12話 【Children's Day!】


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12話 (柾) 【Children's Day!】



5月5日 柾直近 



午前7時に鳴るドアチャイム。20秒ほど間が空き、再びチャイム音。以降間隔は狭まり、連打されるソレ。
「誰だ……勘弁してくれ……」
相手は、僕が出るまでやめるつもりはないらしい。ベッドから這い出ると、漏れる欠伸を噛み締め、床を裸足で歩きながらドアへ。
「……はい?」
誰何する僕の声が聴こえたのだろう。チャイムの音がぱったり止んだ。どうやら名乗るつもりはないらしい。朝っぱらからなんなんだ。
「どなたですか?」
寝起きの声を自覚しつつ、ドアを開ける。
「直パパ会いたかったー!」
勢いよく首にしがみ付いてきた相手は、娘の児玉絹だった。
「絹……」
「直パパったらシルクのパジャマだ! 嬉しいー! 絹=シルク! 私への愛を感じるわ!
あっ、ひょっとして女なんて連れ込んでないでしょうね!? ベッドを検めさせてもらいます!」
ずかずかと部屋に上がる絹を止めることなんて出来なかった。寝起きには強くない。
気が済むまで家捜しをさせる。その間に服を着替え、顔を洗った。
「よし、いないみたいね」
「いるわけないだろう」
「えー。歴さんも?」
その一言で頭が覚醒した。絹を一睨みする。
「お得意の木霊とやらで探ってみたらどうだ?」
「歴さんとの仲が進展しないからって、私に八つ当たりしないでもらいたいわ」
「それで? 何の用だ? 朝一番に押しかけてくるにはそれなりの理由があるんだろう」
絹は腰に手を当てた。更紗風とペイズリーを組み合わせたエスニックワンピースの裾が揺れる。
「ひどいわ! 今日は何の日!?」
「ゴールデンウィーク中に唯一与えられた貴重なオフの日だ」
「こどもの日よー!」
まるで地団太踏む幼子のように、絹は金切り声をあげた。
「それがどうした」
「こどもの日は父親と一緒に遊ぶ日なのよ!」
「こどもの人格を重んじ、こどもの幸福をはかるとともに、母に感謝する。
それが正しいこどもの日の在り方だ。ちなみに15歳以下限定じゃなかったか?
絹、悪いことは言わない。彼氏を作れ。どこの世界に元父親と遊びたがる二十歳がいるんだ」
「いいじゃない、別に二十歳が元父親と遊んだって。歴さんとデートだって言うなら諦めるけど」
「あぁそうだ。だから諦めてくれ」
「嘘! 本当!?」
さっと身を翻す絹の肩を、すかさず捕らえる。
「待て。どこへ行くつもりだ」
「歴さんのところへ行って、本当かどうか確かめて来ようかと」
「迷惑だろう。……分かった、今日はお前に付き合うよ」
「きゃー、やったー!」
満面の笑みを漏らす絹は、ショルダーバッグから小さなガイドブックを取り出した。
「どこにしようかしら」
行き先候補は京都、岐阜、富山、石川。……正気か?
「どこもGW最終日の帰省ラッシュ時に行くようなところじゃないぞ」
「えー」
「下道だ。近場にしよう」
「じゃあ……ネオナゴヤー」
「それはどんな嫌がらせだ?」
「えー。オフの直パパとネオナゴヤで買い物するのも新鮮なんだけどなぁ。あと、仕事してる麻生さんに会いたい」
「僕は嫌だ」
「ぶーぶー。じゃあ明治村ー。もしくはリトルワールドー」
「……犬山? 僕の実家じゃないか。以前散々連れて行っただろう?」
「ワガママなんだからー。じゃあ映画!」
「だからそういう過ごし方は彼氏としてくれないか……」 
「うん、その話は今度ね今度。さ、行きましょう!」
絹は僕の要望をさらりと聞き流し、背中を押してドアの方へ向かわせる。
――やれやれ、長い1日になりそうだ。
先に靴を履き替えた絹がくるりとスカートの裾を翻して笑顔で言った。
「あ、来月の父の日も、私と遊ぶんだからね」
その宣告に眉をひそめたものの……。すぐさま思い直す。
絹とは血が繋がっているわけでもない。戸籍の上でも、既に他人扱いだ。
離れた今でもこんなに慕ってくれる娘は、とても貴重な存在に違いない。ありがたいものなのだ。
「……分かったよ」
愛娘には敵わない。なぜなら可愛い過ぎるのだ。愛しくて仕方ない。
こうして何度も何度も振り回される運命にあるのだろう。子供は目に入れても痛くないものなのだと痛感する。
戸籍にはもう名前は並んでいないが、絹や玄を楽しませたい気持ちは今も変わらず抱いている。
「絹が望む限り、僕はいつまでもおまえの父親だ」
「なっなっ直パパ~~。うわ~ん!」
「な、なぜ泣くんだ……」
絹が笑っていてくれたなら――。
僕も嬉しいよ、絹。


2010.04.22
2019.12.11 改稿


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