M17星雲の光と影

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2006.03.01
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カテゴリ: その他
最近電車の中でこんな人の隣に座ったことはないだろうか。多くは女性。隣に腰を下ろすやいなやごそごそとバッグの中に手を突っ込んでなにやら探しはじめる。まあ、それ自体は別に不思議な行動とはいえない。でも、この探索活動はほとんど彼女が所定の駅で降りるまで延々と続けられる。探すモノもひとつやふたつではない。最後には鳩や万国旗が出てくるのではないかと思うほど、次々にモノをとりだしてはしまい込む。手鏡、化粧品、ウォークマン、MD、文庫本、あんパン、ポテトチップス、手紙、旅行ガイド、雑誌。しまいには消臭スプレーを自分に向かって吹きつける者までいる。こちらにかかっても平然としている。彼女がテロリストでスプレーの中味が毒ガスだったら、こちらは即死してますね、確実に。

まあ、捜し物をするのはいい。そういう人間が横にいるとたしかにおちつかないが、無視すればいいことだから。だが、それだけではない。彼女(多くは女性、それも若い女性が多い)たちは捜し物をするたびにひじをごつごつとこちらにぶつけてくる。軽いエルボーバットを小刻みに連打してくるわけですね。こちらの上腕外側にそれがごつごつとあたるわけです。

こういう場合、エルボー返しをするというのも紳士のたしなみとしてはのりに外れる行為といえる。ここはひとつ視線ビーム攻撃でと思って、その娘さんをじろりとにらむと、「ああん、これだからいやんなっちゃう」と娘さんは前髪の修復作業に余念がない。「ちゃう、ちゃう。これは軽い非難の眼差しであって」と思ってもちっとも伝わらない。コミュニケーション・ブレークダウンというんですね、こういう状況を。頭の中をジョン・ボーナムの重低音のバスドラがどすどすと鳴り響く(わからない方、ごめんなさい)。

これがまた一人や二人ではない。特定の誰かというのではなく、ある程度一般性、普遍性のある現象だと私には思われる。なぜこういう行動があちこちでみられるのか。

ひとつ考えられるのは、体感センサーの機能不全ですね。相手にひじが当たってるのにもかかわらず彼女たちはまったくそれに気づいていない。これはおそらく体感センサーが壊れているのではないか。まずはそう考えるのが自然です。

でもここでお断りしておきたいのですが、「体感」と「体感センサー」は違います。体感というのは、文字通り触ったときの感触ですね。手で触れた時の感触を感知することを体感という。では、体感センサーとは何か。そう、それは触れる直前、触れるか触れないかという時に働くセンサーのことなんです。多くの人はこのセンサーが正常に働いているから、相手に不快感を与えるような接触を事前に察知し、それを避けることができる。「あっと、もう少しでさわっちゃうかな。だから手をひっこめちゃおう」。これが体感センサーの機能している正常な状態というわけです。

彼女たちはこのセンサーが壊れている。だから、ごつごつとひじうちをくらわしながら、それに気づかずきょとんとした顔をしているわけだ。でも、実際にあたっているわけだから、体感の方もかなり鈍くなっているんだろうな、きっと。かわいそうに、若いみそらで、そのように体感が鈍感だと、これから先の人生、かなり索漠とした思いをすることであろう、と思わず同情のひとつもしたくなってくる。

でも待てよ。どうもこの仮説にも怪しいところがある。だって、度重なるエルボー攻撃に耐えかねて、私が満を持してひじでぐいっと押し返すと、彼女はきわめて鋭敏な反応を示し、「なにすんのよ」という表情でこちらをにらみ返してくる。あれ、ぜんぜん体感鈍くないじゃん。今の反応速度の速さをどう理解したらいいんだろう。

私の頭は混乱する。自分が押してる時には鈍感、押されてる時には敏感。いったいどうなってるんだろう。



彼女にこういったとしよう。「ちょっと、さっきからひじがこちらにぶつかってるんだけど。」彼女はこれにどう答えるか。「なによー、おとこでしょ、ちっちゃいこと気にしてんじゃないわよー。なにしようと私の自由でしょー。」うん、ぜったいこういいそうだな。まちがいない。

私は自由に行動することが許されている。だから、バッグの中を延々と探索するのも当然自由だ。その時にたまたまひじが隣の男に当たったとしてもそれはたいした問題ではない。だからその時、体感は何も告げない。だって私は自由に行動できるんだもん。

でもしばらくすると、その男が故意にひじで押し返してくる。私は誰にも邪魔されず自由に電車の座席に座っていられるはずなのに、それをこの男が邪魔している。これは自由の侵害である。すると眠っていた体感はむくむくと起き出し、鋭く反応する。そして、ぎろっと非難の眼差しでにらみ返す。そういうメカニズムが働いているんだ。私は少し納得する。

