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「栃木げじげじ」殺しの犯人は、一体誰なんかですって? まあ、話には順序ってものがありますんで、 そんなにあわてないでお聞きになってくださいな。 染吉がもどされてから3日目に なんと今度は うちの仲居の久江がしょっ引かれて しまったんですよ。 これには私にも寝耳に水でした。 店の従業員から犯人を出したんじゃ満月楼の名にも 傷がつくってものじゃありませんか。 仲居頭の私としても頭の痛い出来事ですわね。 おかみさんとふたりで、ただもう青ざめてしまいましたよ。 久江ってのは40歳なかばの、ちょっと垢抜けした 女だったんです。 病気勝ちな、内縁の夫を抱えて苦労してたっていうのに げじげじと深みにはまってしまいましてね。 よくある話ですわね。 げじげじは、始めはいいこと尽くめでくどいたんだそうです。 お前を囲ってやるから、とかなんとか言ってね。 久江もすっかりその気になっていたんだけど、げじげじが まだ25歳のあでやかな染吉姐さんに心変わりしたもんだから、 そりゃあないだろうって、逆上しちまって、ついに犯行におよんだ んだっていうのが、警察の見解でしたが。 それにしても、まさか久江がげじげじとそんな仲だったとは、 夢にも思いませんでした。 私としたところがうかつでしたよ。 久江は、もちろんお縄になって一件落着だと思ったんです。 ところが、そうはいかなかったんです。
2007年11月28日
昨日は肺のCTをとる予定だったのです。 ところが母をデイサービスに出さなけれならないので 迎えのバスを待っていたら 病院から電話あって CTの予約時間に遅れた、と クレームは入りました。 とにかくそこは謝って 時間をのばしてもらい 母を送り出すと あわてて病院に駆けつけました。 やっとのことでCTを終え 結果は異常なしだったのはいいのですが、 あわてふためいたせいで 心臓がどうにかなったかと思うくらいに どきどきして 息苦しいことはなはだしく すっかりくたびれてしまいました。 なんでこーなるの?! もとはといえば CTに遅れたからなのですが、 こんなに大あわてする必要があったの? あ~あ、これも老化現象のせいなんでしょうかねぇ! それにしても病院って嫌いです、 いるだけで気分が悪くなってしまいますよ、 まったく!!
2007年11月28日
ところで染吉はどうなったか、ですって? ええ、それが3日3晩しぼりあげられた末、 証拠不十分で釈放されはしたんですが、ね。 よほど取り調べがきびしかったんでしょうね、 憔悴しきって、まるで20歳は年をくったみたいに やつれましてね。 見るも無残でしたよ。 決定的な証拠がないっていうんで、 いったんは帰されはしたものの そこは口さがない花街のことでして。 犯人は染吉姐さんだっていう噂がぱーっと 広がってしまいましてね。 おかげで姐さんは、人目もはばかる有様で。 当たり前ですよ。 2月27日の明け方から出た戒厳令のおかげで、 私どもは皆まともに外出さえ できない状態なんですから。 言ってみれば、監禁されたも同然なんですよ。 この花街はすっかり灯が消えたみたいになって しまって、ね。 暇をもてあまして、もっぱら噂話に熱中したって わけですわ。 ですから、ますます染吉は、いたたまれなく なっちまいまして。 今でいうノイローゼになってしまったんです。 2月29日にようやく叛乱が鎮圧されて、事実上戒厳令も 解かれたんですけどもね。 それで、私ども庶民もやっと自由になれたってわけです。
2007年11月26日
風邪薬をのむと、どういうわけか、 たまらなく眠たくなってしまいます。 だから、このところ8時前にやすみ 3時起きなのです。 あまり早起きなので、することもなく やむなくPCにむかって ブログめぐりをしたりして 時間をつぶしています。 私が起きると犬までが 起きだしますので たぶんユキノは迷惑しているのじゃないでしょうか?! かわいそうに!!
2007年11月25日
風邪をひいたせいで できるだけ家事をさぼって ごろごろしています。 おとといはおでんをどっさりと作りおきして 毎日おでんばかりです。 いくら手抜きとはいえ さすがに3日目ともなると あきてきましたが・・・・ まあ、いいか、 まだ風邪はなおってはいないのだし おでんの味がしみてきて おいしくなってきたのだし!
