M17星雲の光と影

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2006.01.24
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カテゴリ: その他
最近リスクということばをよく耳にする。主にマスコミ、ビジネス関係で用いられる頻度が高いようだ。この二つの世界そのものと同様、このことばにもなにやらうさんくささがまとわりついている。

リスク・マネジメントを「危機管理」と訳す場合も多いようだが、この訳にもやや違和感を感じる。リスクと危機を等価のものとしてよいのかどうか、疑問が残る。

危機とリスクには微妙だけれど、たしかな違いがある。そう私の語感は告げている。でもどう違うかというと、即答するのはなかなかむずかしい。

危機は避けたほうがいいもの、リスクは最小限に押さえるべきもの。こういえばいいだろうか。危機は「きけん」ということである。「どくいりきけん たべたらしぬで」の「きけん」ですね。こういうものに出会ったら、背中を向けて脱兎のごとく逃げ去るのが唯一の正解。そういうものを「危機」というのではないか。

これに対して「リスク」とは、原則的に完全には避けることのできないもの、だから、なんとか最小限に押さえ込むのが正解。そういうものを意味しているのではないか。

おぼろげな記憶でいうと、リスクとは切り立った岩壁の間を船で航行するという原義をもつことばだったように思う。その岩壁をぬって無事航海できれば、その向こうには輝かしい成功が待っている。しかし、その成功を手に入れるためには岩壁の間をなんとかすり抜けなければならない。できたらその岩にぶつかることなく、もしぶつかったとしてもなんとか致命的なダメージを受けることなくやりすごしたい。そのための方策を講じるのが「リスク・マネジメント」である。要するに、大きなプラスを得るために最小限に押さえるべきマイナスポイント、これがリスクの定義ではないだろうか。

それに対して、危機というのはできたらゼロにしたいもの、ゼロにしようと思えばそうすることが可能なものということになる。航海を例にとれば、そもそも航海さえしなければ岩に衝突することも、座礁することも、沈没することもないわけである。「君子危うきに近寄らず」。私は身の安全のために航海そのものを断念する。こうして回避されるのが「危機」ではないかと私は思う。

いやあ、そんな甘いことをいっていては人生の果実を味わうことはできない。危ういものに近づかない限り成功は得られない。ただしそこでの損失は最小限にとどめたい。これが「リスク」派の考え方である。

要するに、人生の「あやうさ」を「できたら避けたいもの」と考えるか、「避けられないから最小限にとどめるべきもの」と考えるかによって、人は「危機派」と「リスク派」に分かれるのではないか。



最近「リスク」ということばがあちこちで聞こえてくるのも、やはり「リスク派」が今の社会の主流になりつつあることのあらわれなのだろう。

でもあえて少数派の「危機派」の見解をここで述べさせてもらうことにする。臆病者には臆病者なりの理路があり、論理があるのだ。「臆病者にも三分の理」である。

たとえば尼崎の脱線事故、あるいは羽越線の脱線事故。大々的に報じられたあのニュースを知らない方はいないと思う。いずれの事故でも多数の死傷者が出た。その死傷者はいったい何両目に乗っていたか。それも大部分の方がご存じのはずである。そう、一両目、ないしは二両目である。そうですよね。先頭車両と二番目の車両の死亡率はそれ以外の車両に比べて高い。これは明らかだ。おそらくは喫煙と肺ガンの発生率よりも因果関係は明瞭であると思う。

でも今日乗った電車の中で先頭車両と二番目の車両は、それ以外の車両と比べてはたして空いていただろうか。私の見るところではそんなことはない。階段に近いせいか、むしろ他の車両よりも混んでいたように思う。あまつさえ埼京線では先頭車両は女性専用車である。万一脱線事故が起これば、その被害者の大半は婦女子ということになる。これは女性に不当な危険を強いることであり、女性専用列車は最後尾に配置するべきである、という意見を私は寡聞にして知らない。

はたしてこれでいいのであろうか。「いいのよ、私は。快適な通勤環境を選択する代償としてその程度のリスクは甘んじて受けるわよ」というのならば、ぜんぜんおっけーである。たくましい「リスク派」の言やよし、というところだ。

あまり誰も口にしたのを聞いたことがないが、おそらくスカートの丈とそれを着用している女性が性犯罪にあう確率の間には一定の因果関係が認められると思う。「いいのよ、着たいものを着る自由の代償としてそのくらいのリスクは受けるわよ」というのであれば私が何も申し上げる筋合いはない。

だけどはっきりいって、「リスク」の思想は加害者の思想であり、「危機」の思想は被害者の思想だという気がしてならない。リスク・マネジメントという怪しげなことばもまず間違いなくメーカーや企業の側から発せられる。そして一般の人々ももっと「リスク」に対する意識を高める必要があると喧伝される。

でも、ちょっと待ってほしい。そんな危険をおかしてまで利益を得なくていい、わたしゃ身の安全を第一に考えたいのよ、という人がいてもけっしておかしくはない。リスクなんかおかさずにわたしゃあぶないところからはすたこらさっさ(古いな)と逃げるのよ、という人がいてもいい。むしろそのほうが自然だ。

先頭車両を避け、危険な人物のそばを離れ、危険を伴う利益から遠ざかり、小さくて安全な幸せを身の回りにひとつずつ積み重ねていく。そういう生き方があってもいいのではないかと私は思う。

そんな考え方は甘い。危機をコントロールしようとする主体的な生き方こそが人の進むべき道であるという反論が返ってくるかもしれない。でも私はこう答えたい。

そもそもコントロールできるものであるならば、そんなものは「危機」とはいわないのである。コントロール不可能なもの。突然人間に襲いかかり、有無をいわせずその存在を消し去ってしまうもの、それを危機というとすれば、われわれがそれに対処する方法はただひとつ、うしろを向いて全速力で必死に逃げることしかないのである。



うーん、弱々しくて、日めくりカレンダーの標語としてはやや力不足の感は否めないが。







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Last updated  2006.01.24 21:38:30
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和久希世@ Re:大江健三郎v.s.伊集院光1(03/03) >「彼はこう言いました。「それもそうだ…
kuro@ Re:「チャンドラーのある」人生(08/18) 新しいお話をお待ちしております。
あああ@ Re:大江健三郎v.s.伊集院光2(03/03) 非常に面白かったです。 背筋がぞわぞわし…
クロキ@ Re:大江健三郎v.s.伊集院光2(03/03) 良いお話しをありがとうございます。 泣き…
М17星雲の光と影@ Re[1]:非ジャーナリスト宣言 朝日新聞(02/01) まずしい感想をありがとうございました。 …
映画見直してみると@ Re:大江健三郎v.s.伊集院光1(03/03) 伊集院がトイレでは拳銃を腰にさして準備…
いい話ですね@ Re:大江健三郎v.s.伊集院光1(03/03) 最近たまたま伊丹作品の「マルタイの女」…
山下陽光@ Re:大江健三郎v.s.伊集院光1(03/03) ブログを読んで、 ワクワクがたまらなくな…
ににに@ Re:非ジャーナリスト宣言 朝日新聞(02/01) 文句を言うだけの人っているもんですね ま…
tanabotaturisan@ Re:WILL YOU STILL LOVE ME TOMORROW(07/01) キャロルキングの訳詩ありがとうございま…

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