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ホント、寝る時間もないです。まあ、やりたい仕事やってるからいいですけど。 もう10月も終わりなんですねぇ。よく考えてみると、今月は、2回しか、ブログ書いてないですねぇ。 ところで、たまに、去年の今頃って、何してたんだろうって、思う時ありますよね。 去年の10月、そうだぁ。1ヶ月、休職して、旅に出てたんだ。あれから1年かぁ。調べてみると、1年前の10月27日は、ドバイの街を歩いていました。 1ヶ月旅するなんて、もうないでしょうからね。勉強になった、いい経験のできた1ヶ月でした。 それにしても、一年経つのは早い! 【以前ブログに載せた昨年10月の旅日記】(クリックするとその日記に飛びます)米欧中東を歩く(1)-帰国にあたり米欧中東を歩く(2)-はじめに米欧中東を歩く(3)-旅の準備米欧中東を歩く(4)-出発&ニューヨーク1日目米欧中東を歩く(5)-ニューヨーク2日目米欧中東を歩く(6)-ニューヨーク3日目米欧中東を歩く(7)-ニューヨーク4日目米欧中東を歩く(8)-ワシントン1日目米欧中東を歩く(9)-ワシントン2日目米欧中東を歩く(10)-ワシントン3日目米欧中東を歩く(11)-ロンドン1日目米欧中東を歩く(12)-ロンドン2日目 米欧中東を歩く(13)-ロンドン3日目米欧中東を歩く(14)-ロンドン4日目米欧中東を歩く(15)-パリ1日目米欧中東を歩く(16)-パリ2日目米欧中東を歩く(17)-パリ3日目米欧中東を歩く(18)-パリ4日目米欧中東を歩く(19)-長旅のコツ米欧中東を歩く(20)-パリから鉄道でローマへ米欧中東を歩く(21)-ローマ1日目米欧中東を歩く(22)-ローマ2日目米欧中東を歩く(23)-ローマ3日目米欧中東を歩く(24)-ローマからカイロへ米欧中東を歩く(25)-カイロ1日目米欧中東を歩く(26)-カイロ2日目米欧中東を歩く(27)-ルクソール日帰り米欧中東を歩く(28)-ドバイ1日目 米欧中東を歩く(29)-ドバイ2日目米欧中東を歩く(30)-ドバイ3日目米欧中東を歩く(31)-ドバイから日本へ米欧中東を歩く(32)-旅を終えて
Oct 27, 2010
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昨日、みんなの党は、衆議院支部長を発表しました。まずは、21人。(発表されたメンバーはこちら)今後、続々と発表される予定です。いざ衆議院選挙という時は、その方々が、その地区から立候補するわけです。政界の常識は世間の非常識。参入障壁が高すぎて、志がある優秀な人材が入りにくく、業界のレベルは劣化し続けるばかり。みんなの党は、民間で活躍する有能な人材を政界に送り込むことも、党の大きな役割だと考えています。【次期衆議院議員選挙の公募はこちら】 それから。来年の4月は統一地方選挙ですね。多くの自治体で選挙が行われます。 【地方選挙の公募はこちら】 4年前、統一地方選に携わり、現状に深く落胆したものでした。 2007年3月26日ブログ『統一地方選挙に行って怒りをぶつけよう!』(↑クリックするとその文章に飛びます) 私がこの仕事を始めて1年ちょっとしか経っていない頃の文章で、少し乱暴な感じですが。 まあ、この時に、率直に思った怒りは、今も変わらないのが、政界の現状です。みんなで世の中を何とかしないと。本当に。
Oct 9, 2010
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社会人は、忙しい。寝る時間も、食事の時間も、捻出するのが大変ですね。2009年6月21日のブログ『食生活』にも書きましたが、サラリーマン時代は、3食コンビニのおにぎりになってしまった時もありました。この世界に転職してからは、せめて、お店で、その場で作った物を食べるように。そして、最近は。議員会館にいるので、食堂を利用することができるように。こんな感じで、バランスのいい物を、食べられるようになりました。食堂、本当に、ありがたいです!
Oct 4, 2010
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2週間に渡って行われた、民主党代表選挙は、今日、投票が行われ、菅首相が、党代表に再選されました。今回は、長年の永田町の中心プレイヤーである、小沢一郎氏が出馬したことで、国民の注目も高まりました。今まであまり表に出なかった実力者が、テレビなどにも出て、首相と政策論争を行ったことは、一定の意義があったものと思われます。しかし、この2週間、この代表選挙の影響で、国会は、ほとんど開かれませんでした。その前は、お盆休み。そして、7月中旬までは参議院選挙で、その前後も、長く、国会は開かれていませんね。総理はじめ、国会議員の時間の多くが選挙に費やされ続ける。あの政権交代を実現した昨年の衆議院選挙や、今回の参議院選挙。有権者の、その度の投票は何なのかと、むなしさやさみしさを感じます。これからまた組閣もあるでしょうから、内閣が本腰を入れて仕事ができるようになるまでには、まだまだ日数がかかります。とにかく、国会がはじまったら、ボスがどどっと仕事ができるよう、頑張って、準備をしていきます!
Sep 14, 2010
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8月17日(火)さて、最終日です。帰ったら、すぐに仕事なので、ゆっくりすることにします。帰りの準備をしてから、今度の仕事のことなど、外を眺めながら、頭の整理。10時すぎにチェックアウトをし、地下鉄と鉄道を乗り継いで、空港へ。空港では、お土産を買い、両替をして、ランチ。そして、昼過ぎに、飛行機は北京を飛び立ちました。そういえば、今日は、誕生日。それにしても、この10年は、挑戦に挑戦で、心休まる時が一度もなかった。しかし、その経験が、自分の人生の財産になっていくかな。今後、どんな岐路に立っても、人間としての正しい生き方を、貫くことだけは、心がけよう。帰国したら、新しい挑戦がはじまります。中国の賢人、孔子は言っています。吾れ十有五にして学に志す。三十にして立つ。・・・・・(今回の旅日記は、ここで終わり。)
Aug 24, 2010
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8月16日(月)9時半にホテル発。今日は、皇帝の住んでいた場所、故宮に向かいます。朝食に、屋台で、フランクフルト3元(約39円)。故宮の正面玄関になっているのが、天安門です。すごくデカイですよね。チケット売場は、また長蛇の列。60元(約780円)。さて、門をくぐると。映画『ラストエンペラー』(1987年、伊中英合作)の風景!これが皇帝の座っていた椅子です。ちょっと暗くて見づらいですが。中国は多民族国家。この頃、中国を統治していた清は、モンゴルに近い満州族。騎馬民族は、ものすごく広い地域と、長い歴史の中で交易してきたので、色々な文化の影響が。満州文字は、アラビア文字を縦にした感じです。広い敷地を歩いて歩いて、裏門から出て、真裏に位置する小高い山を登ってみることにします。この山は「景山公園」といい、名前の通り、景色のいい山。こんなに、いい景色。故宮が見渡せます。さて。山を下りて、売店でランチに揚げパン5元(約65円)を買います。立て続けに、仕事の電話。話をしながら、故宮のお堀端を歩きます。相手には、どこにいるか告げることもなく、仕事をしながら、リラックス。テレビ電話が当たり前になってしまうと、そういうことも、できなくなってしまいますね。昨日通りかかった、中国の国会、人民大会堂に着きました。入場料30元(約390円)で、中を見学できるのです。ここが入口。あまりにも大きな建物で、人間が小さく見えます。ここはロビー。整然としていますが、ちょっと殺風景?社会主義っぽい空気を感じます。ここは応接室。そしてここが、よくニュースに出てくる大会堂。日本の国会議事堂と違い、椅子は木です。よく考えてみると、資本家を倒した、労働者の代表ですからね。見学後、ひとまず、ホテルへ。今日も暑すぎです。涼みながら昼寝。ZZZ・・・あっ、日が暮れはじめている!走ってホテルを飛び出します。朝陽劇場に到着。雑技団のパフォーマンスを見るんです。180元(約2340円)払い、予約していたチケットを受け取り。はじまったら、写真が撮れないので。ニューヨークのブロードウェイのミュージカルを見に行った時のような感動。最後、一人の女性がこぐ一台の自転車に、12人くらいの女性が乗ったのには、びっくり。やはり、どの世界も、プロっていうのは、すごいですねぇ。帰りは、昨日のイトーヨーカドーに行き、肉まん1.2元(約16円)、おにぎり2元(約26円)、水1.2元(約16円)、お茶1.95元(約25円)。夜は、ホテルでテレビドラマをはしごします。(続く)
