信濃路見聞録 陽だまり

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2004年10月27日
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カテゴリ: 生活


独身時代

大阪高槻にある 西武 に勤めていた。
今もあるのかなぁ



食品売り場 に配属されたが

催事の時には売り場に関係なく

社員には一定の 割り当て がある。



例えば 宝石や着物、洋服 などを

どの職場にいる社員も一丸となって売り出すのだ。



そのターゲットはは家族や親兄弟など

身近な人に向けられるのが普通である。



おかんも 妹のため?

だんなの背広と私の着物を買った覚えがある。



それと赤いコートも買ったぞ!!
着ないけどもったいないから今でもあるぞ!!

( いい加減に捨てたらどうだ。!! )



たぶん妹はそんなこと 覚えていない だろうなぁ。





ある日、妹が朝出勤した時に

玄関前に お婆さん が倒れていたらしい。




慌てておばあさんに駆け寄った 妹。



『お婆さん、大丈夫ですか?』



そしたらそのお婆さん、

妹のお足を掴んでこう言った。



『このデパート、開くの、10時か?』





『開くの10時か?』






『あくのじゅうじか』







『悪の十字架』











ごめ~ん♪

一度しゃべりたかったのよね~これ。

おかんの18番でした。(当時、大学生の間で流行った物語です)










新潟の震災で避難されている人に

長野県でも県営住宅に避難家族を

受け入れていくことを決定したらしい。

すぐに入居できるのは・・・・

わが町の県住らしい。

神戸の震災の時にも長野県では

小学校の児童の受け入れをしたが

今回は同じ町内会になる。

うんと身近な話し。

頑張ってや!!安心しぃ、おかんがおるで!!






神戸の震災から・・・・何年たったのだろう。

大好きだった神戸に

あれから一度も行っていない。

中華街、センター街、ガード下の商店街、靴屋に・・・・

ピロシキの美味しかったロシア料理のお店。

紅白のテープをを聞きながら

上を向いてあるこうを聞きながら・・・・

実家から西宮へ2年参りの道中・・・・

伊丹にある震災の時に立てられた仮設住宅を見た。

震災から何年も経っているはずなのに

まだあの仮設住宅に住んでいる人がいたなんて。

それよりも心が痛んだのは

初めて実際に見た仮設住宅の現実。

『あんなところに』というのが正直な感想でした。

今年は新潟だけではなく

おそばで有名な出石や豊岡なども

水害で大変である。

神戸のこと、あの仮設住宅のことを

思い出して、ちっと辛いおかんです。

避難されていらっしゃる方々の生活が

少しでも短くなるように祈ります。





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最終更新日  2004年10月28日 06時30分16秒
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