Nonsense Story

Nonsense Story


 3


 面会は、某ショッピングセンターのフードコーナーで翌日に行われた。
 本当はサラサラの氷で有名なかき氷屋に行きたかったのだが、この時期のかき氷屋は絶大的な人気を誇る。当然、片岡の条件に当てはまるわけもなく、「スーパーのフードコーナーって、意外と知り合いには会わないよ」という赤松の一言で、そこに決まった。あまり知り合いのいない赤松の言葉にも関わらず、何故かその意見には信憑性がある気がした。
 午後三時少し前。昼飯時を過ぎたフードコーナーは空いていた。二階の一画に設けられたその場所は、一面がガラス張りになっており、広い駐車場が見渡せる。コーナーの両端には、ハンバーガー屋やラーメン屋など、セルフサービスの軽食屋が並んでいた。片岡との約束より三十分程前に着いた赤松とぼくは、両側に並ぶ店の、ちょうど真ん中あたりの窓際席を陣取っていた。
「片岡君の謝りたいことって何だろう」
 ぼくの向かいに座った赤松は、陽炎が立ち上っているような駐車場を見つめながら、しきりと同じセリフを繰り返していた。
「さぁ」
 ぼくは、彼女の持ってきた英語の課題の答えをせっせと自分の問題集に書き写していたので気のない返事を返していたが、ふいに不思議に思って訊いてみた。
「なんでそんなに不思議がるの?」
「だって、何も悪いことされてないし。それに、片岡君って簡単に謝罪するような人じゃないでしょう?」
「そうかな。俺はよく知らないけど」
 誰だって赤松ほど簡単に「ごめんなさい」とは言わないだろう。彼女は自分に自信がないので、いつも謝罪ばかりしている。本人の中では簡単に謝っているわけではないのかもしれないが。
 赤松は目を丸くした。
「仲良いのかと思ってたけど」
「普通だと思うけど。まぁ、その場逃れなんかで謝るような奴じゃなさそうだよな」
 ぼくは課題から顔を上げて、頬杖をついた。母親に手を引かれた五歳くらいの男の子が、クレープを売っている店のショウケースに張り付いているのが見える。
「うん。最初に話した時、言ってたし」
「最初に話した時?」
「去年の五月くらいだったと思うんだけど、廊下でいきなり声をかけられたんだ。あの本を書いた人だろうって」
 片岡は、赤松が作家であることを見抜いて声をかけてきたらしい。
「わたしが書いたものを好きだって言ってもらって、本当に嬉しかった。でも、どうしようって思った」
 ぼくに副業がばれた時もそうだったが、彼女は最初そらとぼけた。自分ではないと。著者近影の写真を見せられても、他人の空似だと言い張った。
 しかし、結局のところは認めざるを得なくなってしまい、嘘を吐いたことを謝罪することになった。
 本当にごめんなさい。でも、どうしても学校の人には知られたくないんだ。お願いだから誰にも言わないで。
「片岡君は謝らなくていいって言ってくれた。別に悪意があって隠したわけじゃないんだからって」
 そしてこう言ったのだ。
 俺も謝らないよ。赤松さんを困惑させちゃったみたいだけど、指摘しようがしまいが、俺が気付いてたことに変わりない。悪気があったわけじゃないし、悪いことをしたとも思ってないから。
 つまり、相手がどう思おうと、自分が本当に悪いと思わない限り謝らないということだ。
「だから、片岡君はわたしに何か悪いと思うことをしたんだろうけど、わたしは何もされた覚えがないんだよね」
 クレープを持った子供は、母親と一緒にぼく達の斜向かいの席に座った。
 ぼくは少しだけショックを受けていた。それは別に、片岡の人当たりの悪さが想像以上だったとか、そういうことではない。そういう点では、むしろ片岡らしいとさえ思った。
 ショックだったのはそんなことではなくて、二人がぼくよりも先に知り合い同士だったことが分かったからだ。
 赤松と出会ったばかりの頃、知らない人と話すのが苦手だという彼女が、片岡からある情報を一人で聞き出してきたことがある。ぼくはその時、赤松にちょっと感心したのだ。意外に気概のある奴じゃないかと。
 しかし、蓋を開けてみたら、二人はその頃にはすでに知り合いだったのだ。あの感動を返せってなもんである。
 だが、そういったモヤモヤが顔の表面に出ることはなかった。
「ま、本人が来れば分かるよ」
 ぼくは子供が椅子に座るのを見届けて、また問題集に視線を落とした。
 片岡は三時五分前にやって来た。そして、開口一番こう言った。
「何してんだよ」
 ぼくは問題集から顔を上げて言った。
「赤松に課題見せてもらってんの」
「分からないところだけってのならまだ理解できるけど、それって、全部丸写しじゃないか」
 片岡はぼくの隣に腰を下ろしながら、おおげさにため息を吐いた。
「何故分かる?」
「こっちのページが白紙だ」
 片岡側に広がっていたぼくの問題集は、たしかに新品同様だった。ついでに言うと、次のページは開いたこともない。
「赤松さん、ここは全部こいつに奢ってもらおうな」
 急に話を振られて、赤松が口ごもる。ぼくは抗議した。
「なんで片岡の分まで俺持ちなんだよ」
「だってお前、去年の秋の読書感想文、俺のを盗作したじゃないか。あのお礼、まだしてもらってないからな」
「げっ。まだ根に持ってたのか」
「根に持つとは失礼な」
「仲いいなぁ」
 赤松が目を細めて笑った。坂口と話していた時も、彼女はよくそう言った。同い年の同性と軽口を叩けるということが、友人のいない赤松には羨ましいらしい。
 ぼくは、どこがだよ、と言いながらも安堵していた。昨夜の電話での片岡の様子と、自分の無神経な言葉がずっと気になっていたのだ。赤松にこんな表情をさせられるくらいなら大丈夫だろう。
「で、話って?」
 片岡がコーラとポテトを買って一息つくと、本題を促せずにいたぼくに代わって赤松が訊いた。
「うん、あの映画館で倒れた人のことなんだけど」
 片岡は少し言葉を切って、深呼吸をするように瞬きを一つした。
「俺の親父の愛人だったんだ」


つづく


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