「007 スペクター」21世紀のボンドにスペクター
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2006.01.21
岡林信康のこと
(3)
カテゴリ:
その他
そんな中学生の頭の中にも「岡林信康」という名前は既に伝説上の人物として記憶されていた。しかしその唄を実際に耳にする機会は少なかった。その当時の地方の中学生にとって、レコードはあまりにも高価であり、ラジオから彼の曲が流れることはめったになかったからである。
ある日、民放のラジオ番組で彼の特集が組まれることになった。私はずっしりと重いソニーのオープンリールの録音機を取り出し、スタンドマイクをラジオのスピーカの前に置いて録音することにした。まだカセットテープも一般的ではない、「今は昔」の時代のことである。
特集とはいいながら、彼の曲は結局3曲しかかからなかった。しかし3曲で十分だった。私はラジオのスピーカーから、こういうことばが、こういう音が聞こえてくるとは思ってもいなかった。その驚きを再現することはできないが、せめて曲名とその歌詞だけでもここに書き留めておくことにしよう。
一曲目は「チューリップのアップリケ」だった。
うちがなんぼはよ おきても
お父ちゃんはもう くつトントンたたいてはる
あんまりうちのこと かもてくれはらへん
うちのお母ちゃん どこへ行ってしもたのん
まえは学校へ そっと会いに来てくれたのに
もうおじいちゃんが 死んださかいに
だれもお母ちゃん 怒らはらへんで
はよう持って来てんか
スカートがほしいさかいに
チューリップのアップリケ
ついたスカート持って来て
お父ちゃんも時々 こうてくれはるけど
うちやっぱり お母ちゃんにこうてほしい
うちやっぱり お母ちゃんにこうてほしい
うちのお父ちゃん 暗いうちからおそうまで
あんな一生懸命 働いてはるのに
なんでうちの家 いつも金がないんやろ
みんな貧乏が みんな貧乏が悪いんや
そやでお母ちゃん 家を出ていかはった
おじいちゃんに お金のことで
みんな貧乏のせいや
お母ちゃん ちっとも悪うない
チューリップのアップリケ
ついたスカート持って来て
お父ちゃんも時々 こうてくれはるけど
うちやっぱり お母ちゃんにこうてほしい
うちやっぱり お母ちゃんにこうてほしい
彼の歌声はやさしく、せつなく、しかし強かった。ことばの隅々まではっきりと明瞭に聞き取ることのできる、よく通る声だった。歌詞だけを見ると、悲惨で暗い唄を想像されるかもしれない。たしかにそういう部分もあるが、でもそれだけではない。何か細いけれども強靱な針金がその中を通っているような、不思議な力強さがその歌声にはこめられていた。
彼の曲を聴く者は、それが喚起する具体的な情景を頭の中に少しずつ思い浮かべながら、その唄の中心にあるテーマを手探りでつかみだそうとする。それは時代や世代などの特殊性を越えた普遍的な哀しみをたたえながら、少しずつ少しずつ具体的な形をとりはじめる。そして、唄の後半になり、曲のうねりが最高潮に達する時、その曲の核心にあることばが彼自身の声によって明瞭この上ない形ではっきりと口にされる。この唄における「びんぼー」ということばはそういうプロセスを経て、聴く者の耳に限りなく印象的に響き渡るのである。
この曲をはじめて聴いた時、社会的貧困を糾弾するというメッセージよりも、神話やおとぎ話の世界の中にある普遍的な哀しみとでもいうべきものが私の心の中にしみわたった。彼の曲にはなにかそういう「神話性」のようなものがまとわりついていたように思う。だから一度聞くとそのことばと歌声は頭の中から容易なことでは立ち去らなくなるのである。
そして2曲目は「手紙」。これはその当時、すでに放送禁止歌だったのではなかろうか。なぜその時にこの曲がかかったのかはわからない。
私の好きな みつるさんが
おじいさんから お店をもらい
二人いっしょに 暮らすんだと
うれしそうに 話してたけど
私といっしょに なるのだったら
お店をゆずらないと 言われたの
お店をゆずらないと 言われたの
私は彼の 幸せのため
身を引こうと 思ってます
二人はいっしょに なれないのなら
死のうとまで 彼は言った
だからすべて 彼にあげたこと
くやんではいない 別れても
くやんではいない 別れても
もしも差別が無かったら
好きな人とお店が持てた
「ぶらく」に生まれた そのことの
どこが悪い なにがちがう
暗い手紙に なりました
だけど私は 書きたかった
だけど私は 書きたかった
