M17星雲の光と影

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2006.02.24
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カテゴリ: その他
朝の五時半過ぎに目が覚める。ほんとは4時過ぎに一度目が覚めたのだが、さすがに起きる気にはなれず、二度寝。フィギュアスケートの早朝観戦である。

すでに例の女子高生スケーターの演技は終わっている。失敗したとかいってるな。ま、しかたなかろう。朝食の支度をしながらちらちらとテレビを眺める。私はひそかにグルジアのなんとかいう選手(名前を一瞬見ただけで、記憶中枢が「こんなのオレの手に負えねえよー」と悲鳴を上げたので氏名は不詳)を応援していたのだが、緊張のためかジャンプの失敗を繰り返す。ショートプログラムではほんとに完璧な演技だったのに残念である。採点システムの影響なのかどうか、とにかく今大会は多くの選手が緊張と重圧に押しつぶされている。考えてみると、これほど失敗しやすい競技というのは他にあまりないだろう。失敗の予感が次々に的中するのでなんだかかわいそうになってくる。昔話に出てくるおじいさんのような人が点数を待つ彼女をしきりに慰めている。飼っていた小鳥がかごから逃げて嘆き悲しんでいる孫娘を一生懸命慰めているおじいちゃんみたいに見える。

ショートプログラム一位のアメリカ娘登場。(少しは名前を覚えたらどうなんだろう)いささか品位には欠けるものの、性格はよさそうな娘さんだ。浅草のお花茶屋あたりにいそうな下町風情ただよう娘さんである。ジャンプ失敗。この人のSPは少し点数が高すぎた。最終演技者というのが微妙に影響していたのかもしれないが、スルツカヤより上はないだろうという印象だった。軟体動物みたいな体の動きはたしかにすごいですけどね。でも、ここはオリンピック競技場であって、サーカス小屋ではないわけだから。しかし、ひょっとするとSP一位という結果が、今日の失敗につながっているとも考えられるわけで、微差で三位という荒川選手のポジショニングは絶好の位置取りだったといえるかもしれない。(あくまでも結果論だけど)

そしてついに荒川選手の登場。さすがに少し表情が硬いようだが、とにかくもおちついている。衣装も見事だ。アメリカ、ロシアの娘さんの衣装と比べると、気品において明らかに勝っている。銀座のクラブと錦糸町のクラブの衣装ぐらい違う。まあ、それは直接成績には関係ないですけどね。

演技が始まる。やはり少し硬いか。スケートがなめらかに滑っていない感じである。ジャンプも一度、三回転が二回転に変わったかなという細かなミスがあったようだ。でも、そのうちにスケートがなめらかに滑りはじめる。一言でいうと、優雅であり、気品に満ちている。回転が一度少なかったのも「見苦しい失敗を衆人にさらさないための配慮」に見えてくる。「尻もちをついた金メダリスト」をこの競技から出したくない。そういう気持ちすらあるのではないかと思いたくなるほどである。もしも荒川が尻もちをついていれば、現実にそうならざるをえなかったわけだから。彼女の演技には、どこかこの競技全体を見渡しているような「視点の高さ」があったように思う。それが気品や優雅さにつながっていた。

終盤のしなやかな上体を生かした展開も見事。でも、ほんとは昨日のNHKの7時のニュースで偶然、彼女が通しのリハーサルをやっていたところが映ったのだが、ほんというとあの練習のほうがすばらしかった。息を呑むほどの流麗な展開で思わず見とれてしまった。さすがに本番ではそこまでリラックスはできないが、しかし、あの振り付け自体がきわめて高い芸術性を備えていたことはたしかだ。演技が終わって「少なくとも芸術的側面からは彼女が文句なしにナンバーワンだな」と思ったが、考えてみるとそんな印象を与える日本人選手がこれまでに一人でもいただろうか。対象をあらゆる競技に広げてみても、日本人選手が芸術的にもっとも優れていると思った経験は少なくとも私にはない。「たしかに技術はすごいんだけど、芸術的にはちょっと」というケースが大半である。これはすごいことだと思う。単なる技術だけではなく、精神面からのアプローチがなければ、こういう芸術性はなかなか自分の身にそなわるものではない。不断の修錬の賜物ということだろう。

