《理想のオカリナ》 | |
---|---|
「ちょっと聴いてみて下さい。これはフルートなんだけど、 こちらの方が古い再生機で、これが改良された最新の再生機 です。岡梨奈さんにはどちらがより本物のフルートに近いと 思われますか?」 今夜も、私のオカリナに関する問題解決のために、深夜、 それも急に、黒野さん宅を訪ねますと、こうおっしゃって、 パソコンで合成されたフルートの音色で、伝ヴィヴァルデイの フルート・ソナタ第2番のPreludioを、古い機械と最新の 機械とでの、音の比較を求められるのです。 私自身、今回の質問に対して、答を出すのはそれ程難しくは ありませんでした。明らかに、最新の再生機のほうが、 フルートの生演奏に近く、コンサート・ホールで聴いている ような錯覚さえ覚えるのです。それくらいよく本物のフルート に似ていて、しかも音の響きと広がりが、感じられるのです。 もうひとつの、古い再生機のほうは、生のフルートを、テープ 録音したような、丸みを帯びた柔らかさ、温かさが感じられ、 魂に響くような音なのです。 以上で明瞭なように、「それはもう、答は非常に明快です。 最新の再生機によるほうが、限りなく生のフルートに近く、 コンサート・ホールで聴いているようにさえ聴こえます。」 オーレル・ニコレやランパルを、フルートを練習している 友人と、3回ほど聴きにいったことがありますので、その頃を 想い浮かべながら、私は即座にお答えしました。 「でも僕はこの古い再生機による音のほうが、魂を揺さぶら れるようで、好きなんだけれど.............」と黒野さん。 「ちょっ、ちょっと待って下さい!私は最新の再生機による ほうが、限りなく生のフルートに近く、コンサート・ホールで 聴いているように聴こえる、と客観的に言っているだけです。 私こそ、この古い再生機による、魂を揺さぶられるような音色 のほうが、ずっとずっと好きなんです!この音こそ、私が こだわりつづけている、理想のオカリナの音色なんです。 フルートの鮮明さを保ちながら、オカリナの素朴さ、温かさを 両方持ち備えているオカリナ、これが私の求めるオカリナ なのです!」 そこで黒野さんは、私の求めるオカリナの音色がどういうもの か初めて「分った!」という表情をして下さいました。 「そうなんです。これが私の求めるオカリナの音色で、 黒野さんが求めておられるのとは、はっきり違うのです! これで充分お分かりいただけたように思います。今日、こんな かたちで新旧ふたつの再生機で、パソコンで合成したフルート を聴かせていただいて、本当に良かったです。」と私。 ここではっきり、しっかり申し上げるほうが、お互いに理解を 深める上で大事だと直感した私は、とめどなく言い続けて しまいました。 それからの黒野さんとの会話は、本当に分っていただいたと いう安心感のもとで、非常によく弾むようになって、黒野さん も嬉しそうに、「そしたら、岡梨奈さんの得意なヴァイオリン の音をパソコンで合成して、この新旧二つの再生機で聴いて 比べてみましょう。」 「私は、聴くまでも無く、ヴァイオリンの音は出せないと 思いますよ。ちなみに、黒野さんのご専門のギターも出せない のではありませんか?多分、このパソコンの特性で、弦楽器は いくら頑張っても、生の音には近付けないと、思います」 「そうなんだ~。実はギターの音色が全然でないんです。 そういうことなんだ~。」と黒野さん。 「パソコンによる合成音は、波形のシンプルな管楽器がうまく 合成出来ても、複雑な波形で音色を勝負する弦楽器の音は、 合成出来ないと思いますよ。」 予想通り、パソコンによるヴァイオリンの合成音は、聴くに 耐えない気の毒な機械音に過ぎず、とてもヴァイオリンとは 聴こえない代物でした。 今夜も夜10時ごろお尋ねして、本当に満たされた気分に なって、そろそろ失礼しようと思ったら、時計は既に午前 1時30分を廻っていました。 |