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2006.12.01
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テーマ: 感じたこと(2902)
カテゴリ: その他
いわゆる「いじめによる自殺」に関連する報道が新聞やテレビにあふれている。被害者の救済、加害者への処置、学校の責任、教師の能力、教育委員会の役割など、その論点は多岐にわたる。どれも考えるに値する問題ではあるのだろうが、ひとつだけ見落とされていることがあるように思う。

それは子どもたちは本当に「いじめ」が原因で自殺したのだろうかということである。

そんなことはあらためて論じるまでもない。彼らの死の直前の遺書を見ても、いじめが原因であることは明らかである。いまさらなぜそんなことを考える必要があるのか。そう思われる方もあるだろう。

しかし、はたしてそうだろうか。

一人の人間が自ら死を選び、それを実行するに至る過程、それは論じるまでもなく明らかなことがらなのだろうか。私はそんなことはないと思う。

一人の人間がなぜ自ら死を選んだか、その原因はほんとうのところ誰にもわからない。死の直前のことばや行動、遺書の文面からそれを探ることは可能だろうし、大切な作業でもあるが、つきつめて考えると、その本当の理由はわからない。そういうしかない。それを語るべき人間がすでに存在しておらず、語られるべきことばが永久に失われた以上、それはどこまでいっても想像ないしは仮定にとどまるしかない。

人間は複雑な生き物である。その内面にはさまざまな相矛盾する要素が雑然と混在し、その行動と動機とはけっして直線的に、一義的に連結されるものではない。

要するに、人間はわけのわからない生き物なのである。これらの事件に関する報道を見て私が感じるのは、このような人間の「わけのわからなさ」に対する意識が欠落しているのではないかということである。そこでは特定の原因とそこから引き起こされる行動とが一本の線でつながれているように見える。「いじめの存在→子どもの自殺」というように。まるで直列の回路でつながれた豆電球のように、スイッチを入れれば自動的に明かりがともる。そういうものとして子どもの行動がとらえられているように思う。

はたしてこれでいいのだろうか。そして、その矢印を逆向きにたどれば、「子どもの自殺→いじめの存在→それを黙認したのは誰か→責任者の特定→糾弾」という流れが、これまたイルミネーションの電球のように次々と逆向きに灯されていく。



物事を単純化して、焦点を鮮明にする。それによって瞬間的に人々の関心は高まり、世論は喚起される。しかし、しばらくの後、それらはピークを越え、徐々に沈静化し、やがては消えてゆく。そして、忘れられた頃にふたたびぽつんと小さな電球がともる。

この国ではあまりにもそういうことが多すぎるのではないだろうか。

いじめが原因で自殺するということは、ある意味ではいじめの「成就」につながる。それは卑劣きわまりない「いじめ」を心ならずも完成させてしまうことになる。だからいじめを受けている者は断じて死んではならない。私はそう思う。

そして、死に直面している子どもの心情は、おそらく単線の上を走る列車のような状態になっているのではないだろうか。もちろん人間の内面がそんなに単純なものでないことは承知しているが、彼らは自身の内面をある意味では単純化、単線化することによって死に至っているのではないか。そう思えてならない。

そして、死の間際の彼らの内面には「自殺の決行→加害者への復讐」というもうひとつの直線的な矢印が刻まれてはいないだろうか。

あるいは私は単純化の危険性をあまりにも単純化して説明しすぎているのかもしれない。しかし、自殺者の内面にはある種の単純化、単線化が見られ、それはマスコミ報道のもつ単純化、単線化とけっして無関係ではない。むしろ深いつながりがあるのではないかと思うのである。だからこそ、マスコミの過剰とも思われる報道が、次々と連鎖的に起こる子どもの自死につながっているのではないか。そういう気がしてならないのである。

たしかにいじめは卑劣な行為である。たとえ子供の行為であっても、それらが一人の人間の生命を失わせた可能性があれば、彼らの行為は厳しく糾弾されるべきである。

しかし、そのことと自殺の原因がいじめであると単純に決めつけることとは違う問題だ。

こうすればこうなるという単線的な考え方が、生の多様性を、選択の余地を、子どもたちから、そして大人たちから奪いとっているように思えてならない。そして、その単純な決めつけが彼らの生の軌跡を単線の線路のようなものにしてしまっているのではないだろうか。

子どもたちが引き起こす深刻な問題、それに接した時にわれわれがまず考えるべきことは、それが「大人社会の模倣」ではないかということである。自死に至る直線回路、自死によって復讐をとげようという直列回路、この回路は実は今の社会の根幹を支えているものなのではないか。そのことを考える必要があるように思う。

わたしたちの社会は、年間に三万人近くの自殺者をコンスタントに生産しつづけている。そのことを想起すべきだろう。



私はそう思うのである。





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Last updated  2006.12.01 20:57:29
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差別はなくならない  
YABU さん
むしろ「いじめ」や「差別」の無い社会が正常な社会であるという信憑が亢進すればするほど、皮肉なことに、「いじめ」や「差別」は、「劣等の刻印」としての記号的な意味を、より強固なものにしていくことでしょう。
子供達の狭い世界では、異質な存在(その差異がいかに微細なものであっても)それに対しての嫌悪感や排除への欲望には抗し難いものがある。
彼らはまだ異質なものへの適度な対処の仕方を知らないのだ。
それを抑圧したところで、抑圧された「何」は、必ずその抑圧を迂回して歪みを社会の表面にのぞかせる。
そうして現れた歪みを今度は大人達が徹底的に差別することになる。
人間はそういう生き物だというところからはじめないとね…

