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January 16, 2014
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カテゴリ: カテゴリ未分類



「玉電(いまの「せたまる」)の世田谷駅を降りて、北に向かって歩き、右側13軒目」というのが、当時、家に案内する時の説明言葉だったが、すっかり変っていて、その面影もない。

道の巾も、当時よりずっと広くなり(ということは、多くの人が立退いたということで)、駅前の同級生がいたお茶屋さんも、いつもノートを買いにいっていた文房具屋さんも、やさしいおじいさんのいた駄菓子屋さんも、一年上のお兄さんがいた布団屋さんも、同級生が時々お店にでていた写真やさんも、八百屋さんも、酒屋さんも、み・・・・んななくなっていて、新しいお店や、診療所になり、さらに我が家のあった一角は、皆マンションになっていた。


道路の向かい側から撮った下の写真の真ん中のマンションがもとの私の住んでいたところ。

もっと以前は、向かって左側にあるマンションの場所にあった庭の広いお宅のおじいさん・おばあさんが住んでいらいした隠居所で、両方合わせると、土地の広さは300坪だったのだが・・・。

  • 道の向かい側から見たところ.jpg


  • むかって右側のマンションは、ずっと以前は麦畑で 冬になると、おじさんがよく腰に手をあてて麦踏をしていた。うちとの間の塀のあちら側には、ケヤキが何本か並んでいて、うちの二階まで木陰を作ってくれていた。 夏になると、麦畑はとうもろこし畑にかわり、ケヤキには蝉が朝から晩までないていて、よく男の子たちが、蝉取りに来ていたものだった。

    その畑が2階建の木造アパートになってから数年後の1988年、一人になってしまった母はここを売却して、マンションにうつった。
    それは納税のためでもあったが、今の流行語で言えば、母なりの「終活」でもあったのだろう。

  • この奥が田中さん(ここだけ、昔の人が住んでいた).jpg


  • 本当にみんなが入れ変ってしまった中で、この私道の奥にあるTさん宅だけは、以前のままの一戸建て。

    大会社で偉くなった「おにいさん」が、家をついでちゃんと残っていると聞いていたが、その通り!
    話にならないぐらいドカーンとかかった土地の相続税を払えたのは、このお宅だけだったのだろう。

    そういえば、竜宮城から帰った浦島さんも、きっとこんな感じで、故郷を眺めたにちがいない。

    両親も姉も他界して、私も白髪が多くなっているし・・・。

    ま、長く生きていればそういうことだ。






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    最終更新日  January 29, 2014 03:17:57 AM
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