「007 スペクター」21世紀のボンドにスペクター
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2007.12.11
二人のラディカリスト
(2)
カテゴリ:
その他
「ラディカル」ということばは、この国では正しく理解されていないのではないか。
このことばを聞いて反射的に浮かぶ訳語は「過激な」だろう。だから「ラディカリスト」は「過激派」になる。たしかに英語でもそういう意味で用いられる場合は多い。だが、この用例だけで「ラディカル」をとらえると、語義がずいぶんと歪んだものになってしまう。
過激ということばを聞いて、われわれが思い浮かべるのは、花火や火薬の炸裂のような、外面的な激しい衝撃や爆発を伴う変化だろう。
しかし、ラディカルの原義は「根本的な」「徹底的な」ということである。大根をラディッシュというのも同じ語根からきている。
だから、おそらく根っ子の部分からすっこ抜いて、えいやっと放り投げるような改革を、「根本的な改革」=「(結果的に)過激な改革」と呼ぶようになり、それが「1、根本的な、徹底的な、2、過激な、急進的な」というふたつの意味につながったのだろう。だから、ことあるごとに卓袱台(ちゃぶだい)を、「でえいっ」とひっくり返す星一徹などは、ラディカリストの一員と考えていい(たとえが古すぎるが)。
だが、ネイティブの英語話者が「ラディカル」という時、この1と2の意味は頭のなかで截然と分離されてはいないのではないか。1を白色、2を赤色に喩えると、この語を用いるときには、白を出発点として、それが徐々にピンク色を帯び、ついには赤に達する微妙なグラデーションが話者の脳内には存在しているはずである。
しかし、日本語話者の頭の中では「ラディカル=過激な、急進的な」という一対一の対応が強固にできあがってしまっている。そこでは「根本的にものごとを考える」ことがどれほど「過激」でありうるかということがしばしば失念されてしまう。私が冒頭で「この語が正しく理解されていない」と述べたのは、そういうことである。
少なくとも日本語で「あいつはラディカリストだ」という場合、彼が根本的にものを考える人間だという含意はそこにはない。むしろ「根本からものを考えることのできない直情径行型の人間だ」という逆のイメージを帯びる場合が多いのではなかろうか。
だから、日本の受験生で、「radical principle」を「根本原理」、「radical reform」を「抜本的改革」、「radical cure」を「根治」とすんなりと訳せる人は決して多くないのである。
「そうね、たしかに養老先生って、カ・ゲ・キよねえ」
そういわれると、「ええっと、たぶんそれとはちょっとニュアンスがちがうと思うんだけど」といいたくなる。
数ヶ月前、養老先生の本を次から次へと手当たり次第に読んでいた時期があった。面白くてとまらなくなってしまったのである。
実をいうと、私は養老先生が本を出し始めた頃からの熱心な読者だった。しかし、2~3冊読むと、その後、ぱたりと読むのをやめてしまった。その頃出た『唯脳論』の冒頭を読んで、「ああ、これはわからない」と思い、それ以来、読まなくなった。その頃、氏の文章にはところどころに妙な飛躍があるように感じられたし、あちこちに同じ内容が書き散らしてあるようにも思った。そういう失礼千万な感想を抱いた記憶がある。
しかし、一年ほど前に氏の講演をたまたま間近で聴く機会があり、それをきっかけにして、これまで養老先生の本との間に存在していた分厚い氷が一挙に溶けてしまった。
ああ、そうか。あれは「同じことの繰り返し」ではなかったのだ。養老氏が繰り返し書かれていること、それは彼の「主題」なのである。そして、その主題をさまざまな形で変奏していくことが彼のスタイルであり、文章なのである。その主題を彼はどこまでも執拗に、徹底的に掘り下げていく。ものごとの幹を探し、そこから下方へ穴を掘り、その根がどこから生じているかを探求していく。そのプロセスこそ彼の著作活動そのものだったのである。
そう思って、18年近く店晒(たなざら)しにしていた『唯脳論』を手にとった(考えてみると読まない本を20年近く本棚に置いておくこと自体が異例のことだ。やはりこころのどこかで気にはなっていたのだろう)。そして、なんと面白く、またスリリングな著作であることかと改めて感じ入った。
その本の中にこういう記述がある。ヒトの脳はゴリラやオランウータンの約3倍ある。なぜそんなに肥大したのかは大きな謎である。その一方でトガリネズミのヒゲの数と、その刺激を受容する脳の部位とは基本的に一対一の対応関係にあるという。外界の刺激と脳の容量との間には一定の対応関係があるのである。しかし、ヒトの環境がサルの三倍大きいわけではない。この謎はいったいどうやったら解けるのか。
養老先生の答はこうだ。「人間は外界だけでなく、自分自身をも外界のなかに取り込むことによって、その環境を爆発的に肥大させたのだ。その結果、脳は巨大化することになった。この自分自身をも外界としてとらえる精神のあり方を自己意識と呼ぶ」と。