2007年11月24日
本当に一時はどうなることかと、この私まで肝が冷えましたよ。 すると、富奴が、染吉の妹分なんですけども、 その富奴が威勢よく座敷着を脱ぎ始めたじゃあないですか。 そうして長じゅばん一枚になったんです。 それに負けじと、もうひとりの妹芸者もぬぎにかかったんです、 がむしゃらにねえ。 三人が長じゅばん姿で示し合わせて今度はさんさ時雨を踊り だしたんですよ。 富奴の機転でその場はどうにか納まったんですよねえ。 さすがに私もほっと胸をなでおろしました。 矢部は、かえって機嫌をよくしたくらいだったんです。 その夜はますます勢いづいて12時すぎまでどんちゃん騒ぎ でして。 ようやくお座敷がひけた後、矢部はひと眠りするからと言って 離れの奥座敷でやすんだんです。 それは、この私が立ち会っていますので、 もちろん警察にだって、ちゃんと証言しましたが、ね。 26日の明け方から降りだした雪が中庭の木々につもって いたのをいまだにおぼえておりますものね。
2007年11月23日
殺しのあった前夜、つまり2月26日のことですが、 今にして思えば染吉は松島中尉が2・26に関わって いるらしいってんで、食事もろくにのどを通らない 状態だったそうで。 そりゃあ、居ても立ってもいられやしないのもわかりますよ。 それでも、矢部のお座敷は勤めなきゃならないですしね。 矢部は、何日も前からその夜の予約を入れてあったもの ですから、2・26で上を下への大騒ぎになっていたって お座敷をフリにはできなかったんですよ。 いつものことながら、始めは10人もの芸者の総踊りで。 私ももちろん仲居頭っていう役目上仲居たちの指図を しておりました。 東京音頭を皆でどんちゃん騒ぎしたんですよね。 次が野球拳ときたけど、矢部が負けた者は、一枚づつ 脱げっていうもんですからねえ。 いつものこととはいえ、まったく下品な遊び方をするもの ですよね。 その夜はどうしたことか、染吉姐さんが最後まで負け残っ てね。 結局、長じゅばん一枚になってしまったんです、はい。
2007年11月23日
矢部ってえ奴はね、代議士の肩書きを利用して軍部と軍需産業の 会社との間を取り持って、私腹をこやしていたんですよ。 それはもっぱらの噂でしたからね。 まだ、それだけじゃあない、なにかというと人の弱みにつけこんで 憲兵隊に密告するっておどしたんだそうですよ。 染吉にも、松島中尉の秘密をにぎっているんじゃあないか って、おどしをかけていたんだっていうじゃありませんか。 やっぱり私らが思っていたとおり 染吉は警察にしょっ引かれて 3日3晩きびしい取調べを受けたんですよ。 犯人じゃあないかって、ね。 戦前の警察っていうのは、ね。 あなた、そりゃあ、すさまじい拷問に かける、のは常識でしたから。 なんていっても、染吉は犯行時間前に 矢部のお座敷によばれていましたしね。
2007年11月20日
松島中尉って人は、そりゃいい男ぶりでしてね。背が高くて 軍服が似合ってさっそうとした好男子でしたから、染吉だけ にかぎらず芸者衆にはずいぶんともてましたよ。 その中尉が指揮して岡田啓介首相を襲撃したっていうんで、 号外も出ましたよ。 もっとも岡田首相は、義弟の松岡大佐が間違えられて 殺されたおかげで命拾いしましたけども。 というわけで松島中尉は反乱軍の首謀者の一人として 渋谷の陸軍刑務所にぶちこまれましてね。 ええ? 殺された矢部さんは、どういう人かって? 前にもすこしお話しましたけど、ひどい嫌われ者でしてね。 おまけに、なかなかの悪でしたからねえ。
2007年11月20日
実は染吉にはいい人がありましてね。 陸軍の松島中尉って4年ごしの馴染みの客がねえ。 その話はこの土地では有名だから誰も知らない 者はいませんでしたよ。 にもかかわらず矢部さんが落籍せようって横車を 押したってわけでしてね。 それに、前日の2・26事件には、その松島中尉が なんと岡田啓介首相を襲撃したって噂が流れていました しねえ。 なんともはや、ややこしいことになってきたんですよ。
2007年11月20日
