M17星雲の光と影

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2006.09.23
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テーマ: 本日の1冊(3751)
カテゴリ:
「私にとって敗戦の時が二十二歳でした。

 このショックはちょっと説明しなければなりませんが、なんとくだらない戦争をしてきたのかと、まず思いました。そして、なんとくだらないことをいろいろしてきた国に生まれたのだろうと思いました。敗戦の日から数日、考え込んでしまったのです。昔の日本人は、もう少しましだったのではないかということが、後に私の日本史への関心になったわけですね。」

「いったい日本とは何だろうということを、最初に考えさせられたのは、ノモンハン事件でした。昭和十四年、私が中学の時のことでした。こんなばかな戦争をする国は、世界中にもないと思うのです。」

「ひとびとはたくさん死にました。
 いくら考えても、つまり、町内の饅頭屋のおじさんとか、ラジオ屋のおじさんなら決してやらないことですね。ちゃんとした感覚があれば、お店の規模を考えるものです。
 ところが、こんなばかなことを国家の規模でやった。軍人を含めた官僚が戦争をしたのですが、いったい大正から昭和までの間に、愛国心のあった人間は、官僚や軍人の中にどれだけいたのでしょうか。
 むろん戦場で死ぬことは『愛国的』であります。しかし、戦場で潔く死ぬことだけが、愛国心を発揮することではないのです。」

「私自身の経験を言いますと、私は戦闘に参加したことはありませんが、どういう状況になっても恥ずかしいことはしなかっただろうと思います。周辺の人間数人、あるいは十数人の人間を前にして、みっともないことはしたくないという気持ちですね。それがあれば、人間は毅然とすることができると思います。それは愛国の感情とは違う問題になります。

 これは、人間の感情としてはあまり上等な感情ではありません。
 愛国心、あるいは愛国者(パトリオット)とは、もっと高い次元のものだと思うのです。そういう人が、はたして官僚たちの中にいたのか、非常に疑問であります。」

一週間ほど前、本屋でぼんやりしていると、ふいに「おい、おい」と呼びかけられた。その声は書棚の上の方からしてくる。

「君、君、君だよ」
「え、俺ですか」

私はその声のした方へ顔を上げる。書棚の上から二番目の棚にその本はあった。真っ白な背表紙に黒い文字が書かれている。

「なんで、今あなたの、そして、そのタイトルなんですか」

でも、その返事はなかった。しばらく耳を澄ませてみたが、もう何も聞こえてはこない。私は思いきり背伸びをして、伸ばした右手の先でその本の背中をつかみ、手にとった。

その本には『昭和という国家』(司馬遼太郎)(NHKブックス)と書かれていた。

冒頭に記した文言は、その本の第一章の一節である。

今日、その本を読み終えた。想像したよりもはるかにすばらしい本だった。司馬遼太郎の本を読んだのは初めてではない。「竜馬がゆく」は私の愛読書である。しかし、この本のことばは、彼の小説のそれよりも、もっとすばらしいのではないか。明晰で、論理的で、深い思索を背景とした重みがあって、誰にも誤解のしようのないほどわかりやすく、それでいて鋭く深い、みごとな日本語の語りがここには実現されている。私はそう思った。



ここには痛切な訴えがある。ここには自分のいなくなった後、この国に住む人々へのやむにやまれぬ思いがこめられている。この二十年間に起こったことを忘れてはならない。そこから学ぶべきものを学ばなければ、また同じことを繰り返すことがないとはいえない。そこで何が起こったのか。その原因は何であったのか。そこからわれわれは何を学び、何を教訓とすべきなのか。そのことを考えなさい。この本は静かに、しかし熱く、そのことを語りかけてくる。

司馬氏はノモンハン事件のことを長期にわたって調べ、資料を集め、たくさんの人にあったという。そして、ついにそれについては一行の文章も書かなかった。その当時、番組を収録したディレクターには「○○君、『昭和』ばかりしゃべっていたらハラワタが腐るよ。」とつぶやいたという。そして、「若い人がマネーゲームに勤しむ。働いて、つまらない収入を得ることの大事さを誰も教えない。これでは社会は壊れてしまう」「繁栄は続きません。産業の神さまは必ずよそへ移ります。その時、落ち着いて老いさびたクニに、日本をどう作って行けるのか……土俗の日本人として、真剣にそれを考えないと」と言ったという。それは1986年。いまから20年前のことである。

この本についてこれ以上のことを語ろうとは思わない。この文章の冒頭の数行の引用を読んで、何かをこころに感じられた方がもしあったとしたら、とにかくこの本を読んでみてください。私にはこの本のすばらしさを語り尽くす力量は残念ながらありません。でもある日、ある時、この本からじかに呼びかけられた人間として、「こういう本がありますよ」ということだけはここに記しておく義務があると感じました。

ノモンハン事件の当時、満州国という虚妄の国の優秀な官僚であり、その後、A級戦犯の容疑者となり、釈放され、日本国の総理大臣となった人間。その人間の孫がもうじき同じ国の総理大臣になろうとしています。その時にあたって、この本を一人でも多くの人に読んでほしい。私はそう思います。

私は新しい政治的リーダーに微塵も期待はしていません。それどころか彼に対して強い懸念と警戒心を抱いています。その気持ちはこれからも持続していこうと考えています。この本を読み終えて、あらためてその思いを強くしました。



あまりにも有名なヴァイツゼッカーのこのことばを私はこころの中にあらためて強く刻み込もうと思う。





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Last updated  2006.09.25 08:09:05
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和久希世@ Re:大江健三郎v.s.伊集院光1(03/03) >「彼はこう言いました。「それもそうだ…
kuro@ Re:「チャンドラーのある」人生(08/18) 新しいお話をお待ちしております。
あああ@ Re:大江健三郎v.s.伊集院光2(03/03) 非常に面白かったです。 背筋がぞわぞわし…
クロキ@ Re:大江健三郎v.s.伊集院光2(03/03) 良いお話しをありがとうございます。 泣き…
М17星雲の光と影@ Re[1]:非ジャーナリスト宣言 朝日新聞(02/01) まずしい感想をありがとうございました。 …
映画見直してみると@ Re:大江健三郎v.s.伊集院光1(03/03) 伊集院がトイレでは拳銃を腰にさして準備…
いい話ですね@ Re:大江健三郎v.s.伊集院光1(03/03) 最近たまたま伊丹作品の「マルタイの女」…
山下陽光@ Re:大江健三郎v.s.伊集院光1(03/03) ブログを読んで、 ワクワクがたまらなくな…
ににに@ Re:非ジャーナリスト宣言 朝日新聞(02/01) 文句を言うだけの人っているもんですね ま…
tanabotaturisan@ Re:WILL YOU STILL LOVE ME TOMORROW(07/01) キャロルキングの訳詩ありがとうございま…

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