39話 【Over Protective!】


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39話 (―) 【Over Protective!】


___01

歴の過激なパフォーマンスはしかし、柾には白けるばかりだった。
赤面した犬君と歴がぎこちなく見つめ合い、傍目には2人の世界が繰り広げられている気もするが、どうにも茶番に見えて仕方ない。
麻生にも、そして透子にも、歴が犬君にキスをした場所が唇ではなかったと気付いたはずだ。
何が一番の問題かと言えば、キスをした場所ではなく、キスをした行為そのものだろう。
「そうです、本当に付き合ってます、私たち」
麻生の「なっ……」と驚く声がしたかと思うと、透子が真っ先に部屋から出て行く。チラリと見えた横顔は無表情だった。
心の内に渦巻く黒いものを抱えつつ、それでも笑みを浮かべて柾は言った。
「千早さん、おめでとう」
顔を強張らせた歴が柾を見る。その視線が、次は麻生に向く。
何か言わねばと思ったのだろう。一瞬の間が空いたものの、麻生も悲壮感を漂わせるような無粋な真似はせず、「おめでとう」と告げた。
「不破、ちぃを悲しませたらただじゃおかないからな」と釘を刺してはいたが。
歴と犬君は何も言わなかった。礼も、弁解も、説明も、惚気も。
これ以上この部屋に留まる理由もなく、柾と麻生は部屋を出る。当然、引き留める歴の声もない。通路を少し進んだところで麻生が言った。
「さすがにキレてんのな、お前」
「当たり前だ。お前だって腸が煮え繰り返ってるだろう」
「まぁな。さすがにおいたが過ぎるぜ」
「彼女にあんなことをさせたのは、大方シスコン兄貴に違いない」
「残念だな。首を締めあげたくても出張中だぜ、千早凪は」
「そうだった。だが時間が惜しい。さっさと外堀から攻めていくか」
短いやり取りの傍らで、既に柾はスマホを操っていた。その画面を麻生に向ける。鬼無里火香の連絡先だった。
「三女か。まぁそんなところかな。揺さぶりをかけるには一番妥当な相手じゃないか?」
麻生のその言葉がGOサインだった。柾は通話ボタンを押す。優秀な秘書は2コールで電話に出た。
「はい、鬼無里です」
「千早歴がどんな目に遭ってるのか知らないのか? それでも彼女の従姉妹か」
「待ってください柾さん! やにわに何を言い出すんです!? レキちゃんがどうかしたんですか!?」
火香の悲鳴は、柾の隣りで耳を傾けていた麻生にも届くほどだった。
「不破犬君と交際を始めたことで、女子社員から総スカンに遭ってるぞ。目に余るほどのイジメだ」
「いやぁぁぁ、嘘でしょう!? 本当なの!?」
取引相手確保。確信した柾は彼女に的を絞る。
「制服をひん剥いて、下着姿にする(寸前の)荒っぽさだ。きみだって事態を悪化させたくないだろう。知っていることを全部話すんだ」
柾の脅しは効果覿面どころか火香にとっての災厄爆弾だったようで、電話口の向こうでうろたえ、泣きべそになってしまっていた。
しきりに聴こえるのは「私の所為だわ」という後悔の言葉。火香が一枚噛んでいたとは思わなかったが、読みは当たっていたようだ。
「柾さんは何が知りたいの?」
「さっきも言ったろう。全部だ。きみがどこまで関わっているのかは知らないが、把握していること全て聞きたい」
「全部……」と呟き、息を飲む音がした。「私が話せばレキちゃんは助かる!?」
「少なくとも事態は好転するだろう。彼女は誰にも助けを求めようとしない。僕や麻生にすら。寧ろ、僕たちと距離を置きたがっているから近付けない状態だ」
「私が断ったことで、こんな展開になるとは思わなかったのよ……。分かったわ、全部話す! 明日にでも会えないかしら?」
「ちょっと待ってくれ」
柾はスマホを耳から離し、麻生に尋ねる。
「彼女が明日会いたいと言ってる。僕は休みだが、そっちは?」
「休める」
再びスマホを耳に宛がい、火香に了承の旨を告げた。隣りで麻生がスマホを取り出し、電話を掛け始める。
「麻生だ。悪いが、明日休みを代わって貰えないか? ……さんきゅ、恩に着る」
2人同時に通話を終える。
「11時に昭和区の千早御殿だ」
「へぇ、鬼無里火香の自宅とは意外だな。分かった、10時半頃に名古屋駅で落ち会おう」
「あぁ」