この曲を聴いた時、体中に鳥肌がざぁーと広がるような思いがした。話法は一曲目と同じである。哀しみを予感させる冒頭の歌詞、しかしそれはあくまでも世間一般によくあることではないか、と聞く者に思わせておいて、問題の核心を示すことばがずばりと歌われる。その瞬間のせつなさとやるせなさと怒りの入りまじった複雑な感情。聞き終わって、いてもたってもいられないような、そういう気持ちにさせる歌というものにこの時はじめて出会ったように思う。
そして最後の曲、「私達の望むものは」。
私達の望むものは生きる苦しみではなく
私達の望むものは生きる喜びなのだ
私達の望むものは社会のための私ではなく
私達の望むものは私達のための社会なのだ
私達の望むものは与えられることではなく
私達の望むものは奪い取ることなのだ
私達の望むものはあなたを殺すことではなく
私達の望むものはあなたと生きることなのだ
今ある不幸せにとどまってはならない
まだ見ぬ幸せに今飛び立つのだ
私達の望むものはくりかえすことではなく
私達の望むものはたえず変わってゆくことなのだ
私達の望むものは決して私達ではなく
私達の望むものは私でありつづけることなのだ
今ある不幸せにとどまってはならない
まだ見ぬ幸せに今飛び立つのだ
私達の望むものは生きる喜びではなく
私達の望むものは生きる苦しみなのだ
私達の望むものはあなたと生きることではなく
私達の望むものはあなたを殺すことなのだ
今ある不幸せにとどまってはならない
まだ見ぬ
幸せに今飛び立つのだ
私達の望むものは
私達の望むものは.....
この曲は前の2曲とはちがって力強さが前面に出た歌い方が印象的である。フレーズも短く、簡潔で力強い。こぶしを握って人を立ち上がらせる力を持ちながら、しかしこれはいわゆる「あおり」の歌ではない。曲の半ばから歌詞が反転するところで、思いはねじれ、屈折し、心の内側に向かって突き刺さる。こぶしを握って立ち上がったのはいいが、そのままうずくまって頭を抱えて考え込んでしまうような、そういう複雑さをもった曲でもある。これは既にフォーク・ソングの域を越えている。曲調も力強く、リフレインの部分などはほとんど「ロック」といってもいいくらいだった。
私は呆然とした。そして心屈した時、そのテープを繰り返し聞いた。いわゆる「懐かしのフォーク・ソング特集」のような番組で、これらの曲がかかることは少ない。これらの曲はノスタルジーの対象にはなりにくいのである。今の時代に生きるわれわれの心を喚起するなにものかが、ざっくりと開いた傷口から見えるなまなましい血の色が、これらの曲の中にはまだ生き生きと宿っているからである。
彼を「忘れられたミュージシャン」にしておいていいのだろうか。彼の曲を若い人々に伝える必要はないのだろうか。もう一度彼の曲に耳を傾ける価値は十分にある。彼を知っている人にとっても、彼を知らない人にとっても。私はそう思う。
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Last updated 2006.01.21 10:00:31
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和久希世@
Re:大江健三郎v.s.伊集院光1(03/03)
>「彼はこう言いました。「それもそうだ…
kuro@
Re:「チャンドラーのある」人生(08/18)
新しいお話をお待ちしております。
あああ@
Re:大江健三郎v.s.伊集院光2(03/03)
非常に面白かったです。 背筋がぞわぞわし…
クロキ@
Re:大江健三郎v.s.伊集院光2(03/03)
良いお話しをありがとうございます。 泣き…
М17星雲の光と影@
Re[1]:非ジャーナリスト宣言 朝日新聞(02/01)
まずしい感想をありがとうございました。 …
映画見直してみると@
Re:大江健三郎v.s.伊集院光1(03/03)
伊集院がトイレでは拳銃を腰にさして準備…
いい話ですね@
Re:大江健三郎v.s.伊集院光1(03/03)
最近たまたま伊丹作品の「マルタイの女」…
山下陽光@
Re:大江健三郎v.s.伊集院光1(03/03)
ブログを読んで、 ワクワクがたまらなくな…
ににに@
Re:非ジャーナリスト宣言 朝日新聞(02/01)
文句を言うだけの人っているもんですね ま…
tanabotaturisan@
Re:WILL YOU STILL LOVE ME TOMORROW(07/01)
キャロルキングの訳詩ありがとうございま…
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