14話 【Disappointed Love!】


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14話 (環) 【Disappointed Love!】


___5月7日 麻生環

Q.女性が彼氏と別れた後の行動パターンを挙げよ
A.周りに迷惑をかけ、まるで悲劇のヒロインのような振る舞いをし、最終的に俺が被害を被る羽目になる

5月7日早朝、俺は超グロッキーだった。吐き気を催すような胸焼けを患い、ひどく苦しんでいた。
今日が休みでよかった。こんな体調で仕事など無謀というもの。取り敢えずは胃に効く薬を飲み下しておく。
原因は暴食だとはっきり分かっている。今後はケーキバイキングがトラウマになりそうだ。
あれは1個だから美味しいのであって、同時に3つも4つも胃袋に収めるもんじゃない。
ムカムカする胃部辺りをさすりながら己の身体を見下ろす。昨日と同じ服。風呂すら入れていなかった。
サバトのような悪夢の一夜を過ごし、帰宅した時点でダウンしてしまったのだから仕方ない。
万全ではないが、それでも昨晩よりかはマシになったところで風呂場に向かい、シャワーを浴びる。
サッパリしたことで楽になれた気がする。
新しい服を纏い、洗濯機を動かし、部屋を片付けている内に、薬が効いてきたお陰かだいぶ体調がよくなった。
ただし朝食を摂る気にはなれず、ミネラルウォーターを煽るだけに留めておいたが――。
バスタオルで頭をガシガシ拭いていると、玄関先のチャイムが鳴った。時計を見ると8時である。こんな早朝に誰だ?
ドアチェーンを外しドアを開けると、そこには千早歴が立っていた。

「よぉ、ちぃ。どした?」
「おはようございます、麻生さん。こんな朝早くにごめんなさい。……入浴中でしたか?」
紺のサテン生地に白のドットが入ったワンピースを着たちぃの視線が、コットンTシャツにカーキのチノパンを穿いた俺の全身を行き来する。
「これか。シャワーを浴びたばかりなんだ」
拭い切れなかった水滴が髪からぽたりぽたりと滴り落ちる。このままでは風邪をひきかねない。
またちぃや柾に看病してもらうわけにもいかないので、肩にかけていたバスタオルの端を掴むと頭を拭き直した。
「どうした?」
「実は……昨日の夜、邑さんが私のところに泊まって行かれました」
「な……何だって? ちぃのところにも行ったのか、アイツ!?」
ちぃは言いづらそうに順を追って説明し始めた。
「邑さんは麻生さんと別れた後、御実家に帰ろうとしたらしいんです。でも終電を逃してしまったらしく、私のところに……」
「泊めてやったのか? ったく邑のやつ、どこまで人に迷惑をかければ気が済むんだ……」
腹痛どころか、今度は頭痛までしてきた。米神を押さえていると、ちぃのか細い声が先を続けた。
「邑さん、すごく泣いていて、とても可哀想でした。私は話を聞くことしか出来なくて。相談相手としては力不足だったかもしれませんね……」
「いや、そんなことない。助かったよ本当に。ありがとな」
笑顔を作ったつもりだったが、困惑した気持ちがどうしても拭いきれず、ぎこちないものになってしまった。案の定ちぃは上辺だけの笑みに騙されなかった。
「あれは、疲れ果てて眠ったようなものです。あんなの本当の睡眠じゃない……。気丈にも私より早く起きて、先ほど電車に乗って帰っていかれましたけど」
「どこまでも勝手だなぁ、あの馬鹿娘」
「あ……それでですね、邑さん、忘れ物をして行ったんです。連絡先が分からないので、麻生さんから渡していただけますか?」
ちぃの手に握られていたのは小さなポーチだった。中を開ける。確信は持てないが、化粧道具の類らしい。
「まぁメイクの類なら家にもゴロゴロあるだろうし、別にこのポーチが数日なくても大丈夫だろ。郵送するのも馬鹿馬鹿しいし、今度会った時に渡しておくわ」
「よろしくお願いします」
律儀にも頭を下げる。客の出迎え時とは微妙に異なる、更に丁寧なお辞儀を。こんなところが礼儀正しいよな、とぼんやり思う。
「ちぃは今日出勤日なのか?」
「はい。本当は出勤した時にでもと思ったのですけど。麻生さんがお休みだったことを思い出しまして」
「朝の忙しい時に悪かったな。……ん? 俺の休み、知ってたのか」
ひと月分のローテーションが書き込まれている勤務計画表は、部署ごとに分けられてしまっている。
俺の場合は『家電』であり、家電に所属している者の勤務形態しか把握していない。POSオペレーターであるちぃも同様のはずなんだが――。
「えぇ、あの……事務所のホワイトボードには、全社員の出勤日と時間が記載された紙が掲示されてますので……。毎月カメラ機能で撮影してるんです」
「凄いな。あのホワイトボードを逐一確認してる社員がいたなんて驚きだ」
「……なんだか自分がストーカーをしているような気がしますけど……」
「気にし過ぎだろ。1人だけを対象にそれをやったらストーカー気質かもだが、全社員の分を撮影してるなら立派な『状況把握』だ、それは」
「そう……ですか? 麻生さんにそう仰って貰えると安心します」
心底ほっとした顔でちぃは笑む。
「これ、わざわざありがとな。今度お礼とお詫びをさせてくれ」
「いえ、そんな――」
「いや、マジで。真剣に言ってる。考えてもみろ……まるで台風一過のような一夜だったろ?」
「そ、れは……」
俺の言葉に目を泳がせたのが何よりの証拠だ。
「そらみろ。……じゃあちぃ、気を付けてな」
「はい。お邪魔しました」
最後に「髪、ちゃんと乾かして下さいね」と残し、ちぃは階段を駆け降りて行った。

