにあるのは引き戸障子?
混乱してきた。
タイムスリップに陥った錯覚がして目眩がした。
「あらやだ・・・・・降ってきたの?」
「おうよ・・・・今日は早めに家に帰ろうと思ったんだが・・・こう強く振られちゃ帰れねえ・・・・ここはお美代ちゃんの店で雨宿りと決め込んだわけだ。」
「アリガト・・・・ゲンちゃん」
そう言うと彼女は「ゲンちゃん」にお猪口とお銚子をさし出す。
それは陶器製のものだった。
えっ?・・・・・
私は自分のお猪口を見直す。
それもいつの間にかガラス製のものから陶器製に代わっている。
(おい・・・・俺は夢でも見ているのか?)
もう一度私は店の中を見渡した。
店に入ってきたときと徐々に変わってきている。
ほんとに・・・・タイムスリップしたのか?
カウンターの中では・・・ナデシコ模様の浴衣を着た彼女が笑っている。
HirokochanさんCalendar
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