でも、と私は思う。それは少しおかしくはないか。何がって。「自由」のとらえ方がだよ。え、何?自由には当然それに伴う義務がある、それを忘れてるからおかしいと思うんでしょって。いや、ちがう、それはぜんぜん違う。自由と義務とはワンペアであるという話でしょ、それは。校長先生の朝礼とフジテレビの日曜の朝7時台に話されることの多い、例のアレでしょう、それはぜんぜん違うね。だって、それは要するに「借金したらお金を返しましょう」って話でしょう。え、意味がよくわからない。つまり、常識ではあるけれども例外はたくさんあるって話でしょうっていっているわけ。え、まだわからない。ものわかりのわるい人だな。よく聞いて。借金をする、そのお金を返す。これは常識だよね。でも返さない奴もいる。これは例外だ。これもわかるよね。自由も一緒、自由の向こうには義務がある。これは常識。でも他人の自由をかすめとってのうのうと生きてる奴らもいる。こいつらは義務を果たさない。だから例外。でもこの例外は社会的にとても有利だ。他人の自由をかすめ取ってそれで自分の利益を図れるんだから、社会の上位に位置することができるはずだ。そして社会の上位にポジショニングをとったら、その人間はどういう説教をするか。わかるよね。そう「自由には必ずそれに伴う義務がある」っていうんだ。みんながそれを信じていてくれればこそ、自分はそのポジションにつけたんだから、そういう説教をするに決まっている。

えっとなんの話だっけ。そう自由だ。自由の女神のエルボーバットの話だった。(ちがったかな)ひじうちをくらわす女性の自由の考え方がおかしいといったんだった。その考え方のどこがおかしいか。その反面にある義務を忘れているからではない。そのおかしさの本質は自由というものを無条件で「いいもの」と考えているところにあると私は思うんだ。

私は自由だ。だからひじが少々当たってもそんなこと気にしてられない。そうだよね。そして、私は自由だ。隣の人間にひじで押されると私は自由ではいられない。だから私はにらみつける。そうだよね。たしかに表面的には筋が通ってる。でもこういう「私」がとなり通しに座ったらいったいどうなるんだろう。猛烈なエルボー合戦にならないだろうか。三沢vs 川田の壮絶な60分一本勝負にならないだろうか。(わからない方、ごめんなさい)私はそう思うのである。

自由が無条件でいいものだという考え方は誤っている。だって、多くの場合、その自由の所有者は自分であり、自分の自由が無限定に肥大すれば、隣にいる他者の自由は損なわれるにきまっているからだ。そうですよね。だから限定をはずした自由はいいものではありえない。自由というものは慎重に限定に限定を重ね、せめてこの自由だけは死守しましょうね、という社会的な合意のもとに守らないと一気に消滅してしまう性質をもったものなのだ。

だって考えてもごらんなさい。無限定の自由が許されたら、自由を損なう自由も認められるわけだよ。大量殺人鬼の自由も病的な強姦魔の自由も公然と認められるわけだ。そして、彼らの立場になってみると、それはいつも「私の自由」という形をとって現れるんだ。

だとしたら他者の自由に限定されない「私の自由」なんて危険きわまりないものだということがわかるでしょう。そんな自由を文字通り無限定に認めてたら、今にかけがえのない自由を損なう自由も公然と認められる社会になってしまう。だから自由には慎重な限定という拘束が必要なんだ。そしてその必要不可欠な拘束はいつも「他者の自由」という形をとるんだ。そうではないだろうか。

でも私がほんとうに危険だと思うのは、今話したことが理屈ではなく、自分の体の自然な振る舞いとして、ごく自然に、なんのためらいもなく、若い女性の行動としてあちらこちらに見られるということなのである。別に若い女性を目の敵にしなくてもいいじゃない、とあなたはいわれるだろうか。私がそのことにこだわっているのは、彼女たちが次の世代を生み、育てる母親になるからなのである。

理屈や理論や思想の誤りならば人はそれを修正し、訂正することができる。しかし、それが理屈以前の、理論以前の、思想以前の、体の自然な振る舞いだったとしたら、それを修正し、修復するにはほとんど気の遠くなるような時間が必要になるのだ。



えっと、今電車はどこ走ってるんだっけ。え、宇都宮。宇都宮って大宮のずいぶん先だよね、どうしよう、きょううちに帰れなくなっちゃったじゃないか。私の帰宅の自由はどうなるんだ。人類の将来のこと憂えてたら、今晩うちに帰る自由をうしなっちゃったじゃないか。でも、まあ、その逆の事態よりはいいのかもしれないな。しょうがない、今日は駅のベンチで夜明かしする自由を満喫することにするか。やれやれ。






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Last updated  2006.03.01 21:42:44
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和久希世@ Re:大江健三郎v.s.伊集院光1(03/03) >「彼はこう言いました。「それもそうだ…
kuro@ Re:「チャンドラーのある」人生(08/18) 新しいお話をお待ちしております。
あああ@ Re:大江健三郎v.s.伊集院光2(03/03) 非常に面白かったです。 背筋がぞわぞわし…
クロキ@ Re:大江健三郎v.s.伊集院光2(03/03) 良いお話しをありがとうございます。 泣き…
М17星雲の光と影@ Re[1]:非ジャーナリスト宣言 朝日新聞(02/01) まずしい感想をありがとうございました。 …
映画見直してみると@ Re:大江健三郎v.s.伊集院光1(03/03) 伊集院がトイレでは拳銃を腰にさして準備…
いい話ですね@ Re:大江健三郎v.s.伊集院光1(03/03) 最近たまたま伊丹作品の「マルタイの女」…
山下陽光@ Re:大江健三郎v.s.伊集院光1(03/03) ブログを読んで、 ワクワクがたまらなくな…
ににに@ Re:非ジャーナリスト宣言 朝日新聞(02/01) 文句を言うだけの人っているもんですね ま…
tanabotaturisan@ Re:WILL YOU STILL LOVE ME TOMORROW(07/01) キャロルキングの訳詩ありがとうございま…

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