一行は「鬼婆」が退治され葬られたと言う二本松市の「黒塚」にやってきました。
普通の墓石の先端が少し鋭角になっているような・・・・
「これがほんとに鬼婆・・・岩手の墓なんですかね?」
藤吉郎が聞きました。
「これって、けっこう新しいんじゃない?・・・・だから後から建てたものよ・・・・」
「ワンワン!」
この世に戻って来たものですから、カールはまたおしゃべりする事ができなくなっていましたが、孔雀の言葉に「その通り」と答えているようです。
「マロにもここに鬼婆が眠っているとは思えんのう・・・あまりにも邪気がなさ過ぎる」
神様もここには鬼婆が眠っていない事を感じたようです。
「ということは・・・ここもだめかあ・・・・・」
藤吉郎はがっかりしました。
「ここもだめだとなると、どっちに行きます?」
「そうだなあ・・・・マア何も決め手はないわけだし・・・・鬼門の方向に進むしかないだろうなあ」
「と言う事は・・・地図をたどっていくと・・・・あ!」
孔雀が叫びました。
「どうしたのじゃ?・・・・」
「神様・・・ここから鬼門の方向に行くと・・・・恐山があります!」
「うん?・・・・ちょっと方向がずれておらんか?」
「大昔の地図の方位ですから・・・・少々ずれていても・・・」
「まあよいか・・・・別に行くあてがあるわけでもなし・・・・・」
今度は青森県の下北半島・・・・恐山です。
読者の皆さんは・・・ここで・・・・筆者の性格を読み取るでしょう。
「ハハア・・・めんどくさくなって自分の住んでる恐山を出してきたなあ?」
ハハハハハ(力のない笑い・・・)・・・確かにその通りです。
恐山が出てきて悪いか!(開き直ってるし・・・・)
と言う事で、一行は恐山に向かうわけですが・・・・ここで恐山について説明しましょう。
もう何度か説明してますから聞き飽きてる方もいらっしゃるでしょうが・・・・
恐山・・・・・開山は貞観4年(862年)、天台宗を開いた最澄の弟子で「慈覚大師円仁」が開祖と言われています。
唐で修行していた円仁がある日夢を見ます。
「汝、国に帰り、東方行程30余日の所に至れば霊山あり。 地蔵尊一体を刻しその地に仏道を広めよ」
そのお告げを信じ、帰国して苦労の末見つけ出したのがこの霊場「恐山」でした。
その中に地獄をあらわすものが108つあり、全て夢と符合するので、円仁は6尺3寸の地蔵尊を彫り、 本尊として安置したとされています。
ところでこの「恐山」と言う名前ですが、アイヌ語の「ウッショロ(湾)」とか「ウサツオロヌブリ(灰の多く降る山)」から来ているという由来があります。
あ・・・・長男が来てパソコン使わせろって言ってます。
と言う事で続きます。
(チェ・・・どうせお父さんが寝た後ゲームをするんだろ?)
HirokochanさんCalendar
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