Aug 23, 2010
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8月15日(日)7時半に起きる。8時半には出発。北京駅へ。朝食に、スーパーで、パン2.5元(約32円)、ペットボトルの水2元(約26円)と紅茶2.5元(約32円)を買います。地下鉄2元(約26円)とバス12元(約156円)を乗り継ぎ、北京郊外へ。バスは山道を登り、11時すぎに、「万里の長城」の一つ、「八達嶺長城」のふもとの駐車場へ到着です。かなり混雑していて、長城に入るチケットを買うもの大変です。入場料40元(約520円)、加えて、長城までの山を登る、この乗り物は、往復で、60元(約780円)。長城に上がると。すごい人ですねぇ!歩くの大変です!そして、後ろのおばさんが、僕のベルトにつかまって、長城のきつい階段を登っています・・・。それにしても、これは、すごい建造物。長城は、英語表記だと、「great wall(ものすごい壁)」ですが、これは、やはり、「壁」ではなく、ものすごく長い「城」です。こんな急な山の尾根伝いに長城を作ったら、騎馬民族も、容易には、攻められないですねぇ。少し歩いてから、バスの駐車場に降りて、食堂でランチ。牛肉の乗った麺20元(約260円)。帰りのバスも、乗るのにまた長蛇の列。中国の移動は大変です。北京のバスターミナルに着いてから、地下鉄に乗り、「奥林匹克公園(オリンピック公園)」へ。これが、あの「鳥の巣、国家スタジアム」です。それから歩いて。イトーヨーカドーへ。ここは安いので買いだめ。肉まん1.2元(約26円)、朝日ビール3.3元(約43円)、ミネラルウォーター1.2元(約16円)、スプライト2.25元(約29円)、フルーツジュース2.4元(約31円)。これだけ買って、合計で、10.35元(約135円)!日が暮れてきたので、ホテルへ。ちょっと時間があるので、ぼ~っとテレビを見ます。今日は、暑かった。(続く)
Aug 22, 2010
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8月14日(土)朝早く起きてしまい、5時半には出発。行きの飛行機は、羽田発、北京行きです。羽田空港には、6時半には到着。国内線ターミナルから国際線ターミナルまでは、シャトルバスで移動します。本格的に国際線ターミナルがオープンするのは、今年の10月だそうですね。今は、仮設という感じで、こじんまり。7時前にチェックインの手続きは終わりますが、早く来すぎて、出発まで、まだまだ時間が。ベンチで外を眺めながら、ガイドブックを読みます。お腹がすいたので、サンドイッチ480円と水130円を買います。眠くなって、ウトウト。9時、やっと、搭乗ゲートが開く時間です。そんな時、館内放送で、名前を呼ばれます。ゲートに行ってみると、オーバーブッキングで、エコノミーからビジネスクラスに変更してくださいとのこと。良かった。飛行機は、9時半すぎには、出発し、食事して、ウトウトしているうちに、到着。現地時間で、12時半(日本時間で13時半)。携帯電話にスイッチを入れると、たった数時間なのに、仕事の電話やメールがどっさり。歩きながら、返信をします。荷物を取って、空港から街の中心部をつなぐ電車、「機場快軌」へ。25元(約325円)。そして、地下鉄に乗り換え。地下鉄の運賃は、どこの駅までも2元(約26円)です。相変わらず、中国は混んでいます。上海に行った時も、杭州も、蘇州も、深センも、どこも、みんな混んでいました。北京の街は、イメージの自転車がだいぶ減っていて、ビルと広い道路の広がる風景。ホテルのチェックインを済ませ、ホテルの電話で、雑技団のチケットを予約。さて、すぐに観光です。まずは、ホテル近くの北京駅。ここから、地下鉄に乗り、天安門広場へ。ここは、「毛主席紀念堂」。中華人民共和国建国の父、毛沢東の遺体が安置されている建物です。これは、「人民英雄紀念碑」。石柱の紀念碑を作るというのは、ヨーロッパっぽいですね。中国は大陸の国だということを感じさせられます。ここは、「人民大会堂」。日本でいう、国会議事堂です。そして、見えてきました!「天安門」です!やはり、デカイです!さて、歩いて、「王府井小吃街」という、浅草の仲見世のような所に。観光客向けのお土産屋や屋台が並びます。サソリの唐揚げ。タツノオトシゴとか、ヒトデも、唐揚げにして、食べちゃうようですね。夕方で、どのお店も混みすぎていて、食事できる場所がなく、ホテル近くのマクドナルドへ。フィレオフィッシュセット10.5元(約136円)。パンの面積に対して、フィッシュが半分以下です・・・。その後、スーパーで、青島ビール5.5元(約71円)、ポテトチップ4.5元(約58円)を買い、ホテルへ。また仕事の連絡がどっさり来ているので、メールなどを送ります。時差がほとんどないので、連絡も気を使わなくていい。(続く)
Aug 21, 2010
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昨年、仕事を一ヶ月間休業し、全日空の加盟するスターアライアンスの、世界一周チケットを買い、バックパックを背負って旅をしました。その時に、全日空カードのマイルが貯まりました。今回の北京行きの飛行機は、そのマイルを使って予約。したがって、チケット代は、8,800円です!ホテルは、夜中にネットで、安い所を探して予約。荷物は、今回は、夏で、近場で、3泊だけということで、少なめに。中国は通貨が安いし、貧乏旅行なので、持っていく現金は、1万円でいいかな。念のため、クレジットカードも。仕事がギリギリまで忙しく、ガイドブックを読む時間がありませんでしたが、さて、出発です!(続く)《写真は「地球の歩き方・北京」。 どこの国に行く時も、このシリーズを持ち歩いています。》
Aug 20, 2010
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私の趣味であり、勉強の道具は、旅、映画鑑賞、読書です。このブログも、仕事の話以外は、この3つについて書くことが多いです。だんだんと人生が忙しくなってきて、旅をする時間が取れなくなってきましたが、でも、世界を自分の目で見ていなくては、ちゃんと仕事ができないだろうと、昨年は、無理やり、一ヶ月間、休業させてもらい、貯金をおろして、米欧中東を旅しました。そして今回、何日か休みがもらえるという話になり、昨年旅をしたことで貯まっていたマイルで、北京を予約。どうして、北京なのかというと、北京に行けば、だいたい、自分の中で、世界を一通り見れたという満足が。10年前、東南アジアからはじまり、インド、南米インカ帝国の遺跡、イースター島、韓国、中国、そして、昨年のアメリカ、ヨーロッパ、中東、ローマ時代の遺跡やピラミッド。心の中で思っていました。あとは、万里の長城だ。そんな中での休みの話。すぐに飛び立つことにしたのでした。今回は、ある意味、自分の人生にひと区切りの、「旅納め」の旅に、なりそうです。(続く)《思い立ったら、すぐ行動。写真は「万里の長城」。 自分の目で見てきました。》
Aug 19, 2010
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お休みをもらいまして、昨日まで、北京に行ってきました。知らないで、携帯に、電話やメールをくださった方々、電話代、高くなってしまって、すみませんね。今日から少しだけ時間ができはじめるので、たまっているメールや留守電の返事をしています。一ヵ月前の返事も今しているので、そういう返事を受け取った方々、ホント、すみません。あと、時間ができるまで、飲み会待っててと、私が伝えていた方々、明日の夜から、夜のアポも、ぼちぼち、入れ始めています。ほんと、お待たせしました。明日から、このブログに北京の旅日記もアップします!ちなみに、今日から、仕事復帰。もちろん、全力で頑張ります!
