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October 20, 2007
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カテゴリ: カテゴリ未分類
TVジャパンの早朝の番組「週刊 ブックレビュー」を途中から見た。
(放送が朝5時からなので、途中から見るケースが多い。)

今回は、渡辺淳一氏がゲストでの公開録音で、最後に会場からの質問を受けたときの回答が、じつにおかしくて、一人で大笑い。しかも、この言葉、もし、20代のときの私が聞いたら本気で怒ったかもしれないと思うと、またさらにおかしくなって、もっと笑ってしまった。ヽ(^o^)丿
質問は、もうすぐ結婚30年を迎えるご夫婦からで、「夫婦としてこれからもなかよくやっていくには、どうしたらよいか」というような内容。

それに応えての渡辺氏のお話は・・・




たとえば、朝おきたら、「おはよう」と挨拶を交すとかだって、特に、男性にはできない人が多い。
外出しておいしいものを食べたような時でも、もし、おくさんが「これもあなたのおかげね」とか言えば、だんなさんの方も、うれしくてしっかりやろうという気持になる。
また、だんなさんはだんなさんで、ちゃんとオクサンを見て、褒めるところはちゃんと褒めるようにする。

ところが、日本の男性にはそれがなかなか気恥ずかしくてできないのです。

・・・でも、 それは「心」をいれて、その言葉を言おうとするからです。

「心」を入れないで言うだけなら、なんの恥ずかしさもなく、気楽にできるものですよ。
そうやって口先だけでもなんでも、そういう言葉を交しているうちに、互いの絆が強くなってくるものなのです。


「心」をいれなければよいのだ・・・というのが、もうおかしくて、おかしくて。人をばかにしているけれども、真実を含む言葉だ。
そういう言葉の使い方をする渡辺氏のセンスが、人間描写に生きているのだろうと思う。

かえりみると、西洋人には、「おはよう」のような挨拶感覚で「I love you」とかいっているとしか思えない人もいるし、伴侶によびかけるときに、Dear とか Honey とか言っても、真意は、「おい!」だとしか思えないことも多い。

また、How are you? と聞かれても、相手が本気で私がどういう状態にいるか知りたがっているということはまずないと思ったほうがよいが、そんなことは気にせず、Fine,thank you, and you? と相手がどういう状態かは別に知りたいと思っていなくても、聞き返し、Good とかせりふのような答えがあってから、やっと話が始まる。

そんな言葉には、どうみたって、「心」なんか入っているもんですか。

もっとも、日本人だって、昔は「心」を入れない言葉を交わすことで、潤滑な関係を保っていたこともある。

たとえば、外出しようとして、近所の人にあうと、近所の人から「どちらまで?」とかいう挨拶があって、その答えは「ちょっとそこまで」というのが定番。
訊く人も、本当にその人がどこへ行くのかを知りたいわけではないし、返事をするほうも、特定の場所などを言う気はさらさらない。
でも、この種の会話の交換によって、「言葉を交わすご近所さん」という関係ができて、なんとなくつながりができていたのだろう。

今は、忙しいせいもあり、プライバシーを尊重する意味もあり、そんな会話は交わされないのだろうと思っていたけれども、実は、人々が昔にくらべて「心」を入れた会話を交わすようになったからだという解釈も成立しそうだ。

「心」の入っていない言葉なんかいらないわよっ! と20代の頃だったら言ったことだろうが、60代になってみると、そうは言い切れないところが、人生の面白さであり哀しさであろう。


うちは、朝おきたら、「おはようございま~す」くらい言いますよ。自慢にもならないけれども。





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最終更新日  October 22, 2007 11:58:52 AM
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