M17星雲の光と影

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2006.11.29
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テーマ: 感じたこと(2902)
カテゴリ: 音楽
内容はともかく、タイトルに強く惹きつけられる本がある。そのタイトルだけが勝手に頭のなかに居座って、ことあるごとに意識のなかで明滅を繰り返す。そういう本である。

私にとって「音、沈黙と測りあえるほどに」(武満徹)という本がそうだ。

ずいぶん以前、図書館でこの本を借りて拾い読みしたことがある。正直なところ、その内容もあまりよく覚えていないのだが、タイトルだけはいまだに鮮明に記憶している。

それ以降、とくにクラシック音楽を聴く時には、このことばがよく浮かぶ。緩徐楽章で微細な音に耳を澄ましている時、その小さな音の向こうに「沈黙」の存在を感じることがある。そのうち音を聴いているのか、沈黙を聴いているのか、自分でもよくわからなくなってくる。そういう時、このタイトルが頭をもたげてくる。

「音、沈黙と測りあえるほどに」

美しいことばである。さすが音楽家の選択したことばだけに、「おと、ちんもくとはかりあえるほどに」という音の響きもすばらしい。どこにも刺激的な棘がなく、おだやかで、たおやかで、まるみのある音の連なりだ。沈黙の奥からひっそりと浮かび上がるひそやかな音の連なり。それがこころの襞にしみ入るさまを感じとることができる。ため息の出るようなアダージョに耳を傾けているときなど、よくこのフレーズがこころに浮かぶ。

われわれの日常から「沈黙」が消えて久しい。無音状態の中におかれる機会も少なくなった。完全な無音というものは身の回りには存在しないから、無音に近い状態というべきなのだろうが、そういう瞬間を経験することが少なくなった。

都会の人間は一日中無秩序な騒音に首までどっぷりと浸かっている。静けさなど求めるべくもない。休日の朝など起き抜けにテレビのワイドショーのけたたましい音声を耳にすると、雑巾で顔を拭かれたような気分になる。げんなりとして、思わずその場を離れてしまう。騒々しい世の中である。

騒音への耐性というものにも個人差があるようだ。私などは極端にその耐性に欠ける人間らしい。ボリュームつまみとトーンコントロールつまみがぶっこわれたような話し方をする人間が(10代に多い)電車の中で傍にいると、いたたまれなくなって席を移動してしまう。通りを歩いていて、そういう人間が向こうからくると、思わず向きを変えて逆方向に歩き出したくなってくる。生理的にああいう声には耐えられない。神経質すぎるといえば、そうなのかもしれないが。



考えてみると、最近は家でもあまり音楽を聴いていない。大学生の頃はそれこそ一日中ラジカセで浴びるように音楽を聴いていたものだが、その頃の憧れだった、サンスイのアンプを中古で手に入れ、マランツのCDプレイヤーを買い、B&Wのスピーカーを備えてから、かえって音楽を聴かなくなった。CDの枚数が増えるにつれ、それを聴く機会が減っているように思う。皮肉なものである。

もちろん時間の余裕がなくなったということもあるのだが、それだけでもない。何かをしながら音楽を聴くということがほとんどなくなった。中途半端に音楽を聴くくらいならいっそ無音のほうが好ましい。いつの間にかそう考えるようになっている。現にこの文章を書いている今もほとんど無音状態である。 iMacの小さなうなり音以外何も聞こえない。時にはバッハの無伴奏チェロを小さな音で流しながら書くこともあるが、それでも耳について止めてしまうことが多い。わがことながらずいぶん気むずかしい耳になってしまったものである。

でもこころはひそかに沈黙を求めているのだと思う。「しーん」とも「きーん」とも「じーん」とも聞こえる、音とはいえないような微かな沈黙の音が周囲に満ちる時、われわれの神経は研ぎすまされながら、その一方で深い安らぎを覚える。原始の沈黙、漆黒の闇のひそやかな寝息のなかに身を置くと、自分という小さな存在を越えた大きな意識にふと触れたように感じる時がある。闇に吸い込まれそうな、沈黙の深い谷底にどこまでも落ちていきそうな、そんな瞬間に、ふと自分を縛りつけている制約から解放され、自分の肩のうしろあたりに小さな透明な翼が生えていることに気づく。もちろんそれは空を飛ぶには余りにもたよりない、できそこないの想像の翼にすぎないのだけれど。

やがて、漆黒の闇のなかで透明な小さな翼をせいいっぱいに広げて、つま先からそっと空中に浮かび上がってみる。そして、深い沈黙のなかで静かに耳を澄ませる。その耳にはいったい何が聞こえるだろう。たとえばそれはこういう唄である。


やあ、暗闇くん、なつかしいぼくのともだち
また君と話をすることになったね
なぜって、まぼろしがそっとしのびこんできて
ぼくが寝ているあいだに種を蒔いていっちゃったんだ
ぼくの脳に植えられたまぼろしはまだそのまま
沈黙の音のなか

やすみなき夢のなか僕はひとり歩いていた

街灯の灯りの下
僕は冷たい霧に襟を立てる
僕の目にネオンの光が突き刺さった時
それは夜の闇を切り裂き
沈黙の音に触れるんだ




沈黙と測りあえるほどのかすかな音。その音にわれわれは耳を傾けなければならない。

そこからみずみずしいことばとほとばしるような響きを静かに汲み上げなければならない。

暗く深い沈黙の井戸のなかから。





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Last updated  2006.11.30 09:20:00
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和久希世@ Re:大江健三郎v.s.伊集院光1(03/03) >「彼はこう言いました。「それもそうだ…
kuro@ Re:「チャンドラーのある」人生(08/18) 新しいお話をお待ちしております。
あああ@ Re:大江健三郎v.s.伊集院光2(03/03) 非常に面白かったです。 背筋がぞわぞわし…
クロキ@ Re:大江健三郎v.s.伊集院光2(03/03) 良いお話しをありがとうございます。 泣き…
М17星雲の光と影@ Re[1]:非ジャーナリスト宣言 朝日新聞(02/01) まずしい感想をありがとうございました。 …
映画見直してみると@ Re:大江健三郎v.s.伊集院光1(03/03) 伊集院がトイレでは拳銃を腰にさして準備…
いい話ですね@ Re:大江健三郎v.s.伊集院光1(03/03) 最近たまたま伊丹作品の「マルタイの女」…
山下陽光@ Re:大江健三郎v.s.伊集院光1(03/03) ブログを読んで、 ワクワクがたまらなくな…
ににに@ Re:非ジャーナリスト宣言 朝日新聞(02/01) 文句を言うだけの人っているもんですね ま…
tanabotaturisan@ Re:WILL YOU STILL LOVE ME TOMORROW(07/01) キャロルキングの訳詩ありがとうございま…

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