Aug 18, 2010
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議員本人同士の話し合いと、私自身の同意により、私は、江田憲司事務所から、松田公太事務所へ移籍することとなりました。声をかけていただいたこと、そして、貴重な体験をさせてもらっていることは、大変、ありがたいことです。移籍先の仕事が、思った以上に忙しく、今まで5年間か、それ以上、大変お世話になった多くの方々に、直接お話しするよりも前に、このブログが先になってしまい、申し訳ございません。近々、直接、近況報告をさせていただきます。おかげさまで、先日の初登院も大賑わいです。本当にありがたいです!私は、仕事で、いつも、うっかりミスが多いですが・・・、新しいボスも、仲良くしてくれています。おかげさまで、みんなの党は、一つの山を越えることができました。しかし、国会の現状を変えるためには、まだまだ、もっと険しい山を越えていかなくてはなりません。やるべきことはたくさんあります。そして、松田公太さんは、この日本にとって、貴重な人材です。しっかり、働いていかなくてはと思います。これからも、世の中を良くするため、頑張ります!!
Aug 2, 2010
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参院選が終わって、一週間です。選挙中、もちろん、大変な日々が続いただけでなく、終わってからも、メディア対応などで、もっと忙しくなってしまい、徹夜が続き、そして、この3連休も全く休めない状態です。仕事があるのはいいことなのですが、メール、電話をくださった方、ほとんどの方に、返事ができていなくて、申し訳ございません!今回の参院選挙は、私は、主に、東京選挙区で出た松田公太さんの応援に入りました。日に日に、演説に足を止めてくださる方が増え、その方々の目も真剣で、反応が、日に日に良くなっていくのを肌で感じました。最終日はこんな感じです。そして、投票日の夜。東京選挙区は5人当選するのですが、5位にギリギリ入るかどうかで、一進一退。そして、日付が変わる頃に、ようやく、NHKが、松田さん、当選確実の一報を流しました。その場を写真に撮っておこうと思ったら、あれっ、自分も喜んで、輪の中に入ってしまい、腕とか、後頭部しか、撮れない!しまいには、一番前に押し出されて、結構いいショットが!普段はポーカーフェイスなのに、嬉しそうですねぇ。そこから先は、松田さんは、2日に渡り、テレビに出っぱなしでした。それにしても、思い出に残る、いい選挙でした。まず、松田さんのこの選挙、日に日に、応援したいという若者が増え、ほとんどが20代、30代で、その数500人以上。選挙に行ったこともないという人も多い中、みなさん、一生懸命、「松田公太お願いします!」「みんなの党お願いします!」と頑張ってくださり、そして、開票日には、みんなの党の他の候補者の当選も、みんなで、我が事のように、喜んでくださいました。政界と民間の壁を取っ払わなければ、政界のレベルが上がることはないと憂いていた私にとっては、本当に、胸の詰まる、うれしい思いです。本当に、理想に近い選挙でした。それから、私の長く心に秘めていた人生の目標は、2008年6月1日のブログ『新党さきがけ』になど、何回か書きましたが、新党さきがけのような政党の再興でした。さきがけ生みの親、田中秀征さんも、今回、みんなの党の特別顧問になってくださり、私とも、色々な選挙区を応援に回ってくださいました。一番右はじが私。本当に、心から、ただただ純粋に、嬉しいかぎりです。加えまして。この選挙を通して、色々な事務所の秘書の方と、一緒に仕事をしました。江田事務所は、私が一番長くなってしまってるので、普段、教えられるということは、なかなかなかったのですが、様々な経験を積んだ、様々な先輩方と一緒に仕事をし、色々な選挙のやり方、考え方に触れることができて、本当に、勉強になりました。全てに、感謝。そして、これからも、世の中を良くするため、政界を良くするために、人生かけて、頑張っていきたいと思います!
Jul 18, 2010
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いよいよ参議院選挙が近付いてきました。参議院選挙は、各都道府県単位の選挙区に1票、全国比例に1票の計2票を投票します。で、首都で、一番人口が多く、毎回各党の主力がぶつかる激戦区である東京では、みんなの党からは誰が出る予定なのかというと、あのタリーズコーヒージャパンを創業した、若手実業家、松田公太さんです。それで、タテマエはともかく、実際のところ、彼は、いい候補なのかと、よく聞かれますが、今の永田町に、絶対に必要な人材であると、私は思っています。彼は、20代で、都市銀行を辞め、資金も、大企業のバックアップも何もない中で会社を設立し、3年で上場させます。それだけでも、社会人としての実力が分かりますが。彼の生い立ちは、父親の仕事の関係で、アフリカのセネガルやら、アメリカやらで育っていて、日本には、大学に入るまで、ほとんどいなかった。外から日本を見てきたわけです。世界の中で、日本の存在がどんどんなくなってきている中、自国の衰退を前にして、既存の国会議員達は、手をこまねいているのが現状です。そういった中で、みんなの党は、松田公太さんをはじめ、多くの、世界に通用する人物を、今回の選挙で擁立する予定です。私も、一有権者としても、彼らを、心から、応援したいと思い、日々の業務に励んでいます。さて、いよいよ、世の中を良くするための、また一つの戦いが、はじまります。しっかり、結果が出るよう、頑張ります!《写真は、松田公太さんと渋谷で。さわやかで、すごくいい人です。》
Jun 22, 2010
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また生まれる随分前の映画ですが、すごくいい作品です。『老人と海』。ノーベル賞作家、アーネスト・ヘミングウェイの同名の小説を映画化したものです。舞台は、カリブ海の港町。その道一筋の漁師の老人と、その老人にあこがれる少年。登場人物は、ほぼその2人のみ。ストーリーも、老人が、大物のカジキマグロを追いかける姿を描く、単純なものです。しかし、これがいいんですよ。老人の、人生をかけて、カジキを追いかける執念。周りの風景は、ずっと、ボートと海のみ。そして、その姿にあこがれ、いてもたってもいられない少年。一つのことに一生懸命になる生き方って、いいですよね。
Jun 13, 2010
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久しぶりに、紹介したい、いい本に出会いました。C.K.プラハラード著『ネクスト・マーケット』。この本は、アマゾンドットコムが選んだ「2004年全米No.1ビジネス書」だそうですね。選ばれただけあって、なかなかのものです。世界には、一日2ドル未満で生活する人達が50億人いますが、その経済ピラミッドの底辺は、今まで、援助の対象であっても、ビジネスの対象としては、考えられてきませんでしたね。この本は、その世界の、大多数である貧困層を、顧客に変えるための、戦略書です。2006年にノーベル平和賞を受賞して有名になった、「グラミン銀行」も、そういったビジネスの成功例の一つですね。ビジネスマンにとっては、新しい世界が広がる本、世界観が少し変わる本だと思います。
Jun 1, 2010