「メダルをとらなければ」「ぜったいに失敗できない」というような力みがまったく感じられず、ほとんど無心で滑っているような演技だった。演技が進むにつれて表情が美しい輝きを増してくるのも印象的である。女性が短時間のうちに目の前でこれほど美しく変貌していく瞬間というのはそうめったにテレビカメラに映るものではない。無心であり、無私であるというのはすばらしいものである。

勝利の女神は基本的に不親切で無愛想である。めったに笑ってはくれないし、手もさしのべてはくれない。きわめて稀に「不屈の精神と謙虚さと冷静な観察眼」をもつ選手にだけわずかに微笑む瞬間があるのみである。荒川選手の無心な姿と「この競技はけっしてアクロバットではない、これはあくまでダンスなんだ」という誇りと、競技全体を視野に収める視点の高さが、女神の硬く冷たい表情をときほぐし、にっこりと微笑ませたのだろう。女神の笑顔を見た人間は、知らず知らずのうちに自分でもそれに似せた笑顔を顔に浮かべてしまう。荒川選手の演技後の笑顔はそういうものに私には見えた。女神が彼女をよっこらしょっと小脇に抱えて「ちょっと、ごめんなさいよ、ちょっと、ごめんなさいよ」といいながら、他の選手をかき分けて、表彰台まで連れて行ってくれたのである。あの完璧無比なスルツカヤまで着地の時に女神にひじで押されてしまった。採点の疑義もなく、一人のブーイングもなく、勝利の女神に抱きかかえられた彼女が、金メダル獲得の瞬間に、ぼうぜんとしてまるで他人事のように胸の前で小さく拍手をしているのが印象的だった。



練習と本番の間に存在する谷間の深さに安藤選手はまだ気づいていない。荒川選手の「視点の高さ」は、実はそこにあるクレバスの気の遠くなるような深さ、暗さを知っているところから生まれてくるのである。奈落の深さを知っているからこそ知ることのできる高みがあり、無心がある。高さは上を見上げるだけではなく、地の底を見つめることによっても得られるのだ。地の底の深さを知っている者だけが、そこから眺める天上の星の気の遠くなるような高さを知ることができる。

「できないことはやらないが、できることはけっしてあきらめない」「ジャンプの直前まで自分の心と体の状態を見きわめた上で最終的な判断を行う」「いま確実にやれることの中で最善を尽くす」

「不屈の精神と謙虚さと冷静な観察眼」を好む女神の眼に4回転へのチャレンジがどう映ったか。それだけがかすかに気がかりである。

彼女のご機嫌を損ねていなければいいんですけどね。だって、一度怒らすと怖いですよー。おん、いや違う、間違い、訂正。「勝利の女神」というものは。






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Last updated  2006.02.24 14:46:17
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和久希世@ Re:大江健三郎v.s.伊集院光1(03/03) >「彼はこう言いました。「それもそうだ…
kuro@ Re:「チャンドラーのある」人生(08/18) 新しいお話をお待ちしております。
あああ@ Re:大江健三郎v.s.伊集院光2(03/03) 非常に面白かったです。 背筋がぞわぞわし…
クロキ@ Re:大江健三郎v.s.伊集院光2(03/03) 良いお話しをありがとうございます。 泣き…
М17星雲の光と影@ Re[1]:非ジャーナリスト宣言 朝日新聞(02/01) まずしい感想をありがとうございました。 …
映画見直してみると@ Re:大江健三郎v.s.伊集院光1(03/03) 伊集院がトイレでは拳銃を腰にさして準備…
いい話ですね@ Re:大江健三郎v.s.伊集院光1(03/03) 最近たまたま伊丹作品の「マルタイの女」…
山下陽光@ Re:大江健三郎v.s.伊集院光1(03/03) ブログを読んで、 ワクワクがたまらなくな…
ににに@ Re:非ジャーナリスト宣言 朝日新聞(02/01) 文句を言うだけの人っているもんですね ま…
tanabotaturisan@ Re:WILL YOU STILL LOVE ME TOMORROW(07/01) キャロルキングの訳詩ありがとうございま…

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