ここらでちょっと途中下車

ここらでちょっと途中下車

2008.01.20
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お父さんの最期の2か月は、すごい生活やった。
お父さんは、尿酸値が上がると暴れ出す。私のこの身体で、お父さんを抱えて、「イチ・ニ・イチ・二」と歩かせて、ベッドに寝かせて、身体を拭いた。夜八時ごろから、明け方まで暴れることもあった。
みんなが、お父さんがぼけたと言った。私はいつも、お父さんの肩にもたれて添い寝をしていた。お父さんにモルヒネを打とうと言われたけれど、命を縮めると聞いたから断った。お昼はお母さんの食事療法があるし、あんたが倒れるから無理やと言われたけれど、私はできるだけのことをしたかった。

でも、人間って精神的に限界がくるんやなあ。周りの人たちが、お父さんを私から引き離そうとして、お兄さんとお母さんが、救急車を手配した。私は、怒って喧嘩をしたけど、一生懸命していた糸が切れて、部屋に閉じこもった。
その時、病院の先生から電話があって、「無理に連れてこんでもいい。今から行くわ。」と言って、来てくれた。お父さんを見たら、涙を流してた。

病院の先生が来て、
「えらかったな、今までよう介護したなあ。今晩やろうから、覚悟決め。」
と言われた。

でも、その晩、お母さんがすごく元気になって、3時過ぎた頃に、お父さんも元気になった。次の日は、お父さんの兄弟も呼んでいた。

朝、弟も電車に乗ったと言うし、食事の材料を買いに、私が、スーパーへ行っている時、お父さんが急変した。スーパーから、痰の吸引機を買いに介護用品の店に行った時、
「お父さん、おかしいからすぐ帰ってきて」
と電話があった。
急いで家に帰って荷物を降ろそうとすると、「すぐ来て!」と言われた。

お父さんは、金魚がパクンパクンとするような呼吸をしていた。
大きくパカッと開いたと思ったら、シューと引っ込んで、血圧がストンと落ちた。お母さんが、「すぐ来て!」と言ってから、2分もせんうちに呼吸が止まった。

兄弟がみんな間にあわんかった。
約束は10時半やったのに、お父さんが逝ったのは9時半やったから。
先生に電話をして、最期の脈をとってもらった。
先生が、
「ぼくも女の子あるけど、ぼくもそんな介護して欲しいわ。ようお父さんの最期を家で看取ったな。」と言ってくれた。
私は、13kgも体重が減った。






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最終更新日  2008.01.20 21:15:43
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