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参議院選挙がだんだんと近づいてきました。そんな中で、新党同士が連携して、民主でもない、自民でもない、3つめの選択肢を国民に示し、ある程度規模を大きくして、国会の中で影響力を持つべきである。とか、自民党と協力して、民主党以外の選択肢を国民に提供し、民主党政権に、ノーを突き付けるべきである。などの意見が、マスコミや評論家の方々や、他党の議員の方々から、出てきています。しかし、私は思いますね。全然、理念や政策が違う新党同士が連携しても、結局、何も決められない、民主党や自民党と同じような党ができるだけではないか。自民党と協力して、鳩山政権を倒したとしても、次に、いい内閣ができるのか?このブログに何回も書いていますが、5年前、サラリーマンを辞めて、政界に転職し、一番驚いたのは、あまりにも、政界の人材の質が低いこと。組織も体をなしていないこと。今の総理が、みなさんの課長だったら、どう思いますか。部長や部下やお客さんや、家で奥さんから言われるたびに、方針が変わり、組織として全く結果が残せない。そういう課長、嫌ですよね。民間企業の社長より、総理大臣の方が、もっと、実力が求められるというのに。しかも、国は、未曾有の危機の中にあります。そして、1億2千万人もの人達のリーダーなんです。政界の問題は、1、参入障壁が高すぎて、優秀な人材が入って来づらいこと。 この閉鎖性が、世間の常識とずれた、 永田町の非常識さを生んでいること。2、優秀な人材がキャリアを踏んで、上がっていく仕組みが ないため、国を背負う、政治家、リーダーが育たないこと。したがって、今の政界にいる人達を右から左に動かしただけで、政界再編をしたって、意味がないんです。何回選挙をしても、有意な人材が選挙に出なくては、今の選択肢の中では、誰を選んでも、同じ結果になります。そして、何回政権交代をしても、総理にふさわしい人間が、大政党の指導者にいなく、そのリーダーを支える、組織、政党もばらばらなのですから、混乱した内閣が続くだけです。みんなの党の役割は、政界の高い参入障壁をぶち壊すために、政界の外部にいる有意な人材を、多く探してきて、役に立たない既存の議員達を引きづり下ろすために、全国で、選挙で戦うこと。そして、民主党や自民党のように、意見がばらばらな人間を、数合わせで集めることなく、党の目標を掲げ、それに賛同する人達だけを集めながら、総理になりうるリーダーを養成していくこと。みんなの党は、民主党、自民党に次ぐ、第三局を目指しているのではないんです。10年後、20年後のリーダーは、みんな、あの時の、みんなの党の出身だ。そう言われるような、時代を担う、逆境に挑戦する、そういう人材を集め、育てていく組織を目指さなくてはならないと、考えています。現在、私は、休みが取れないだけでなく、夜中まで仕事をし、すぐ明け方に起きて、また仕事をするという生活ですが、しかし、今、みんなの党は、日本にとって、重要な立場にある。そう考え、私は、仕事に励んでいます。≪昨年末、薬害エイズ問題で戦ってきた、 川田龍平さんが入党しました。≫≪タリーズコーヒージャパン創設者、松田公太さんも、 私財を投げ打っての加入です。 生涯をかけて、戦う覚悟のある方、募集中です。≫
May 18, 2010
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いい音楽を聴くと、気分がすっきりしますし、落ち着きますよね。映画のDVDは2時間、ドラマは1時間ですが、音楽は5分で気分転換ができます。で、このブログは、映画や本のことはよく書いているのに、音楽のことを書いていなかったと思いまして、お気に入りを、少しずつ紹介しようと思います。まずは、宇多田ヒカルさん。本当に、天才だと思います。特に、10年ちょっと前の、彼女の10代半ばの頃の曲は、本当に、すごいと思います。『Automatic』、『Movin’ on without you』、『First Love』。これらは、15歳の時と、16歳の時に、作詞作曲して出しているんですからねぇ。すごい。調べてみると、これら3曲も入った1stアルバム『First Love』は、860万枚以上売れ、これは、国内アルバム売上史上1位だそうですね。当時、社会現象になっていましたが、でも、その頃より、今、聴いた方が、何だか、その良さを感じます。
May 8, 2010
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2009年4月5日、チェコのプラハにて、オバマ米国大統領は、大統領選挙での公約で掲げた、「核兵器なき世界」の実現に向け、具体的な国際交渉に入ることを宣言しました。2万人以上が詰めかけたプラハ市民に向かい、オバマ氏は、こう訴えました。「『世界が変わることなんてできない』と言う人たちの声は無視し、こう言おう。『イエス・ウィ・キャン』」。そして、その年の7月にアメリカに次いで2番目に核兵器を持つロシアと、核弾頭などの削減で合意。7月の主要国首脳会議(サミット)でも、9月の国連安全保障理事会でも、「核兵器のない世界」を目指す決議がなされました。今年の4月には、米ロは、新核軍縮条約に調印。47カ国が参加して、核安全保障サミットも開かれ、4年以内に世界の核物質の安全な管理体制を確立する声明を採択しました。この一連の流れは、世界の覇権国家である米国の大きな戦略転換を意味します。今までの安全保障政策は、第二次世界大戦後の、資本主義国と社会主義国の対立、米ソの対立を前提に出来上がりましたが、米ロの核戦争や、大国同士の軍事衝突の脅威が薄れ、一方、テロが頻発したり、小国が暴発のそぶりを見せたり、脅威の種類が変わったことに対応するものです。核兵器を持っていても、テロ組織は倒せないですし、逆に、テロ組織が核兵器を持ったら、大変なことになりますね。世界の経済だけでなく、世界の安全保障問題も、歴史的な大変化が見られはじめています。さて、その中で、今、日本はどういう姿勢で臨むべきでしょうか。世界で唯一の被爆国として、核なき世界を願い、それを先導しようという気概を持つべきことはもちろんのことです。しかし、現実の日本の周辺は、昔の冷戦構造の抜けない、世界の中でも遅れた地域の一つです。北朝鮮は、国際社会に参加せず、一人の独裁者が統治し、飢えている国民が多数いるにも関わらず、体制維持のために、巨額の資金を使って、核兵器の開発に躍起になっています。中国も、共産党の一党支配が続いています。そして、国の軍隊ではなく、党の軍隊である人民解放軍が、国を守っており、好調な経済を背景に、予算をどんどん獲得し、装備の拡張にまい進しています。世界の流れに反し、残念ながら、日本は、冷戦時代からの核の傘が、まだ必要なのが実態です。この状態から脱するために、日本は積極的に、東アジアの安定のため、力を尽くす必要があります。世界の構造が大きく変化している今、外交や安全保障の問題にも、より目を向けることが、必要になってきました。
May 2, 2010
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トロイの木馬。アキレス腱のアキレス。歴史が好きなので、歴史に関する映画は良くみますが、この映画は群を抜いていますね。去年流行った『レッドクリフ』よりも、面白いですよ。このブログの私のプロフィールでの「好きな映画」でも、この『トロイ』をあげました。まず、遠い遠い昔、古代ギリシャが舞台なので、なんだか、別世界の雰囲気がありますね。そこに、登場する2人の男。攻めるギリシャ軍の主力戦士、アキレス。守るトロイ軍の総大将、ヘクトル。激突する2人は、立場も、境遇も、性格も、正反対ですが、それぞれ、立派な男性の種類の両極を現してしますね。そして、その立派な2人の男、それぞれの大軍が、全知全能をかけて、激突する。その真剣な戦いを、大画面で表現する映像。素晴らしいんです。そして、見終わった時、歴史を経て、人間は、だんだんとスケールが小さくなってきているのではと、感じてしまいますね。是非、見てみてください。
Apr 22, 2010
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あっ、もう週の半ばですね。最近、ものすごく忙しいです。あまり寝る時間もありません。と、いうことで、今週のブログの更新はこれで終わり(笑)そういえば、今、メールの返信、携帯の返信、多くの人にできていません。来週以降、まとめてしますので、しばしお待ちを。世の中を少しでも良くするため、頑張りましょう!
Apr 14, 2010
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だんだんと暖かくなってきましたねぇ。しかし、我々、ベンチャー政党は、お花見どころではありません。週末も、あっちこっち、政策を訴えるため、街頭演説。私は、設営に、ビラ配り。土曜日も、渋谷に、秋葉原に、上野に。おかげさまで、総じて、反応は、上々。期待を裏切らないよう、もっともっと頑張らねばと思います。ちなみに、秋葉原では、メイド服着て、お店のチラシ配っているお姉さん達と競合して、大変でした。そして、このお花見の季節、酔っ払いに絡まれて大変ですが、絡んで来る酔っ払いの撃退方法は、酔っ払いが2人いる場合、その2人を会わせて、お互い、絡んでもらうことです。1人しかいない場合は、逆に、対処しにくい。そんな感じで、今年度も、頑張ります!