警察はなかなか来ませんでした。 なぜって2・26事件で戒厳令がしかれているんですよ、 天と地がひっくり返るくらいの天下の一大事ですからね。 通報から3時間もたってようやっとご出動です。 私たち関係者はもちろん警察に取り調べられましたよ。 まるで犯人あつかいでした。 あんまりじゃあありませんかねえ。 結局すぐには犯人はあがりませんで。 矢部さんは、匕首のようなものでめった刺しに されておりましたよ。 考えてみれば、あれだけ嫌われていましたからねえ。 誰がやったところで不思議ではなかったんですが。 私たち関係者のなかでは、染吉姐さんがあやしいのじゃ ないか、というのがもっぱらの噂でしたよ。 なぜって、矢部さんは染吉にぞっこんでして。 続く
2007年11月15日
すると、二階の奥座敷で矢部さんが血まみれになって 倒れているじゃあないですか。 両目をかっと見開いてねえ。 素人目にも、すでに息絶えておりました。 私は驚愕で腰が抜けるかと思いましたよ。 さっそく警察に連絡はしましたがねえ。 矢部さんてえのは、宇都宮出の代議士でねえ、 ここだけの話ですがね、羽振りがいいのは結構なんで すがね、なにしろ栃木なまり丸出しの田舎者でして。 野暮の見本のようなお客でねえ。 そのうえ金と代議士の権威にものをいわせて 横車を押す。 だから、皆に「栃木げじげじ」ってあだ名で嫌われて いましたよ。 がにまたのうえに、はげでねえ。 そのげじげじが、こともあろうに殺されちまった。 そりゃあ、上を下への大騒ぎになりましたよ。 (続く)
2007年11月14日
母が認知症と診断されて丸3年になりました。 その間徐々に進行して、今では誰が見ても 間違いなく認知症だと思うほど ひどくなってきて もう目が離せなくなってきました。 今言っていることが次の瞬間もう忘れてしまって いるのです。 ちなみに一例をあげますと 「これだけはしないでね」 と何度念を押しても 「わかった」 とうなずきながら やっぱりやってしまうのです。 うちの犬が噛むので やむなく庭で飼うことにしました。 それを説明して 縁側の戸をあけないように頼んでも 私の目を離したすきを見て 犬を室内にあげてしまうのです。 そして 案の定噛まれてしまうのです。 何度も痛い目に会っても 懲りるということが ないのです。 本人は止められたことを忘れてしまっているので 悪意はさらさらありません。 ついには戸に張り紙をしました。 「xxさまへ この戸をあけないでください! 犬をなかに入れないでください!」 と名指しで大書しても それでも効き目はありません。 ためしに自分の生年月日や住所や電話番号を たずねますと、かろうじて名前と生年月日は 書けても、 子供や死んだ父の生まれ年さえ 記憶がありません。 私の生年さえ忘れてしまったのには 子としてひどくショックでした。 そのうち腹を痛めた子に 「おたくはどなた?」 と聞くようになることは火を見るよりも 明らかです。 こんな母の状態には悲しみを通り越して 憐れみさえ覚えてしまいます。 思わず涙がこみあがって、 不覚にも泣いてしまいました!
2007年11月14日
パソコンがウィンドウズXPからビスタに変わったら 慣れるのに苦労しています。 とにかく新しい機種になるとケータイもそうですが、 やりづらいことはなはだしく、マニュアルと首っきりで 悪戦苦闘! とにかく やっきになっているにはいても、これが 老化現象のせいなんでしょうね、 かなしいかな、もう お手上げ状態です。 あ~あ こんなに大変なんだとは夢にも 思いませんでした。 この日記を書くのもなんとも歯がゆいくらいに 時間がかかりました。 本当におばさん病の私にとっては難儀なことですよねぇ!
2007年11月05日
今朝目覚めて 突然ブログタイトルを変えようと 思い立ちました。 たとえば 「おばたれ主義」とか、「おばたれ流」とか。 元来気まぐれなもので よく気が変わるんです。 そこで 気晴らしの意味合いもかねて ブログの模様替えもしようかと。 さてさて どんな風になりますことやら 我ながら楽しみです!
2007年11月01日
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