(2006.12.02 13:07:23)

Re:危険な直列回路(12/01)  
ジュン さん
  …本当に「いじめ」が原因で自殺したのだろうか…

私も、その点が疑問です。 勿論、いじめも関係してるとは思いますが…。 
「単線的な考え方」 「単純な決め付け方」 「直線回路」 「直列回路」 自分ではそうしないように心掛けているつもりが、気が付けば結構そうだったりしていて…私は耳がいたいですねぇ。

YABUさんのコメントにも大いに頷かせられました。 (2006.12.02 14:20:47)

花鳥風月  
ほり さん
こんにちは。
養老先生が、自殺した子供の遺書にあるのは人間関係ばかりで花鳥風月がない、と書いていることを思い出しました。
M17星雲さんがおっしゃることそのものではないでしょうが、多少関係するように思いました。
(2006.12.02 20:41:44)

Re:差別はなくならない(12/01)  
YABUさんへ

気迫のこもった鋭いコメントありがとうございました。返事が長くなりそうだったので、今日、雑感の形で再び「いじめ」について文章を書いてみました。直接の答えにはなっていませんが、そちらでご返事にかえさせていただきます。しかし、鋭いなあ、ほんとに。 (2006.12.03 20:19:13)

Re:花鳥風月(12/01)  
ほりさんへ

なるほど、さすが養老先生ですね。たしかに人為と人工のみに閉じられた世界の中に「いじめ」も「自殺」も存在しているもののように思えます。私は人生の選択に迷った時には「木の枝」を見るようにしています。生命の自然な軌跡がそこには描きだされており、それは二者択一でもないし、入試問題の選択肢でもないし、あみだくじの形でもない。見事な枝振りの大木を切り倒して、直線だらけの高層マンションなんか建てるから、そこから人が飛び降りたくなるのではないかとひそかに考えております。 (2006.12.03 20:21:27)

いじめ自殺者はうつ病  
akko さん
いじめられたくらいで自殺するな、ということは私も賛成です。
しかし、いじめで自殺する子の多くは、鬱病を発症しているそうです。
鬱病になると、善悪の判断がつかなくなり、視野が狭くなり、思考力が低下して、自殺に至ります。
自殺は絶対にいけないことです。
しかし鬱病を発症してる人間に、「自殺をするな」と言っても、病状が悪化するだけで、あまり有効ではないように思います。
現に、精神科医は、そこの注意を促しています。
鬱病患者に「頑張れ」などの励ましをすると、鬱病が悪化し、ますます自殺に追い込んでしまうということを・・。
自殺志願者にお説教する前に、まずは、人を鬱病になるまで追い込む行為を断罪すべきなのでは、と思います。
会社でも、上司からのいじめによって自殺したサラリーマンの遺族に労災がおりています。
遺族が訴訟を起して、いじめ加害者側が、鬱病を発症させたということで、傷害致死の判決も受けています。
やはり、鬱病になるまで追い込む加害者を断罪するのがまず先かな~と思うんですけど、どうでしょうか。 (2007.01.11 00:12:01)

Re:いじめ自殺者はうつ病(12/01)  
akkoさんへ

おっしゃることの方向性はわからないわけではありません。ただ、私はここで「いじめられたくらいで自殺するな」といっているわけではありません。「物事をあまりにも単純化して考えるのは危険だよ」といっているのです。いじめが原因とされる自殺者のうち、何人かには鬱的症状が見られるかもしれません。でもだからといって「いじめによる自殺者=鬱病」と決めつけることはできないでしょう。私は「いじめを受けて死を選ぶことは、厳しい言い方だけれども、そのいじめをある意味で完成させてしまうことになる」といっているのです。

いじめをした側の責任を問うべきだというご意見はまったくその通りだと思います。ただ、「断罪」ということばは気になります。もしもそのいじめが、その人間の周囲の人間関係という「場」にもとづくものだったら、あるいは社会関係の「構造」にもとづくものだったら、それらの「場」や「構造」をどう断罪すればいいのでしょうか。悪しきことは特定の「誰か」が行ったことであり、その誰かを断罪しさえすれば問題は根本的に解決する。そういう考え方には大きな危険性が潜んでいる。私が「危険な直列回路」というこの文章でいいたかったことはそういうことです。
(2007.01.11 23:07:17)

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kuro@ Re:「チャンドラーのある」人生(08/18) 新しいお話をお待ちしております。
あああ@ Re:大江健三郎v.s.伊集院光2(03/03) 非常に面白かったです。 背筋がぞわぞわし…
クロキ@ Re:大江健三郎v.s.伊集院光2(03/03) 良いお話しをありがとうございます。 泣き…
М17星雲の光と影@ Re[1]:非ジャーナリスト宣言 朝日新聞(02/01) まずしい感想をありがとうございました。 …
映画見直してみると@ Re:大江健三郎v.s.伊集院光1(03/03) 伊集院がトイレでは拳銃を腰にさして準備…
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