Apr 5, 2010
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最近は、毎月、どこかの選挙で、みんなの党候補者の手伝いです。今月は、逗子市議会議員選挙がありました。小さい市なのに、こんなに立候補しているんですね。湘南は、知っている方が多いので、昔、大変お世話になった方に、挨拶にと、訪れてみると。あれっ、頼む前に、もう、みんなの党の浅尾衆議院議員のポスター張ってある!選挙の結果は、民主党2議席、自民党2議席、みんなの党2議席だったのですが、得票数は、民主党2千票、自民党2千5百票、そして、みんなの党4千5百票です!全国で、みんなの党に賛同する議員が増えるよう、頑張らなければと思います!
Mar 29, 2010
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私は、東京生まれ、東京育ちですが、私にとって、沖縄は、思い入れのある地です。2006年5月9日のブログ→ココ←などにも少し書きましたが。沖縄の基地問題が再び脚光を浴びていますので、昔の資料を色々と整理していたところ、ある文章に出会いました。沖縄戦で海軍を率いた、太田実中将の最後の電文です。特にこの電文の締めの文章、「沖縄県民斯く戦へり。 県民に対し後世特別の御高配を賜ることを。」これは、後世に生きる我々が、しっかりと受け止めなければならない言葉だと思います。「沖縄県民ノ実情ニ関シテハ県知事ヨリ報告セラルベキモ県ニハ既二通信力ナク第32軍司令部又通信ノ余力ナシト認メラルニ付本職県知事ノ依頼ヲ受ケタルニ非(あら)ザレドモ現状ヲ看過(かんか)スルニ忍ビズ之ニ代ツテ緊急御通知申上グ沖縄島ニ敵攻略ヲ開始以来陸海軍方面防衛戦闘ニ専念シ県民ニ関シテハ殆(ほとん)ド顧ルニ暇ナカリキ然(しか)レドモ本職ノ知レル範囲ニ於テハ県民ハ青壮年ノ全部ヲ防衛召集ニ捧ゲ残ル老幼婦女子ノミガ相次グ砲爆撃ニ家屋ト財産ノ全部ヲ焼却セラレ僅ニ身ヲ以テ軍ノ作戦ニ差支ナキ場所ノ小防空壕ニ避難尚 砲爆撃下 ‥‥(不明)風雨ニ曝サレツツ 乏シキ生活ニ甘ンジアリタリ而(しか)モ若キ婦人ハ率先軍ニ身ヲ捧ゲ看護婦烹飯(ほうはん)婦ハモトヨリ砲弾運ビ、挺身斬込隊スラ申出ルモノアリ 所詮(しょせん)敵来リナバ老人子供ハ殺サルベク婦女子ハ後方ニ運ビ去ラレテ毒牙(どくが)ニ供セラルベシトテ親子生別レ 娘ヲ軍衛門(ぐんえいもん)ニ捨ツル親アリ看護婦ニ至リテハ軍移動ニ際シ衛生兵既ニ出発シ身寄無キ重傷者ヲ助ケテ‥‥(不明)真面目ニシテ一時ノ感情ニ馳(は)セラレタルモノトハ思ワレズ更ニ軍ニ於テ作戦ノ大転換アルヤ自給自足夜ノ中ニ遥ニ遠隔地方ノ住民地区ヲ指定セラレ輸送力皆無ノ者 黙々トシテ雨中ヲ移動スルアリ之ヲ要スルニ陸海軍沖縄ニ進駐以来終始一貫 勤労奉仕、物資節約ヲ強要セラレテ御奉公ノ‥‥(不明)ヲ胸ニ抱キツツ遂ニ‥‥(不明)コトナクシテ本戦闘ノ末期ト沖縄島実情形‥‥(不明)一木一草焦土ト化セン 糧食6月一杯ヲ支フルノミナリト謂フ沖縄縣民斯(か)ク戦ヘリ県民ニ対シ後世特別ノ御高配ヲ賜ランコトヲ」(現代語訳)沖縄県民の実情に関しては県知事より報告すべきことであるが、県にはすでに通信能力がなく、第32軍司令部、又通信できないため、本職、県知事の依頼を受けたものではないけれど、現状を見過ごすことができず、知事に代わって緊急御通知申し上げる。沖縄本島が敵に攻略され始めて、陸海軍は防衛戦に専念せざるを得なく、県民に関してはほとんど顧みるにことができなかった。しかし、本職が知る範囲に於いては、県民は青壮年の全部が防衛のための召集に応募し、残された老幼婦女子は相次ぐ敵の砲爆撃に家屋と財産の全部を失い、わずかに身を以って軍の作戦に差し支えない場所の小防空壕に避難、尚、砲爆撃下‥‥(判別不能)風雨に曝さらされながら乏しい生活に甘んじている。而(しか)も若い婦人は率先して軍に身を捧げ、看護婦や炊事婦のなかには、砲弾運び、挺身斬り込み隊すら申し出るものがある。また敵が来れば老人子供は殺され、婦女子は後方に運び去られて毒牙にかかるといって、親子生き別れ、娘を軍営の門のところに捨てる親もある。看護婦に至っては軍移動に際し、衛生兵が出発したため身寄り無い重傷者を助けて‥‥(判別不能)(それは)真面目にして一時の感情に駆られたものとは思われない。さらに軍に於いて作戦の大転換あるや、自給自足、夜の中に遥かに遠隔地方の住民地区を指定されたため、輸送手段が無のことから、黙々として雨中を移動している。これは、要するに陸海軍沖縄に進駐以来、終始一貫勤労奉仕、物資節約を強要せられたにもかかわらず、ただひたすら、日本人としてのご奉公の念を胸に抱いたまま遂に‥‥(判別不能)ことなくして本戦闘の末期と沖縄島は実情形‥‥(判別不能)一木一草焦土と化している。食糧は6月一杯しかもたない状況という。沖縄県民はこのように戦った。県民に対し、後世、特別のご配慮をしていただくことを願う。
Mar 21, 2010
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オフの日記が続きますが、今回は、友人の結婚式で、彼の地元である和歌山県の南紀白浜まで行ってきました。3月13日(土)仕事を早めに切り上げさせてもらい、羽田空港へ行きます。国内線は、手続きが簡単なんですねぇ。17:25発のJALに乗り、18:40に南紀白浜空港に到着。バスに乗って、取ってもらった、ホテルハーヴェスト南紀田辺へ。ここ、いいホテルですよ。そこからタクシーに乗り、先に到着して観光している友人達と、新郎の家族の待つ居酒屋さんへ。一番はしゃいでいるのは、一番手前の新郎のお父さん。私は、手前右から3番目。魚が美味しいですねぇ。そして、お店の日本酒がなくなるほど飲みまくり、最後は、他のお客さん達も一緒に、長渕剛の『乾杯』を歌い、お店の前で胴上げをして、泥酔した新郎を、みんなで抱えて、家まで送りました。3月14日(日)ホテルの部屋からの景色です。いいですよねぇ。バイキングの朝ごはんを食べて、温泉に入って、荷造り。披露宴の行われる別のホテルへ。こんな感じで盛大に行われまして。帰りは、友人達と、お土産を買いに市場へ。滞在時間は、24時間でしたが、本当に楽しかったです!また、仕事を頑張らねば!
