raison d'etre (存在価値)
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久しぶりの更新です。先日4月8日、祖父が他界しました。亡くなったのは父方の祖父で、大学に入ってすぐまでの約20年一緒に暮らしてきた、じいちゃんでした。一昨日、昨日とお通夜、告別式がありほぼ3日間実家に帰ってきました。いつも寝ていた部屋で、まるで寝ているかのように横になっている姿も最後にお棺に入る直前に触れたときの冷たい感触もはっきり残っているのに不思議と今でも実感がありません。自分の祖父母は皆健在だったので、今回初めて家族がいなくなるという経験をしたためなのかもしれません。今でも、うちに帰ったら今でテレビを見ながら「おう、あっちか~」って声をかけてくるんじゃないかって気がして、写真の中で元気そうに笑ってるじいちゃんがもういないなんて、信じられないです。亡くなる直前は体を壊して入退院を繰り返していて、人工呼吸器を着けたまま、おかゆ位しか食べられないでいたじいちゃんを見ていたから、式の最中は楽になれてよかったね、なんて思っていたんだけどいざ火葬されて、骨になっちゃったじいちゃんがお墓の下に納められるのを見ていると、やっぱりもうちょっと生きてて欲しかったって思わずにはいられませんでした。しょっちゅうばあちゃんと喧嘩してたじいちゃんだけど、自分や妹やいとこの子達、もちろんばあちゃんにも、すごく優しくて親戚が集まるたびに、一番年長だった自分に小遣いをくれて「お菓子でも買ってこいよ」って言っていたじいちゃん。書道がうまくて、よくお手本を書いてもらったりしたっけ。マラソンも得意で、毎年新年のニューイヤーと箱根駅伝は必ず見ていました。今でも市民マラソンでとった3位の賞状は、じいちゃんの部屋に飾ってあります。そんなじいちゃんも、パーキンソン病を患ってからは年とともに静かになっていって実家に帰っても一人テレビを見ながら、せんべいなんかを食べている姿ばかり見るようになりました。丁度孫達が大学生や社会人になった頃だったから、段々会う機会も減っていってたしもうちょっと、遊びにいっとけば良かったかなぁなんて、やっぱり思います。喪主だった父が、告別式の最後に、つたない言葉で生前のじいちゃんの事を語っていたときには、何だか言葉に出来ないものがこみ上げてきて、たまらなかった…誉められたところばかりじゃない父だけど、あの時ばかりは、泣きそうになりながら喋ってる姿を見て、頑張れって、言ってやりたくなりました。中学生の時にじいちゃんに買ってもらった自転車は、今でも乗ってるよ。28インチのでかい自転車で、47000円もする立派なやつ。こうやって書いていても、やっぱりどこかで信じられなくて、大泣きしてた従姉弟とか、冷たくなったじいちゃんの手とか、父の言葉とかが只々、頭の中でぐるぐる回っています。いつかふとした時に、それを実感して、すごく悲しくなるのかと思うとその瞬間が来るのがすごく怖いです、、来月、49日でまたお線香あげに行くから、覚悟しとかなきゃ。向こうではうまいもの食ってね、じいちゃん。悲しいけど、じいちゃんの分も頑張って生きようと思った、葬式のお話でした。
2006年04月11日
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