___02

地下鉄御器所駅で降りた2人は、歩くこと10分、約束時間の10分前に千早御殿に到着した。
御殿という表現は大袈裟ではなく、門構えからして立派だった。
塀はどこまで続いているのだろう。敷地面積にも圧倒されつつ、千早為葉と書かれた表札の下にあるブザーを押すと、すぐに応答があった。
「はい」
声が多少くぐもっているが、高確率で鬼無里火香だろう。
「おはようございます。ユナイソンの柾と申しますが」
「おはようございます。門の鍵は開いてますから、どうぞ中まで入って来てください」
やはり火香だったようで、言われた通り先へ進む。
不作法なことはしたくなかった麻生は前だけを見るようにしていたが、それでも景色は視界の端にちらちらと入って来る。
「高級旅館さながらだな……」
「名家なんだろうな」
石畳の周りを、ひたすら玉砂利が覆っている。ほぼ白がメインなので、太陽の光に照らされてキラキラと明るさを放っていた。
やがて玄関が見えた。磨りガラスになっており、シルエットが見える。中から出て来たのは火香だった。
「おはよう、鬼無里さん」
「よぅ。おはようさん」
「おはようございます、柾さん、麻生さん。ご足労ありがとうございました」
「いんや。素敵な御宅だな」
「ありがとう。さ、入ってください」
時間を惜しむように、火香は2人を招き入れた。通されたのは1階応接間。
畳の上に長テーブルと4脚の椅子が置かれ、優雅な会食が出来そうな雰囲気だ。庭を臨むことも出来る。何種類もの花が咲き誇っていた。
テーブルの上には小さなガラスボウルがあり、オキシペタラムの花びらが水の上に載せられていた。庭のコンテナに咲いていたものを摘んだのだろう。
火香が2人に着席するよう促した。
「とある1つの縁談が、そもそものきっかけでした」
手際よく冷たい緑茶を並べる。そう言えば本職は秘書だったと思い出す。用意を終えた火香は末席に座った。
「誰と誰の縁談だ?」と柾。
「不破家と鬼無里家です」
「不破家? 不破犬君と関係が?」今度は麻生が尋ねる。
「えぇ。不破家の家長――女刀自とうちの祖父には親交があったようです。刀自が余命宣告を受け、『生きている内に是非曾孫の顔が見たい』と仰せで。
犬君さんには弟さんがいらっしゃるんですけど、結婚は『兄弟どちらでもよい』というお話でした。
犬君さんは乗り気ではなかったんですが、弟さんの方が積極的で……。「兄がしないなら自分が」と申し出られたんです」
「その弟だってまだ若いだろう」
「そうですね……24歳だったかしら。とは言え、そよ香姉さんにはお相手がいてもうすぐ結婚するので、話は因香姉さんと私に来たという次第です」
「次女は断っただろうな」
「その通りですけど……どうして分かるんですか?」
「まぁ……何となく」
「さすが、恋の名うてですね。何でも見通しちゃうんですから、柾さんってば」
火香は肩を竦めて苦笑するも、すぐにその顔が曇った。
「同じく私もお断りしました。でもそれがいけなかったみたい。何故かレキちゃんの方に話が行ってしまったようで……」
「そこら辺の出来事を詳しく教えて貰いたいんだ。そそのかしたのは凪だ。違うか?」
「……ナギくんは、どうしてもレキちゃんを貴方達から引き離したかったみたい」
歴の葛藤、犬君が置かれた処遇、凪の野心。それら全てが露見したお陰で、やっと柾と麻生は腑に落ちた。
「やはり兄の仕業か」
「それであんな行動に出たのか。……馬鹿だな、ちぃは。いや、ちぃらしいか」
「僕たちがプレッシャーをかけ過ぎたのかもしれない」
「それを言われると耳が痛いが……」
「事情は分かった。問題は、千早さんが本気で不破に惚れているのかということだ。無理に好きになろうとしているのかも知れない」
「あり得るな。でも不破は? 潮さんへの想いはどうしたんだ?」
「不破が潮さんを諦めるわけがない」
「お前が言うと説得力あるわ。今までの経験がこれほど役に立つなんて」
「褒め言葉として貰っておこうか。ともかくこれで千早さんの心は読めたわけだ。まだ奪還の余地はあるとみていいだろう。
安心してくれ鬼無里さん。理由が分かった今、もう彼女を1人にはしないから」
「あぁ、よかった……!」
心底安心したのだろう。へなへなと肩の力が抜けていくのが分かった。
「次の接触相手はどうする? 潮さんか、不破か」
「2人とも、ちょっとごめんなさい。その前に」
小さく咳ばらいをして、火香が割り込む。「ん?」と柾たちが火香を見た。
「実は、接触して欲しい人がもう1人いるの。少し待ってて貰えるかしら」
念を押した火香が部屋から出て行く。1分と経たずに火香は戻って来たが、付き添うように男がいた。
「凪! じゃない、……え……?」
千早凪と見間違えたが、彼に似た人物は明らかに自分たちより年上のようだ。
「こちら、レキちゃんとナギくんのお父様です」
「!!?」