Mar 14, 2010
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土曜日の午後は、久々にオフ!そして、行ってきましたよ~。『アバター』を見に、有楽町の映画館に。やはり、満員でした。 90年代後半に大ヒットした『タイタニック』以来の、ジェームズ・キャメロン監督の作品で、特殊なメガネをかけると画面が立体的に見える3D映画。構想14年、制作にも、4年以上かかっているそうです。 ストーリーは、ヒットした映画を融合させた感じで、真新しさはないですが、なんといっても、映像がすごいですよ。現実の風景とCGを掛け合わせると、こんな世界ができるのかぁって、本当に、夢の世界です。 映画界の新しい時代の到来を予感させます。 後でDVDで借りて見ても、3Dでは見れませんからね。興味があって、お時間がある方は、是非、見てみて、感想聞かせてください!
Mar 8, 2010
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政治経済の教科書に書いてありましたが、国会議事堂では、通常国会や、臨時国会や、特別国会が開かれます。1月から開かれ、一番重要である国家予算などが審議されるのが、通常国会です。会期は150日。その期間中に、議員全員が集まって、広い会議場で行うのが、本会議。本会議にかける前に、狭い部屋で討議を行うのが委員会です。その委員会のなかで、一番注目されるのが、予算委員会です。各党のエース級が投入され、NHKでも中継しますね。やっと、私のボス、江田憲司も、無所属から、みんなの党を立ち上げ、幹事長になったことで、予算委員会で質問ができるようになりました。私にとっては、ボスが、ゼロからスタートして、やっと、質問ができるようになったことは、感慨深いものがあります。2/8(月)の江田憲司の質問は→ココ←2/12(金)の江田憲司の質問は→ココ←(「ココ」をクリックすると、映像が流れます。)普段、国会中継を見る方は、そんなに多くはないですが、15分ずつくらいですので、是非、見てみてください!
Feb 23, 2010
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「韓国大ヒットのハートフル・コメディーがいよいよ公開」。2/5(金)の読売新聞夕刊の記事と写真を見て、あっと、思いました。この映画、「なんで日本でやらないんだろう」と、ずっと探していたやつだ!36歳の人気芸能人の前に、彼の娘と孫だという2人が現れ、それから色々なドラマが始まるこの映画。ソウルに向かう飛行機で、昨年5月に。ニューヨークに向かう飛行機で、昨年10月に見たのですが、面白くて、面白くて、飛行機の中で、笑いを堪えるのが大変でした。でも、こんなに面白いのに、題名も、韓国語名か、英語名しかなく、日本でも上映していないようで、ネットで探しても、情報が全く手に入りませんでした。残念だなぁ。と、ずっと、思っていたのです。新聞によると、韓国では、『猟奇的な彼女』や『カンナさん大成功です!』といった、大ヒット映画を超える観客動員数を記録し、ハリウッドでも、リメークが決定したそうです。また、先週の土曜のお昼、TBS『王様のブランチ』でも、特集が組まれて、紹介されていたそうですね。おすすめです!
Feb 16, 2010
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先生とは、先に生まれると書きますから、先に生まれたから、よく物事を知っているので、先生なわけですね。でも、最近思いますね。年下の後輩達こそ、先生だなぁと。グローバル化とIT化で、世論も、流行りの物も、心を打つ物語も、物事の判断基準まで、早い速度で変わっていますね。後輩達と話していて、気付かされることがたくさんあります。直感的に、物事を言い当てている意見もたくさん。私にとって、後から生まれてきた人達は、貴重な先生です!
Feb 11, 2010
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インドの携帯電話の加入件数は、昨年4月に4億台を超え、それだけでもびっくりですが、なんと、その7ヶ月後の11月には、5億台を超えたそうですね。人口の多い、中国、インドの経済が、今や、世界経済を動かしています。私がインドを旅した時は、あまりいい気がしませんでしたが、その2002年とは、だいぶ違う状況なのだと思います。また、インド、見に行きたい気分です。《8年前の旅日記》インドを歩く-旅の準備編インドを歩く-1日目インドを歩く-2日目インドを歩く-3日目インドを歩く-4日目インドを歩く-5日目インドを歩く-6日目インドを歩く-7日目インドを歩く-最終日
Feb 6, 2010
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いやぁ、仕事忙しいです。今年に入って、週1~2回ずつ、徹夜です。ところで、今月、映画『サヨナライツカ』がクランクインしたようですね。色々なところに、宣伝が出ていますね。思い出しますねぇ。就職したばかりの頃だったと思います。銀行の同期に、面白いから読んでみなと渡されたのが、この映画の原作である小説、辻仁成さんの『サヨナライツカ』でした。普段、恋愛小説を読むことはないのですが、まあ、薄い本だったので、読んでみようかなと。感動しましたよ。人生のほんの一部分しか描いていないのに、そうか、人生とは、こういうものかと、思ったものでした。『サヨナライツカ』、映画館に行く時間はありませんが、DVDが出たら、見てみたいと思います。
Jan 31, 2010
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私の仕事、年末年始、お盆、土曜、日曜が一番忙しいんです。学生時代、サラリーマン時代は、日曜の夜は、友人との宴会の時間。したがって、歴史は好きですが、NHKの大河ドラマを見ることは、ほとんどないですね。しかし、今年は、違います。有料ですが、ネットで、自分の都合のいい時間に、見たい番組が見られるようになりました。「NHKオンデマンド」(←クリックするとそのサイトに飛びます)それで、大河ドラマ『龍馬伝』は、見てみることにしました。それにしても、面白いですねぇ。歴史が好きですし、司馬遼太郎さんの『竜馬がゆく』も読んでますし、高知の桂浜にも行きましたし、そこにある龍馬博物館にも行っているのですが、実は、私、そんなに、坂本龍馬に、ピピッときたことはないんです。あまりにも彼は自由すぎて、背負っているものが無さすぎて、なんだか共感が持てないなと。しかし、この大河ドラマは、ドラマとして面白いですよ。ちゃんと真面目に、ストーリーに芯がありますし、でも、ちょっとラブコメディっぽいところもありますよね。この日本の岐路の中の人間模様を描いた、真面目な主題の中で、香川照之さんが、三菱財閥の創始者、岩崎弥太郎を演じるだけでなく、西郷隆盛が高橋克己さん、吉田松陰が生瀬勝久さんって、歴史を動かす、龍馬と同世代の重要な人物に、ことごとく、三枚目の個性派俳優。ドラマ好き、映画好きとしては、この残酷な時代を、どう描こうとしているのか、楽しみです。それから、龍馬の将来を決定付ける、勝海舟との出会いをどう描くのでしょうか。その役を、龍馬ファンで有名な武田鉄也さんがやるようです。それから、歴史の激動の中で悲惨な運命をたどる、龍馬の幼友達の集まる武市一派。どう描いていくのでしょうか。志ある人物は、誰が志のある人物か見抜くことができる。千葉道場の先生も、勝海舟も、龍馬という若者を見てピピッときたわけです。そして、同世代の志士達も、自然と、出会い、ちょっとしたきっかけで、集まってくるわけです。こうして、新しい歴史が出来上がっていくのでしょうか。この激動の時代を、どう描くのか、ドラマの続きが楽しみですね。
Jan 24, 2010
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昨年の秋の、私のブログ、『米欧中東を歩く(29)-ドバイ2日目』にも書いた、高さ世界一のビルが完成したようです。1月4日に、花火を上げたりと、完成式典が行われたとのこと。高さ820メートルで、160階建て。台北にある世界2位のビルは、高さ530メートルですからね。断トツの高さです。中は、オフィス、高級住居、高級ホテルなど。9割はテナントが入ったそうです。巨大な借入れをして、巨大なプロジェクトを進める、ドバイの開発のやり方は、岐路に立たされていますが、私は、日本の報道は、ドバイのことを絶望的に書きすぎだと思いますね。実際のドバイは報道よりも活気がありますよ。少なくとも、日本よりは、断然活気が。サウジアラビアやクエートでは、1000メートルを超えるビルの計画が立てられているようです。今後も、中東に、注目です。《写真は、2009年10月26日に、ドバイに行った際に撮った、 「ブルジュ・ドバイ」です。》
Jan 16, 2010
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この映画『ゴッドファーザー』、私の生まれる前の作品ですが、同世代からも、いいという声を聞くので、見てみました。いいですねぇ。そして、描かれているマフィアの世界、私は全く知らない世界なのに、なぜか、よく知っているような気が。陳情がたくさんくる、権力を握ったドンがいて、ドンやその部下は、抗争の中で、相手陣営から狙われて、そして、時には、近い人間も信用できない、権力闘争。反対する者は、どんどん消されていき、しかし、彼らにも守るべき家族がいるし、固い友情もある。夢中になって、年末の夜中に、『ゴッドファーザーPART2』(1974年)、『ゴッドファーザーPART3』(1990年)、も見ました。いいですよね。なんだか、人生の勉強になりますよね。映画に字幕を付ける仕事をしている友人に話をしてみると、その、多くの種類の映画に触れる職場でも、この映画のファンが多いとのこと。ちなみに、アメリカ映画協会の「アメリカ映画ベスト100」でも、3位に選ばれています。
Jan 7, 2010
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みなさま、あけましておめでとうございます。もう、2000年から10年なんですね。今年も、世の中を良くするため、頑張ります!2010年元旦
Jan 1, 2010
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就職して、もうすぐ8年目ですが、私の営業の仕方は、全くガツガツしていません。住友系のガツガツしたやり方を、みっちり仕込まれているにも関わらず。草食男子?と、よく言われます。しかし、自分より、年下の男性を見ると、ずいぶん、草食化しているなぁと、私も感じますね。その話を、私よりずっと年上、80歳近くの男性に話すと、こういう答えが返ってきました。私の若い頃は、食べ物がなくて、草ばっかり食べていたねぇ。だから、今も、草みたいなものしか、食べないなぁ。私も、今、流行りの、草食男子っていうやつかね?そうだ。まさに、その通り!
