型をこよなく重んじるも、嵌ることをめっぽう嫌がる作曲家の日記

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2022.08.21
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カテゴリ: 作曲家
1990年代から「クラシックはそんなに敷居が高い音楽ではないですよ」
などと、しきりにわかりやすく紐解く啓蒙運動のようになりました。
「のだめカンタービレ」などドラマやアニメでも取り入れられ、
楽器を演奏する人が増え、吹奏楽やオーケストラによって普及しました。

嘗ては「高尚な音楽」と言われ毛嫌いする人も多かったと記憶します。
「高尚」の意味は「知性や品性の程度が高いこと。気高くて立派なこと」で、
本来は良い意味の筈が、蔑称として言われていたと考えられ、
聴衆として流儀があって我慢を強いる割には退屈でわかりにくい例えです。

ただそれは日本の古典芸能も同じことでルーツが異なるだけです。

クラシックのコンサートは長くても飽きずに聴くことができました。
民族性をどの程度受け入れられるかは人によります。

最近、コンクールで話題になりがちのショパンはどうでしょうか?
子供の頃に「英雄ポロネーズ」がカッコよく感じいつも聴いていました。
「軍隊ポロネーズ」はその次くらい、「幻想ポロネーズ」は謎でした(笑)
しかし、音大に入りさらに教員になると嫌というほどショパンを聴きました。

早い段階でショパンの恐るべき詩情の深さを識るようになりました。
まず華やかで技巧的な部分が耳につきますが、同時に憂いや闇を持っていて、
そのコントラストが表現の幅として演奏に顕れることがわかります。
例えばスケルツォの第1番の演奏を聴けば、奏者の性格や経験量を推測できます。

出版社にも寄りますが、ショパンがどう演奏して欲しいかは大方書いてあります。

それがショパンの音楽なのですが、プロであっても演奏は全く人それぞれで、
その詩情をどう表現するかは人としての幅に関係していると思っています。

楽譜に書く用語は近現代にかけて増えていき、音符だけでは情報が足りず、
従来にはない指示が書かれていることが増えていきます。
ロマン派くらいまでは音符以外の記号や情報が少なかったわけですが、


ポーランド人のショパンは、音楽もポーランド語のイントネーションをもつ、
それもあると思いますが、それよりも万国共通の詩情を音にできたことが偉業です。
どう感じるかは個人差があると思われますが、どう弾いてもいいのではなく、
ショパンの音楽性を尊重するべき偉大さを音符から読み取るべきだと思います。

作曲者の意図や心情を表現から汲み取ることは難しいこともありますが、
自分はこう感じるからこう演奏して何が悪いという考えは傲慢に感じます。
最近はすぐに多様化という言葉で括り、個人の感性を優先化する傾向にあります。
しかし作品を自由に解釈し本質を変えるのは「高尚」を「低俗」にしているだけです。


「高尚」だと感じるならその高尚さを理解することで自分の嗜好を決めるべきで、
ステレオタイプ(多くの人に浸透している固定観念や思い込み)な情報への依存は、
結局自分が本質的な理解を深めずに時流に流され教養にはならないものです。
クラシックを広めたいと思っている人こそが「高尚」だと思っていないでしょうか。

受験生、学生の頃に楽曲分析のレッスンをたくさん受けました。
一言一句事細かに決まっている厳格さがあり本来そうあるべきだと思います。
ただ楽曲分析は多くの経験を通じて特徴や新しさを論じることができるもので、
特定の1曲を分析しても様式を知る程度ですぐに役に立つとは言い難いです。

これは時代背景を識ることも同様で、まず時代の流れを知っておく必要があります。
結局、クラシック音楽を識ることは時間のかかる学問と同じであって、
これまで形式ばった教えや崇拝的な上下関係など「高尚」を自ら演出していました。
ただ近年、逆に形骸的で営利主義な軽さが目立つようになり無念に思います。





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最終更新日  2022.08.21 19:18:04
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