日本共産党 原田のぶゆきです。

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2010年06月04日
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これまで、仏式行っていた「追悼式」は無宗派で行うことになった。


要旨次の通り

追悼のことば
 ご遺族をはじめ、大勢の皆様のご出席のもと、住民自治協議会「コミュニティわかつき」主催による、若槻地区戦没者追悼式が厳粛のうちに執り行われており、謹んで追悼のことばを申し述べます。
1945年8月15日、終戦の日から65年を経過しました。第二次世界大戦で、2000万人を超えるアジアの人々と300万人を超える日本国民の生命が奪われ、痛ましい戦争の犠牲となってしまいました。「お国のため」と戦場で亡くなられた方は、若槻地区では250余名、長野市では5700人余をこえています。
もとどり山を襟に、浅川原を帯に、三登山や蚊里田など田園風景豊かなこの地、若槻でも、終戦を前にした、8月13日午後4時頃、十数機の戦闘機はすさまじい爆音をとどろかせ、真夏の空を暗くし、若槻の国立長野療養所(現東長野病院)を攻撃の的に、上空から機銃掃射が始まりました。
国際法上病院は、攻撃の対象にしてはいけないにもかかわらず、容赦のない攻撃は止まず、不気味な事態に患者も職員も防空壕に駆け込んでいきました。
爆撃は煙突のある炊事場を直撃、鉄鋼弾の機銃掃射は続きました。

松林に囲まれ、緑多い閑静な若槻台の一角の病院が狙われ、非戦闘員をも巻き込む非人道的行為である戦争は、許されるものではありません。
侵略戦争での、大きな犠牲は痛恨の極みであり、「過ちは、二度と繰り返さない」との思いから、国民の総意で制定された、日本国憲法の前文には、「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないようにすることを決意」し、九条でも、「武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久に之を放棄する」「戦力は保持しない」「国の交戦権は認めない」としています。
長野市でも、「平和を愛するすべての都市とともに、核兵器の廃絶をはじめ、非核三原則を厳守し、すべての兵器による戦争の放棄を強く訴え、全世界の平和を希求し、ここに長野市を「平和都市」とすることを宣言する」と決議しています。私も、戦争を放棄するとしている日本国憲法や、長野市の平和都市宣言を離さず、冬季オリンピックで、平和を発信した長野市から、そして、この若槻から「戦争のない社会、核兵器のない社会」を目指し、微力を尽くすことをお誓いし、追悼のことばとします。
戦没者の方々のご冥福と、ご遺族はじめ、参列者の皆さまのご健勝とご多幸を心からご祈念申し上げ追悼のことばとします。
平成二十二年 六月四日
 長野市議会議員 原田誠之 





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最終更新日  2010年06月04日 22時11分18秒


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