Dec 24, 2009
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旅日記がようやく書き終わりました。一ヶ月の旅を書くのに、やはり一ヶ月かかってしまいました。このブログを見てみると、夏以降は、選挙と旅のことしか書いていないですね。そして、もう師走です。今日は、近況について書きたいと思います。8月末に選挙が終わり、9月は、戦後処理と、旅の準備、そして、11ヶ月務めた、公設第一秘書から、私設秘書に戻りました。10月は旅に出て、11月で、転職して5年目に突入しました。これからもボスの元で、色々と手伝いをしながら、次期衆議院選挙の立候補に備えるわけです。元々は1~2年で独立するつもりで転職しましたので、周りの人達からは、まだかまだかと言われますが、もう少しです。やっとスタート台に立てるだけですが。しかし、楽しみにしてくれていたにも関わらず、亡くなってしまい、スタート台に立つ姿さえ、見せることができなかった方がいることは、大変悔やまれます。私は、ここ10年以上、同じようなことをしていますので、学生時代に可愛がってくれて、夢を語ってくれていた先輩方の何人かは、続々と、それぞれの党から国会議員に当選。大政党の県連会長をしている方もいますね。そして、同世代の昔の友人達も、国政に当選し始めました。やはり、知っている、目を輝かせて、下積み時代を頑張っていた人達が活躍することは、嬉しいことですね。私は何年かかるか分かりませんが、早く彼らと一緒に仕事をしたいですね。立場上、戦うことも、多々あるでしょうが。おかげさまで、師匠にも恵まれています。第一線で活躍している、様々な政権のブレインを務めた方々の薫陶を受けることができ、指導していただいています。みなさん、政治家には頼りない私を、不安と心配の目で見ていますが・・・。これからも、先輩方から、多くのことを学び、そして、しっかりと、志を引き継いでいかなくてはと思っています。人には、恵まれているとは思いますが、大変なのは、やはり資金面ですね。これは、たびたびブログにも書いていますが、自営業者と同じように、自分で何かをするというのは、大変なことです。鳩山総理のように子供手当をもらえる家柄ではありませんし。この4年間、選挙の弱かったボスの地盤固めに、あまりにも夢中になりすぎ、自己資金を投入しすぎ、そして、自分でトドメを刺したのが、先日の旅。ついに、本当に、米櫃が底をつきました。さすがに、ここまで現金がない経験をしたことがないのですが、一生懸命やったことは、経験として財産になりますし、まあ、戦時中を思えば、断然、いい生活ですからね。車も蔵書も売ってしまったので、食費なども切り詰めて、活動資金をねん出し、休みの日にやる、副業のバイトも探しています。これも、いい人生経験です。ほたるや雪の光で一生懸命勉強し、事を成し遂げる、「蛍雪の功」という、中国の昔からの言葉がありますね。これからも、色々な方に刺激を受けながら、世の中を良くするために、全力で、頑張り、色々なことを学んでいきたいと思います!
Dec 19, 2009
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今年、中国のGDP(国内総生産、その国の経済力を表す)が、日本を抜き、世界第2位になることが確実になっています。今年は、日本の歴史にとって、一つの大きな転換期となることでしょう。世界における日本という国の重みは、急速にしぼんできています。この旅の一ヶ月間、米CNNや、英BBCなど、ニュース専門チャンネルを多く見ていましたが、東アジアの国で一番ニュースになっていたのは、意外にも、韓国。EUとのFTA(自由貿易協定)締結が大きく報道されていました。自由貿易協定により、EUの諸国は、韓国と、経済上の一種の運命共同体になり、韓国のことを注目せざるをえなくなったわけです。韓国発のはじめてのスポーツカーの開発、環境政策重視のキャンペーンのため、ソウルの夜の照明をグリーンに、など、その程度のニュースまで、世界中で報道されています。一方、一ヶ月間で、日本について取り上げていたのは、英BBCで、日本の新政権はイギリスの議会を学んで、議会改革に取り組もうとしているということくらい。あとは、体操の内村選手がロンドンの世界選手権で金メダルをとったこと。それから、日本の護衛艦が、韓国船籍のコンテナと衝突したと、米CNNでテロップが流れたくらいでした。この旅日記のはじめに、中国上海の発展ぶりを紹介し、また、終盤では、ドバイの発展ぶりを紹介しました。世界経済をけん引するこの2つの地域、共通しているのは、ちゃんとした民主主義の国ではないことです。中国は社会主義国、そして、ドバイは王様の治める首長国です。国際社会の相関図は、より複雑になってきています。さらに、地球の裏側の経済が、地球を駆け巡り、日本の居酒屋やお寿司屋のお客の数にまで、影響を与える時代です。これからの時代は、国会議員の役割が非常に重要になってきます。この複雑な国際社会の中で、国民のために、地球の裏側にまで、交渉しに行き、話を取りまとめてくる必要があるのです。国会議員は、それを自覚するべきですし、我々は、選挙の際、真剣に、選ばなければなりません。加えて、今回の旅で、私が感じたことは、世界中の人々が、生き生きとしていることです。現在、世界は、同時不況の真っただ中です。しかし、日本の外に出てみると、みんな、苦しい中でも、目が輝いていますよ。日本に帰ってくると、世界的不況だと、人々は下を向き、若者は、生き甲斐がないと言い、お年寄りは、年金がないと言い。日本人が立ち止まっている間に、日本の周りでは、ものすごく必死に働いている人達がいて、国際競争で勝ち上がり、日本の仕事をどんどん奪っているわけです。グローバル化は押しつけだとか、日本がこういうことになったのは、誰のせいだとか、彼のせいだとか、他人のせいにする、そういう議論は、もうやめにしましょう。若い人は、自分が何の分野で生きていくのか、どの分野で、どうやって食べていくのか、よく考えましょう。そして、シニアの方は、日本中の後輩達が、自分の特性を生かし、国際競争に勝っていけるよう、協力していこうではありませんか。我々は、協力して、国際社会に立ち向かっていかなくてはならない時代が、やってききているのです。私は、この一ヶ月、感じたこと、学んできたことを胸に、また日々、私自身の職分を全うするため、頑張っていきたいと思います。この旅をできたことに感謝。そして、長い旅日記を読んでいただき、ありがとうございました。
Nov 29, 2009