それまで外界に向けていた意識を自分自身へ内向させることによって、世界は内面に向かって一気に広がった。その結果、人間の脳は肥大したというのである。
私はこの仮説に興奮し、この仮説を生み出す発想そのものに目をみはる。こういう発想はどこから生まれてくるのだろうか。おそらくそれは自分の考えるべき主題を探り当て、それをどこまでも深く探究しようとする姿勢のなかからしか生まれてこない。彼のもつ主題の意味はここにある。
養老先生の文章も同じである。何度も繰り返し書かれていることは、氏の頭のなかにあるメインテーマなのである。そのテーマは彼の思索の根底にしっかりと根を張っており、だからこそ、そこからさまざまな発展や変容が出現してくる。その根から養分や水分を汲み上げて、茎が伸び、枝が張り、葉が茂り、花が咲く。養老先生の本を読み始めた頃、「また同じことが書いてある」と思って頁を閉じたのは、いかにも浅慮であった。
自分の問題意識の根っ子にある問いを徹底的に自分の力で考え抜く。どれほど時間がかかっても、粘り強く、妥協することなく、誰の助けも借りないで、掘り進んでいく。そのようにして得られた結論を彼は繰り返し書くのである。そして、そこからはさまざまな形の精神の運動が生起する。それが彼の著作活動の本質なのである。
養老先生の本を次々と読んでいくことで、私はようやくそのことに気がついた。
根っ子が強靱であればあるほど、その著作活動に他者が関わったとしても基本的な骨格が揺らぐことはない。いや、むしろ他人が関わることで、従来の文体の制約から解放されて、より自由なスタイルが出現することになる。爆発的なベストセラーとなった『バカの壁』はそのことを示しているのではないだろうか。(もっとも、内容的には続編の『死の壁』のほうが上ではないかと私は思うが)
要するに、彼は「ラディカリスト」なのである。このことばがこれほどふさわしい人物はいない。彼は根っからの「根っ子主義者」なのだ。
その人の著作に「『わからない』という方法」(集英社新書)がある。まったく違う場所から、違う意図をもって掘り進められた二つのトンネルが、ある日、偶然出くわす。そのスリリングな瞬間を、私はこの二人の文章から感じとる。
その人とは橋本治氏である。
いま、「『わからない』という方法」の実践の書である「桃尻語訳 枕草子」全3巻を読んでいるところだ。
これを面白おかしくしつらえた古典の口語訳だなどと思ったら、とんでもない見当違いである。
この訳文に現れた彼の徹底的な掘削作業の跡を見て、私はしばし茫然とする。
「わかったつもり」という中途半端な理解からこれほど遠く隔たった訳業というものはあまり例がない。
彼もまた強靱な意志と掘削能力と精神的なスタミナをもった徹底したラディカリストなのである。
私は彼らの著作を通して、自らの足元をどこまでも掘り進める「根堀り」作業の意味を知る。
そういうラディカリストの仕事は、私に饒舌を許さず、むしろ沈黙を強いる。
私は黙って、自分の足元を見つめる。
そして、こう思う。
私もまたここを掘らなければならない、どこまでも「ラディカル」に、そして、どこまでも粘り強く、と。
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Last updated 2007.12.12 06:28:34
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Comments
和久希世@
Re:大江健三郎v.s.伊集院光1(03/03)
>「彼はこう言いました。「それもそうだ…
kuro@
Re:「チャンドラーのある」人生(08/18)
新しいお話をお待ちしております。
あああ@
Re:大江健三郎v.s.伊集院光2(03/03)
非常に面白かったです。 背筋がぞわぞわし…
クロキ@
Re:大江健三郎v.s.伊集院光2(03/03)
良いお話しをありがとうございます。 泣き…
М17星雲の光と影@
Re[1]:非ジャーナリスト宣言 朝日新聞(02/01)
まずしい感想をありがとうございました。 …
映画見直してみると@
Re:大江健三郎v.s.伊集院光1(03/03)
伊集院がトイレでは拳銃を腰にさして準備…
いい話ですね@
Re:大江健三郎v.s.伊集院光1(03/03)
最近たまたま伊丹作品の「マルタイの女」…
山下陽光@
Re:大江健三郎v.s.伊集院光1(03/03)
ブログを読んで、 ワクワクがたまらなくな…
ににに@
Re:非ジャーナリスト宣言 朝日新聞(02/01)
文句を言うだけの人っているもんですね ま…
tanabotaturisan@
Re:WILL YOU STILL LOVE ME TOMORROW(07/01)
キャロルキングの訳詩ありがとうございま…
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