10時を過ぎても空はどんより暗かった。どこへも行く気分になれず、家で大人しくしていることにした。
体にフィットするソファにもたれかかって読みかけの雑誌をパラパラ繰っていると、スマホが軽やかな音を奏でた。
テーブルに置いていたスマホを手に取ると、メッセージアプリが起動していた。
【Masaki:麻生、いるか?】
「……柾?」
俺の記憶が確かならば、ヤツの休みは一昨日じゃなかったか? 1日中『娘』に付き合う羽目になったという話を聞いたのはつい昨日のことだ。
妙な時間の、妙な問い掛けに返答する。
【Tamaki:どうした? 仕事じゃないのか?】
【Masaki:言ってなかったか? 今日明日と出張なんだ。今、新幹線の中。暇だから繋げてみた】
【Tamaki:出張? どこに?】
【Masaki:東京まで。部会だ】
【Tamaki:ご苦労なことで】
【Masaki:お前は何してたんだ?】
【Tamaki:体調不良で休んでる】
【Masaki:昨日は何ともなかったじゃないか。帰宅してから悪化したのか?】
【Tamaki:妹が失恋して、その憂さ晴らしに付き合わされたんだよ。泣きながらのケーキバイキングだぜ】
【Masaki:それはそれは】
【Tamaki:食べられないクセに沢山盛りやがるからな、あの悪魔。食べ残し厳禁だから俺が食べる羽目になって、お陰で調子が悪い】
【Masaki:失恋って、告白に失敗したのか?】
【Tamaki:彼氏を振ったらしい。だから余計に解せない。自分で振っておいて、なにゆえ悲観に暮れるかね? 泣きたいのは振られた方だろうに】
【Masaki:つい比べてしまったんじゃないか?】
【Tamaki:何を?】
【Masaki:そこは自分で気付くべきだろう、お兄ちゃん】
【Tamaki:やめろ。お兄ちゃん言うな】
【Masaki:失敬失敬。――そろそろ到着だ。切るよ】
【Tamaki:草加せんべいよろしく】
【Masaki:お安い御用だ】
10分足らずの通信を終えると、今度は邑宛てにメッセージを送りかけ……もしかして、こういうマメさが駄目なのか?
放置しておくべきか。……きっとそうなんだろうな。だが……。
『別れもあれば出逢いもあるさ、邑』
つか、妹のことより、まず俺か……? まぁ、それは追々……な。


2010.05.06
2025.12.09


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