(ウツボ)それにしてもおかしな敵であった。射たれても射たれても反撃もせず、火を噴いても逃げようとする様子もない。
(カモメ)ただ直線飛行を続けるばかりで、話に聞いた空中戦とはまるで違う。速力の差があまりに大きく、照準する暇がない。
(ウツボ)ようやく態勢を整え、射とうとするとたちまち追い越してしまう。
(カモメ)地上、五六ケ所に黒煙が上がり始めた。撃墜された敵機だ。残念ながら今日も獲物にはありつけないかと、諦めかけた時、左下方を南方に逃げる一機を発見した。
(ウツボ)今度こそはと、エンジンを全開にして突っ込む。それでも右上方からでは二、三発しか射つ時間がない。
(カモメ)一度引き上げ追尾に移った。高度は一〇〇メートル。しかし、今度は横槍が入らないから、落ち着いて座席や上翼中央に曳痕弾の吸い込まれるのを見届け、再び右上方に引き上げて様子を見た。
(ウツボ)既にお互い超低空になっていた。確かに命中しているはずなのに墜ちない、火も吐かない。
(カモメ)味方の二機が上空
五〇〇メートル位に近づいていた。また横取りされてはたまらんと思い、急ぎ三撃目を加えようと追尾に入ると、こちらが射たないうちに、相手は前方の竹林の中に突っ込んでしまった。
(ウツボ)搭乗員は二人乗っていた。ホッとするとともに、何か後味の悪い空虚さを感じた。せめて適わぬまでも、旋回して反撃して呉れたら良かったのに、子供を相手に本気で喧嘩でもした後の様な嫌な気持ちはいつまでも残った。
(カモメ)以上が角田和男一等航空兵曹の初撃墜の日記の記述です。
(ウツボ)昭和十七年四月、角田和男一等飛行兵曹は、飛行兵曹長に進級。五月、第二航空隊に配属された。
(カモメ)七月、角田和男飛行兵曹長の所属する第二航空隊はラバウル方面に派遣されました。
(ウツボ)十一月一日、第二航空隊は第五八二航空隊と改称された。航空隊基地はソロモン諸島北部のブイン(ブーゲンビル島南端の町)だった。
(カモメ)当時の第五八二航空隊司令は、山本栄(やまもと・さかえ)大佐(兵庫・海兵四六期・第五八二航空隊司令・大佐・大村航空隊司令・第二〇一航空隊司令・終戦・第三〇二航空隊司令)でした。
(ウツボ)昭和十七年十一月十四日、指揮官・角田和男飛行兵曹長以下八名の搭乗員がガダルカナルへ向けて南下中の日本の輸送船団の護衛に当たることになった。
(カモメ)当日の早朝、ブインの第五八二航空隊の飛行場で、第五八二航空隊司令・山本栄大佐は、出撃を前にした角田和男飛行兵曹長以下八名の搭乗員に対して、次の様な訓示を行ったのです(要旨抜粋)。
(ウツボ)命令、角田飛曹長は零戦八機を以て輸送船団の上空直衛に任ずべし、輸送船十一隻、護衛巡洋艦一隻、駆逐艦数隻はソロモン水道をガダルカナルへ向け南下中である。正午の位置はルッセル島東方、哨戒時間十三時より十四時まで、高度四千。
(カモメ)数次に亘る輸送作戦は殆ど失敗に帰して、補給をたたれたガ島の陸軍は餓死寸前である。この度の輸送は日本海軍がソロモン水域に動員し得る最後の輸送船団である。
(ウツボ)これが失敗に帰したならば、後にはもう一隻の輸送船もない。ガ島の陸軍は見殺しにするしかないのである。
(カモメ)角田飛曹長は何としてでも一時間頑張ってくれ、一時間経てば交代の直衛機が行くはずだから、それまで頼む。
(ウツボ)船団は夜明けと共に敵の哨戒機に発見されているはずだから敵襲は必ずある。丁度時間からしてもポートモレスビー、ポートダーウィンからの敵機も到着する頃であるから、警戒は特に厳重にするように。
(カモメ)以上が、第五八二航空隊司令・山本栄大佐の訓示でしたが、「頼む」と言われた一言が角田和男飛行兵曹長の胸を痛めました。
(ウツボ)昭和十七年十一月十四日早朝、角田和男飛行兵曹長は列機七機を率いて、ブイン基地を発進した。
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