日本共産党 原田のぶゆきです。

日本共産党 原田のぶゆきです。

2013年05月23日
XML
カテゴリ: カテゴリ未分類
 植木賞や菊地寛賞など文学界のいくつもの賞をとっている作家、大御所とでも言って差し支えない人『水上勉』を父に持つ窪島さんは、戦時中に二歳と九日間で、この父親と離れ、養父母の実子としてもらわれた。

その時は父親は五十八歳、窪島さんは35歳。しかも、1キロと離れていないところにお互いに暮らしていたというから摩訶不思議ということか。
この本のほぼ終わりのころに『一滴の里』と小見出しを入れたところがある。
窪島さんは、…今読むからだろうが、「若狭日記」の最終章にしるされた次のような文章は、あまりにも予言的で、ある意味ではこれは、父が残した「遺言」のように思われて粛然とする。…と書いている。
私も、『水上勉』という人の生き様は、泥臭く、生々しく、壮絶な生き方をした人だが、だからこそ、「遺言」と思われるような、立ち位置に立てるし、この文章を遺すことができたのだと思う。

窪島さんの、『父 水上勉』の270ページの一部を引用。

『…とりわけ思い出すのは、チェルノブイリ事故のあった去年の一日だ。テレビニュースでびっくりして、新聞記事を切り抜き、事故の事情をつぶさに頭に入れようとつとめたが、どう考えても事故原因についてわからぬことが多い。だのに被害は深まるばかりだった。遠くはなれた日本の空まで汚染がみとめられ、その観測にあたっているのは、わが若狭の某所であった。近い隣国の乳牛はもちろん、野菜やコメにまで、放射能汚染ときけば、ひとしお、若狭に十一基もの原発あることが重なり、心配もわいた。そうこうするうち、ソ連当局の発表で、事故原因は作業マンの操作ミスによるとわかる。驚いたのは責任者らが逃亡してしまっていることだった。よく考えてみると、逃げたい気持ちもわかってくる。人類がまだ経験したことのない大事故が起きたのだ。いのちは誰だって惜しい。意図的にミスしたことなど考えられぬから、事故に生じて動揺した操作員が、あれこれ努力してみても収拾がつかなかったので逃亡したくなった火の現場が、思い重なる。

どこにいたって、苦しみや悩みはあるのである。苦悩を抱えて人は生きる。チェルノブイリの操作をミスで、職を失った若い操作員も、その後、妻子をかかえて、どこでおくらしだろうか。

ところが原発操作にだけは、まちがいはあってはならない。とわれわれはいつも思いくらすのである。まちがいの多い人間のおおい世界なるがゆえに…。何と、この完全に矛盾した、原発安全信仰というものは何だろう。絶対安全、そんなものがほんとうに過去のこの世にあったことがあるのか。…」
窪島さんは言っている。
…「原発稼働」の危機的状況を、とうに見透かしていると。父にひれ伏すしかないのかと。
故郷若狭を侵犯している十一基もの原発を語るとき、その土地で生を育む名もない庶民の、いわば日常生活の立ち位置から意見を述べていると。
庶民の目線を忘れない人。

水上勉さんは、元党委員長の不破さんと対談し、『一滴の力水』として出版されている。

原子力発電所のこと、沖縄のこと、政界のこと、心友なので「同病相哀れむ」
同じ時代を受けて、心友が語るこの国の喜怒哀楽。
じっくり読んだが、また、本棚から、引っ張り出し、めくっている。

自分のなせる体験は、限りがあり、様々にはできないが、人生経験豊かな大先輩の書き物を読み自らの人生に生かせればいい。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2013年05月23日 21時50分08秒


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: