Nonsense Story

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片岡家の災難 5


 明代ちゃんは、片岡が携帯を没収されていることを忘れて、遅れる旨をメールで伝えてきたらしい。片岡は呆れ顔で悪態を吐きながらも、いそいそと自分で障子紙を買いに行く準備をし始めた。
「ばあさんが帰る六時までには戻る。でも、もし俺よりもばあさんが先に帰ってきたら、どうにかしてあの部屋に入らないように足止めしててくれ。幸い、お前はばあさんに気に入られてるから大丈夫だろう。なんとか繋いでてくれ。頼んだぞ」
 片岡は、ぼくに口を挟む余地を与えずにそれだけ言うと、さっさと出て行ってしまった。
「ちょっ・・・・・・」
 ぼくは鼻先で玄関の引き戸を閉められ、抗議の言葉を飲み込んだ。
 親の躾のお陰で、ぼくは一通りの挨拶は外面良くこなせるが、それはいっときのことである。片岡は、おばあさんがぼくを気に入っていると言うけれど、前に会った時は一分やそこらだったから印象よくできたのだ。あの極妻ばあさんと長時間対峙すれば、化けの皮が剥がれるのは目に見えている。
「どうなっても知らないからな」
 そう独りごちて、ぼくはおばあさんが予定より早く帰ってこないことを祈りながら、赤松のいる片岡の自室へ上がっていった。
 しかし、ぼくは片岡の部屋の前で立ち尽くすことになった。
 部屋の襖を開けると、そこはもぬけの殻だったのだ。全開になっている窓から、胸がすうっとするような風が吹き抜けてくる。
 ぼくは奇妙に思いながら、学習机やベッドの下を覗いてみた。当たり前かもしれないが、それらの下には猫が入り込んでいたりもしなければ、赤松が隠れたりもしていない。
「赤松の奴、どこ行ったんだろ」
 そう呟いて、悪いと思いつつ向かいの部屋の戸を開けようとした時だった。
「ここっ・・・・・・」
 背後から声がして、ぼくは慌てて振り向いた。
 そこには、窓枠にしがみつくようにして窓の外に立つ、赤松の姿があった。
「赤松? そんなとこで何やってんの!?」
 窓の外ということは、一階の屋根の上ということだ。ぼくは思わず怒鳴ってしまい、赤松は申し訳なさそうに身を縮めた。
「ごめんなさい。猫が・・・・・・」
 足が滑らないようにという考えからだろう、赤松は靴下を脱いで素足で瓦の上に立っていた。彼女は片手で靴下と窓枠を握り締め、もう片方の手を自分の後方へ伸ばす。
 ぼくはすぐに窓へ駆け寄り、外へ身を乗り出した。
「ここの窓、摺りガラスで外が見えにくいから、窓を開けて、猫を膝に抱いて外を見張ってたんだけど、ちょっと腕を緩めた隙に、猫が逃げてしまったんだ。ごめんなさい」
 窓の外では、傾きかけた陽光を受けて鈍く光る瓦屋根の端っこで、大きな綿帽子のような物体が、今にも隣の風呂場の屋根に飛び移ろうとしていた。
 ――午後五時十分。真犯人逃亡。


つづく



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