F. Baumが書いた「オズの魔法使い」はオリジナルの英語で出版されている他、多数の言語に翻訳されて出版されている。日本語でもハヤカワ文庫でシリーズが出ていたが、現在では残念ながら絶版になっていると思う。おそらく他の出版社からは出ているのではないか。
ある意味当然この「オズの魔法使い」はエスペラントにも翻訳されており、”La sorĉisto de OZ”というタイトルで出版されている。これは確か二年前に読んだ。「ヘンリーおじさん」(Ankle Henry)は、”Onklo Henriko,” 「ドロシー」(Dorotheay)は、”Dorotea”とこれまたエスペラント化されていた。ストーリー自体はよく知っていたし、単語も難しい物は使われていなかったので、すらすら読めた(ただし、一ヶ所だけとんでもないミスプリというか、誤訳がある)。
“Henry”が”Henriko”になるのはエスペラントの結果といえるだろうが、この”Henriko”という名前で別のポーランド人を思い出した。それは、Henryk Mikołaj Górecki(ヘンリク・ミコワイ・グレツキ、1933.12.6 - 2010.11.12)である。
彼の生涯についてはVikipedia(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B0%E3%83%AC%E3%83%84%E3%82%AD)に詳しいが、若いころのアヴァンギャルドな作風、後の古典的な作風(交響曲第三番「悲歌のシンフォニー」など)との対照、”Beatus Vir”を後にヨハネ・パウロ二世となる、枢機卿Karol Józef Wojtyłaのポーランド訪問のために作曲したが故の迫害、古都カトヴィツェでの晩年などを思うと、やはりZamenhofのことを思わずにはいられない。これは絶えず大国からの圧力があったポーランドに住む人々(典型的にはショパン、キュリー夫人など)も含めて地政学的な運命を思わずにはいられない。