定かではない…。
30年間、汗水流して働いていた、生粋の現場の労働者だったが、党からの要請で、1987年に勤めながら長野市の市議会議員立候補、定数44人のうち42番で初当選、よくもまあ、ろく演説もできない自分が当選したものだ。よくもまあ、こんな人物を、押し上げてくれたなあとしみじみ思った。
当時は、若さもあり、共産党ひとすじで燃えに燃えていたので、この「党史論」も勢いで買ったのかもしれない。
著者の宮本さんには申し訳なかったが、本箱に並べてあっただけの「積読」のたぐいであった。
でも、読み始めたら、260~70ページの分厚く、ボリュームある少し硬い本だが、なんと、1週間ほどで2冊を読んでしまった。
スパイの手引きで、麹町署にしょっ引かれ、特高「新しい樫の棒用意してあるから」とうそぶかれ、手足を縛られたままで、ひざをはじめ満身をこの棒でたたかれ、失神、寒い牢に放り込まれたが、一言もしゃべらずに闘ったことなど。
50年問題は、日本共産党史上一番困難をきたして大事件で、家父長的指導に加え中国やソ連の共産党など大国からのすさまじい干渉、それに同調する党の中枢幹部の間違いなど質すことは容易でなかったこと。
日本共産党の民主集中制の組織原則を守り、6回大会、7回大会を経過し、8回大会で綱領確定以降、民族民主統一戦線の旗を掲げて闘い、一時50万近い党員と300万人の読者を要するまでに発展したこと。
自分の国のことは自分たちできめるという、自主独立の立場を堅持して今日を迎えている。
『真理をまじめに追及するならば、解明できない問題はない』『革命的伝統と真理が勝利した』著者、宮本顕治の感想であり、実感であると。
いま、市民と野党が共闘し、力を合わせて、安倍政権を変えていくこと。至上命題となっている。
市民と野党との共闘の絆どんなことあっても、継続する。
それには、揺るがない、ぶれない日本共産党を大きくすること。
創立当初、1922年頃は数人から数百人だった共産党は、今36万人。
さらに大きくすることが、求められている。