M17星雲の光と影

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2006.01.27
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カテゴリ: その他
今年はモーツァルト生誕250年である。そういえば、クラシック音楽を聴くようになったのは、モーツァルト没後200年、1991年のことだった。月日の経つのは早いものである。

その頃、CDプレイヤーを購入した。レコードで音楽を聴くことを断念し、大量にレコードを処分した後、さて何を聴こうかと考えた。学生時代のようにビルボードのチャートを追っかけて新譜を聴きあさったり、FMのエアチェックをして何百本も自作テープを作ったり、秋葉原や神田の中古レコード屋を渉猟したりということはなくなった。いまさらポップスを聴くのも気が進まないし、いっそこれまで未開拓だったジャズかクラシックを聴いてみようかと思った。ちょうどその年がモーツァルト没後200年にあたり、さまざまな企画物がレコード屋の店頭に並んでいた。

しかし、さて何を聴こうかと思うと、これがなかなかむずかしい。情報が決定的に不足しており、勘の働かせようもないので、とりあえず旧東ドイツの音源による一枚千円のCDを適当に二枚選ぶことにした。初学者の悲しさで一枚は「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」、もう一枚は吉田秀和氏の著作を読んで一度聴いてみたかった「クラリネット五重奏曲」。アーチストは無名である。

「アイネ・クライネ」は素人にも演奏はもうひとつに思えたが(合奏の精度があまりよくない)、しかしこの曲はじっくりと聴いてみると、奥行きのある素晴らしい音楽なのである。例の出だしは俗塵にまみれるだけまみれており、さすがに清新な気持ちで聴くのはむずかしいが(頭の中をキャットフードやらなにやらさまざまな商品が飛び交ってしまう)、第二楽章はすばらしい。題名は忘れたが、アメリカの映画で潜水艦の艦長が第二楽章の冒頭、チェロが深々と旋律を奏でるところをヘッドフォンをつけ瞑目して聴き入っているシーンがあったが、このシーンにはこの曲しかないというくらいにぴたりとはまっていた。

「アイネ」は愛らしい小品と呼ばれることが多いのだが、それはむしろ「小宇宙」といったほうがふさわしい。何かこの世ならぬ音の構築物が目の前にふわりと浮かんで漂っているような感触がある。曲調から初期の作品という印象を受けるが、これはケッヘル525番、彼の作品は620番台で終わっているはずだから、死の3~4年前に書かれた作品である。おそらく鼻歌でも歌いながら作ったのではないかと思うが、傷一つない完璧な球形を思わせる曲である。今、ブルーノ・ワルター、コロンビア交響楽団のCDを聴きながらこの文章を書いているが、ぼってりと低音を響かせた大仰で悠然とした(いささか軽やかさに欠けた)演奏ながら、この曲のいわば「宇宙性」は強く感じとれる。宇宙船の中で「えっと、音楽は何聴きます?」と聞かれたら、青い地球を眼下に眺めながら(宇宙に上下はないか)この曲をじっくりと味わってみたい気がする。なぜか涙があふれてとまらなくなりそうな気もする。なぜそうなるのかはよくわからないが、おそらくこの曲は(特に第二楽章は)あまりにも美しすぎるのである。

そして二枚目のクラリネット五重奏曲。これを初めて聴いた時のことはよく覚えている。日曜のよく晴れた午前10時過ぎくらい。レースのカーテン越しに秋のあたたかい陽射しが部屋にいる私の足元まで届いていた。紅茶を手に持ち、CDプレイヤーの前に椅子をもってきて座り、プレイボタンを押す。

そこから聞こえてくるのはバイオリン、ビオラ、チェロ、そしてクラリネットの親密な語り合いだった。くだけた談笑でもなく、議論や討論でもなく、とても親密な雰囲気の中で同型のテーマがそれぞれの口調で静かに語られ、ことばとことばの間に生まれる沈黙に皆で目を閉じて聴き入っているような、集中と静謐の同居した語らい、軽やかさと深さの共存がそこにはあった。それはきわめて明瞭な音の流れでありながら、その音やメロディそのものよりも、その背後にある沈黙の深さをより強く意識させるような、いやむしろその沈黙の中に人をそっと引き入れるような不思議な魅力をもっていた。

集中して聴いているうちに、窓からの陽射しがなぜか少し金色を帯びはじめているように感じられてきた。なにか自分の体のまわりに金色の光線がただよっているような感じだった。そして、体の中、そうお腹の中がほんわりとあたたかくなってきた。足元まで射している太陽の光が、服とその下にある肌を突き抜けて、直接体内に入ってくるようなあたたかさだった。そして、体内にうっすらとした金色の光とあたたかな陽のぬくもりが満ちてくる。その幸福感を耳ではなく、頭でもなく、体内の感覚として味うことができた時、はじめて「モーツァルトが聞こえてきた」と感じた。

音の背後に沈黙の深さを感じさせる音楽。人間の体の中に金色のあたたかな風を直接送り込むことのできる音楽。その後、何百枚ものCDが本棚には並べられ、積み重ねられたけれども、あの二枚のCDが与えてくれたような至福の時間を味わう経験は数えるほどしかなかった。



この曲が作られたのは1791年9月28日。同じ年の12月5日、彼はわれわれの住む世界とは別の宇宙へと旅立っていったのである。







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Last updated  2006.01.27 11:19:28
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和久希世@ Re:大江健三郎v.s.伊集院光1(03/03) >「彼はこう言いました。「それもそうだ…
kuro@ Re:「チャンドラーのある」人生(08/18) 新しいお話をお待ちしております。
あああ@ Re:大江健三郎v.s.伊集院光2(03/03) 非常に面白かったです。 背筋がぞわぞわし…
クロキ@ Re:大江健三郎v.s.伊集院光2(03/03) 良いお話しをありがとうございます。 泣き…
М17星雲の光と影@ Re[1]:非ジャーナリスト宣言 朝日新聞(02/01) まずしい感想をありがとうございました。 …
映画見直してみると@ Re:大江健三郎v.s.伊集院光1(03/03) 伊集院がトイレでは拳銃を腰にさして準備…
いい話ですね@ Re:大江健三郎v.s.伊集院光1(03/03) 最近たまたま伊丹作品の「マルタイの女」…
山下陽光@ Re:大江健三郎v.s.伊集院光1(03/03) ブログを読んで、 ワクワクがたまらなくな…
ににに@ Re:非ジャーナリスト宣言 朝日新聞(02/01) 文句を言うだけの人っているもんですね ま…
tanabotaturisan@ Re:WILL YOU STILL LOVE ME TOMORROW(07/01) キャロルキングの訳詩ありがとうございま…

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