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August 30, 2006
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カテゴリ: 心に残った短歌
昨日に引き続き、コスモス8月号あすなろ集より、私の好きな作品後半。

あらかじめ、数日前に全体を読んで抽出したメモから、前半後半に分けてUpしているのだけれども、今日、またぱらぱらと本誌を捲ってみると、また別の歌が目に飛び込んできたりする。

コスモスに掲載されている作品は、すでに、各自の10首の中から、3首、4首、または特別の場合は5首を選者に選ばれたものであるから、コスモス的には「できあがった作品」と評価されているので、どれを選んでも、また、自分の気持ちがどう変っても、(しかも、それが個人のブログ内のことであればなおのこと)よいのだろうとは思うけれども、かなりわがままなことではある。


一病にあらず二病も三病も持ちて七十五歳となりぬ(山口 照)
一病息災とはよく言うけれども、齢を重ねれば、なかなか一病だけとはいかない。
まして、予防医学が進んで、病気の発見が早くなればなるほど、たとえば二十年前だったら、「一病」しかみつかっていなかったであろうような状態でも、二病、三病と抱えているのがわかり、それなりに、服用する薬も増えて・・・・
現代医学のもとでは、「三病息災」あたりが普通なのかもしれない。
そして、その「病気」と付き合いながら、七十五歳になられて、まだまだ「息災」な作者の、ちょっと突き放して詠んでいる態度が、明るくてうれしい。



信号で停車の度に視野に入るコンビニと言ふ四角なお店(南 綾子)
東京に行くと、コンビニがたくさんあって、どれも適当に繁盛しているのに感心する。
「信号で停車の度に」というから、車またはバスなどで移動中に詠まれた一首だと思うが、その表現に、コンビにの多さがよくわかる。日常の用事が一応たりるコンビ二は、まさにconvinient!
だいたい規格が同じようなお店を描写して、「四角なお店」という表現も面白い。
昔のアメリカ映画によく出てくるgeneral store も、そんな感覚だったのではないだろうか。
General Storeあって、コンビ二にないのは、衣類とか布地、農機具くらいだろうか?



ゆさゆさと藤の花房風に揺るうすむらさきの息を吐きつつ(永田恭子)
風に揺れるとき、藤の花房は本当に「ゆさゆさ」という感じでゆれる。
「うすむらさきの息を吐きつつ」の表現が見事だと思った。



札入るる動作のおそき数秒を「分割でも可」と自動販売機言ふ(小山孝子)

思わず笑ってしまった。
自動販売機の前にたって、ハンドバッグから財布をとり出して、でも、「あれ?お札を入れるのはここからでいいのかな?」とか「あら、折り跡を伸ばしてから入れなくちゃ」とか「ええと・・・もっと細かいのは無かったかしら」とか考えて、ちょっと時間がかかってしまうことは、とかくよくある話。
でも、手持ちが足りないわけではないので、「分割でも可」なんて、結論を急がないて、もうちょっと気長に待ってくださいな。・・・と、作者に代わってひとこと。
ところで、「分割でも可」などと言う自動販売機が、日本には本当にあるのだろうか? それとも、面白くするための作者の演出?
カナダでは、ときに、「おつりは出ません」などと注意書きのある自動販売機まであるくらいなので、本当なら、私には再びのカルチャーショックだ。



誰も彼も幸せな顔になりてゐる海老蔵が花道通りしのみに(西野文子)
えー? ああ、こういう世界もあるのだった!
けっして安くはない入場券を購入して、わざわざ歌舞伎を見に行く熱意のある方たちにとって、目の前の花道を通っていく海老蔵を間近に見ることができた時の幸せ。
対象は、何でもよい。 
ただ、こういう気持ちになれることを持つ人は、とても、とても幸せだと思う。



「お母さんが鬼になったよ角が出た」叱られた孫そっと言いに来(小岸 静)
Ha,Ha,Ha!
お母さんには、「心を鬼にして」、どうしても叱らなければならないことが、いくつかあるのです。



面接と半年ぶりに背広着るむすこよ肩の力を抜いて(藤井靖代)
いくつになっても、息子のことは心配になる気持ちが、「肩の力を抜いて」という言葉にうまく象徴されている。
本当は、大丈夫だし、息子の方が親を心配していたりするのだけれども・・・・
(私も、頭ではわかっていても、同じことです。)



農薬を使わぬ畑の豆蛙いっせいに飛ぶバンザイをして(三村時枝)

「バンザイをして」が、蛙の飛ぶ形と、うれしげな様子を巧みに言っていると思う。
農薬の使わない畑も、随分少ないことだと思う。
わが家の家庭菜園でさえ、多少の農薬は使わないと、手数が何倍もかかるので、農薬を使う気持ちもわかるのだけれども。



レントゲン撮るたび影の薄くなり雪消ゆるごと肺炎治る(藤田英夫)
まあ、よかった!
雪がだんだん消えていくように、いつのまにかなくなった影。
作者の喜びを、追体験して読者もうれしい。





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最終更新日  September 1, 2006 07:08:15 AM
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