2015年という年は、思い出しても思い出してもどうにも印象の良くない年だった。
今年の漢字が「安」だったそうだけど、私が思う文字も同じく「あん」だ。
残念だけれど字が違う。
「闇」
何か新たな闇に突入したような、そんな思いが拭いきれないまま一年が過ぎてしまった。
長年思い続けたことに裏切られたような、あるいは元々自分の認識がおかしかったので、
単純に世の中とずれてきただけなのか。
人間が持つある種の欲望を、簡単に満たすことが可能なアイテム、インターネット。その普
及の影響が、全く関係ないとは言えないような気が常々している。
なんでも調べられる便利さゆえに、真実でないことも入ってきてしまう。生まれた時にすで
にインターネットがある世代に、その虚実の見極めをどう教えていくのか。自分の年代でも
なかなか難しいのに。
うどんカルタのクレームだとか六曜のカレンダー回収だとか、 こういう世の中
もどうかと思
う。本当にどうしちゃったのだろう…どうなりたいのだらう…(-_-;)
なにか…極端でいろいろとバランスが悪いなぁ、妙な世の中になったなぁと思うのは、私の
世代から上の人なのかもしれない。私が妙だと思う時代に生まれた人にとっては、全くの
普通であるのだから、逆に私の生まれ育った時代の方がおかしいのだということにもなる
のかもしれない。
ところで、年の最後にとても素晴らしい写真を見られるサイトに出逢った。写真のクリックで
拡大で見られる。
スライドショーを見たら、あまりの美しさに息を飲んだ。このような瞬間をとらえるアンテナを
持ち得た人の文章から、謙虚な心の面もちに感じ入る。これは、迷うことなく今年の写真サ
イトのBest 1だ。現在は gooブログ へ引っ越しているようす。日本にはまだ、こんなにも美し
い風景があるのね…。
来年は、今年以上の暑さの夏になると言う。これからのち、何年このような景色が見られる
んだろう。やがては写真でしか見ることができなくなるような、そんな気がしてならない。
ああ、こんなにも可憐な ミゾソバ が…。トリミングしてあると思うけど、絶妙な構図だ。
あ、この写真の主古河義仁さんは、フルートを吹くの…双子ちゃんのパパと同じだ。![]()
子どもの頃私の田舎では、用水路に蛍の幼虫の餌になるカワニナがたくさんいたけれど、
ストリートビューで見ると現在はコンクリートで固められているので、アメリカザリガニやド
ジョウでさえも、コンクリートの壁面で暮らすことは不可能。多くの生き物が、生息できなく
なったであろうことの想像は出来る。
私が幼い日、来る年も来る年も飽くことなく興じた夏の水遊びは、いつの代で終わっただろ
うか。子どもの好奇心は、そう簡単に潰えることはないはずだけれど、生き物が生息しない
のではいかんともしがたい。子どもの興味をゲームから引き離すのは、ただでさえ難しい
のに。
舗装道路沿いの主要な用水路はそうなってしまったけど、田んぼが並んでいる場所はどう
だろう。コンクリートの上に田から流れ出た泥や石が堆積すれば、生き物が戻ってこられる
と思いたい。
大晦日に思うことは、毎年ふる里のこと。
もう、死ぬまでずっとふる里のこと。
離れているから、美しいまま。
さようなら、2015年。
★ モルダウ「わが祖国」より ★
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