思わぬ人物の登場に、柾と麻生は度肝を抜いた。
「はじめまして。千早鳳(ホウ)です。火香から聞きましたが、お2人ともネオナゴヤ勤めだとか? 歴と凪がお世話になってます」
凪と背格好が同じで、黒々とした髪は凪より短いながらも若さを演出している。これで性格がよければ世の女性は骨抜きだろうと柾は値踏みする。
そして年齢を重ねれば、為葉のようなダンディズムな老人の出来上がり――。げに恐ろしきかな、千早家のDNA。
「祖父とナギくんの行動を阻止したかったら、鳳さんの助けが絶対必要になってくると思って。昨日事情を説明して、来て頂きました」
「ここのところ歴が塞いでるみたいだからねぇ。凪はちょっと、やり過ぎたよね」
ほぼ凪の顔で凪を諌めるというのもシュールな絵面だが、『やり過ぎ』には同意見だったので柾たちは頷いた。
「なぜ彼は、あぁも妹を溺愛しているんですか?」
「酷い過保護っぷりだろ? 親以上さ。俺も『放っといてあげなよ』って言うんだけどねぇ。どうも歴のことが気になってしまうらしい」
鳳は掌をテーブルの方に向けた。
「座って座って。火香と一緒にお昼ご飯を作ったんだ。話は食べながらにしよう」
思わぬ展開に呆気に取られていると、火香と鳳が2度ほど台所を往復して食器を運んできた。
大根サラダ、南瓜のスープ、フライドポテトが並べられ、最後にメインとなるオリーブとレモンの香りが漂うパスタが置かれた。
「とても食欲をそそるラインナップですね。これ全て手作りですか?」
「大したことないよ。冷めないうちに食べようか。いただきます」
鳳を皮切りに、全員が手を合わせる。
和やかな空気に包まれ、会話も弾み、食事も進む。食後のデザートのプチタルトに皆の手が伸びた頃、話は本題に入った。
「あの子が歴を可愛がるのは、ちょっとした事情があるんだ」
「事情ですか」
「歴10歳の誕生日、夕暮れ時の出来事さ。俺も妻も夜勤でいなかった。歴の為に、予め午前中に俺がケーキを買っておいたんだ。
そのケーキ食べたさに、部活帰りの凪が先走ってしまってねぇ。よりによって『歴おめでとう』のプレートが乗ってるホールケーキ。
『私は家族が揃うのを待つ』『俺は今食べる』の言い争いが始まり、奪い合いをしていたんだろうね、ケーキが落下してぐっちゃぐちゃ。
当然主役である歴は泣いてしまった。怒りが収まらない凪は、家を飛び出したそうだ。
外は激しい雷雨。向かった先はこの家。凪は最初こそ『帰るもんか』と強がっていたものの、次第に申し訳なく思ったんだろうね。
今更どの面下げて帰ればいいんだと、途方に暮れたらしい。その頃、歴は家で1人怯えながら凪の帰りを待っていたそうだ」
「あの時はナギくんがうちに……ここに来て、『どうしよう』ってうろたえてました。『雷雨の中、家に歴ひとり置いて来てしまった』と」
「あまりに兄妹喧嘩が絶えないものだから、さすがに俺も見かねてね。凪を諌める為に、流産の話をしたんだ」
「流産……ですか?」
麻生の問い返しに、鳳は頷いた。
「その子は、凪と歴の間に……つまり千早家第二子として産まれるはずだったんだ。でも、残念なことに流れてしまってね……。
道徳の授業にでもなればと思ってその話をしたら、凪が動揺してしまったんだ」
「動揺……」
「当時凪は高校生で、多感な年頃だった。話を聞いた凪の中に、『妹を守らなければ』という使命感と感情が芽生えたんだろうね……」
本来なら産まれ、一緒に大きく成長していたはずの弟、或いは妹。存在したはずの命が、流産という形で『無』となってしまった。
凪の中で、流産は死を意味したのだろう。
弟が、或いは妹が、母のお腹の中で死んでしまっていた。
けれでも歴は? ちゃんと産まれてきてくれた。生きて、隣りにいてくれる――。
それは凪にとって奇跡であり、希望や幸せを感じさせるものだったに違いない。
「命の重さや妹の大切さに気付いてくれたのはとても有り難いんだけどねぇ。度を越してるんだよね、あの子の場合」
鳳の説明のお陰で溺愛理由が分かり、合点がいった2人だが、なおさら堅牢なのでは? と気付いてしまう。
「では千早凪的には、あくまでも『兄妹愛』なんですね? なるほど、一筋縄ではいかないわけだ」
一時はあまりの溺愛ぶりに、本気で異性として愛しているのではないか? と勘繰ってしまう場面もあったのだが。
そういう事情ならば、重度のシスコンと納得できなくもない。
「父の為葉は話せば分かってくれるし、折れてくれると思うけど、問題は息子だなぁ」
「やはり難しいですか?」
「『歴が悲しんでる』ことを前面に出していけば、分かってくれると思うけどね」
さほど難しくないような口調で鳳は言ってのける。現状の打破も夢ではないと、2人は一縷の望みを胸に抱いた。


2014.07.30
2025.11.14


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