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2009年10月28日(水)いよいよ帰国の日です。早朝の4時前には起き、4時半にチェックアウト。昨日のバスターミナルに行ってみると、今日は、自動券売機は正常です。チケットを買い、空港行きのバスへ。5時に出発し、5時半には空港に到着。ドイツのルフトハンザ航空のカウンターで、チェックインの手続きを済ませます。ドバイから、ドイツのミュンヘンに行き、そこで乗り換えて、成田へ行くのです。空港でお土産を買い、8時半に飛行機は出発。もう飛行機の中でガイドブックを読む必要はないので、ワシントンで見てきたスミソニアン博物館が舞台である、映画『ナイトミュージアム2』(2009年、アメリカ)と、子供向けのアニメ映画『アイスエイジ3』(2009年、アメリカ)を見ます。朝ごはんに、チーズを挟んだパンが配られます。このドバイからドイツのミュンヘンに向かう飛行機、飛行ルートを見てみると、なんと、イラクの真上を縦断するんです。国境付近の油田が見えます。バグバッド上空は残念ながら、雲が。ランチに、魚をクリームソースで味付けしたものが出てきます。アルプスの山々は、もう、雪に覆われていますね。お昼すぎにミュンヘンに到着です。そして、今度は、15時に、成田行きの飛行機は出発。夕食には、ビーフシチューに加えて、おそば、いなり寿司、巻き寿司が出ます。一ヶ月ぶりの日本食。そして、翌29日のお昼に、成田空港に到着。ああ、一ヶ月ぶりの日本。バスのチケットを買うのも、なんだか、ぎこちなく、そして、何よりも、この一ヶ月間、ほとんど日本語を話していなかったので、なんだか、しっくりこない、自分の日本語。一生の糧になるであろう経験のできた、一ヶ月でした。
Nov 28, 2009
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2009年10月27日(火)今日も少しゆっくりと、8時に起きます。朝食を食べ、10時に出発。街をぷらぷら歩きます。雑貨屋で、おもちゃなどを見るもの、生活が分かり、面白いです。そして、雨の降らない砂漠の国なのに、折畳み傘のコーナーがあるのも、笑えます。さて、ドバイ博物館に到着です。ここは元々、首長の住む砦だったようです。入場料は、3デルハイム(約90円)。昔のドバイの写真があったり、蝋人形で、伝統的な生活を再現していたり、砂漠の中の遺跡から出土したものを展示していたり、なかなか面白いです。次に、歴史的建造物を保護している、バスタキア地区へ。小さい時に、『アラジンと魔法のランプ』や、『アリババと40人の盗賊』など、幼稚園の先生に読んでもらった紙芝居や絵本で見た風景です。このカフェは、ドバイの伝統様式の住宅を再現した建物です。わずかな風でもキャッチして、建物の中に取り入れられるように、工夫がされているようです。歴史的建造物の中を歩くと、クリーク(運河)に到達です。対岸に渡ろうと、アブラという、この小さな水上船に乗ります。対岸には、ゴールド・スークという、金を扱うお店の並ぶ、商店街が続きます。ドバイ土産といえば、金だそうですね。海が見えてきました。奥がペルシャ湾、右の陸地が、今話題の建設中の人口リゾート島、パームデイラです。さて、これで、ドバイ観光は一通り終わりです。ランチに、パン屋で、チーズパン2.5デルハイム(約75円)と、フルーツジュース1.5デルハイム(約45円)を買います。まだ半日あるので、バスで、リゾートの海岸でも行こうかなと思い、バスターミナルに行きますが、自動券売機が人だかりです。行ってみると、最近、自動券売機が導入されたようで、みんな買い方が分からなく、大騒ぎです。そして、みんなに、私は教えます。この機械は、お釣りがきれていて、使えない。そして、気付きます。このバスターミナルの全ての券売機が、何らかの故障で使えず、係員のいる窓口では、切符の販売をしていないようです。つまり、スイカのようなカードを持っている人以外は、今日はバスに乗れないのです。外側は最新式でも、中身がまだまだ伴っていない、ドバイの実情を感じます。と、いうことで、午後は、どこにも移動できず、近くのショッピングモールのカフェで、アイスティーを飲みながら、休憩。早めに、ホテルに帰り、日本へ帰国のための荷造り。ドバイ最後の夕食は、またホテル内の小さな食堂で、白身魚のフライとライス、サラダ。正直、帰りたくないのですが、明日は、日本に帰国です!
Nov 27, 2009
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2009年10月26日(月)前日までのエジプトの旅がよっぽど疲れたようで、眠くて眠くて、少し朝寝坊。8時に起きます。ホテルの小さな食堂で、朝食。9時半に、出発します。さて、ここで、日本人にとって分かりにくい都市、ドバイについて、少しご説明しておこうと思います。ドバイは、中東のペルシャ湾に面した都市です。ペルシャ湾は、湾岸戦争やイラク戦争の際によく名前を聞きましたが、イラク、クエート、イラン、サウジアラビア、バーレーン、カタール、アラブ首長国連邦など、数多くの国々が、この細長い湾に面しています。ドバイは、シルクロードの中継地ではあったものの、首長(王様)の治める小さな漁村ほどだったようです。19世紀、一帯を、イギリスが治めるようになってからは、インドと中東を結ぶ貿易港として、経済発展をしはじめます。そして、イギリス撤退後、7人の首長が協力して、1971年アラブ首長国連邦(UAE)を結成。油田開発を積極的に進め、経済成長を遂げていきます。現在でもドバイは、首長(王様)が治めているのです。なお、UAE内でのドバイの特徴は、石油に依存した経済からの脱却をいち早く進め、外国からの投資を積極的に受け入れ、大きく便利な空港、港を整備し、日本企業だけでも、200社以上が進出、金融業も発展、リゾート開発により、観光客も多く訪れ、ブランド品などの消費も活発であり、そして、それらの経済発展で建設業が潤い、もともと、周りが砂漠で人があまり住んでいなかった土地なので、労働力が足りなくなり、インドなどから移民を積極的に受け入れ、人口も急増、なんと、人口の8割近くが移民なのです!移民が多いので、アラビア語と英語が使われています。さて、ドバイが実際どういう都市なのか、見てみましょう。まず、今年の9月9日に一部開通したばかりの地下鉄、ドバイメトロに乗りましょう。ここが、できたての駅です。ドバイではじめてできた鉄道ですので、利用者は、自動券売機での切符の買い方や、路線図の見方が分からないようで、あちこちから質問されます。ピッピッと、自動券売機を操作する、外国人の私を見て、ドバイの人達はびっくり。尊敬のまなざし。電車が来ました。このドバイメトロは、日本企業が中心になって受注していますので、ホームも、車両も、日本とほぼ同じです。金融機関の集まる街、フィナンシャルセンターという駅で降ります。駅が空港みたいですね。この駅前の道路、高速道路ではなく、一般道です。ドバイの経済発展ぶりに驚きます。そして、もっとびっくり。この駅をちょっと離れて見てみると、これ、完成予想図ではなく、実際に私が見たものを、写真に収めたんです。砂漠の都市に、こんな建物が、延々と並んでいます。信じられます?歩いて、建設中のビル、ブルジュドバイへ。あたり一帯が工事中で、これより先には、徒歩では進めません。このビルは、高さ824メートルで、断トツの世界一です。世界2位のビルが531メートルですからね。本当に断トツです。ちなみに、東京タワーは、333メートルです。一帯が工事中ですので、みんなヘルメットと作業着なのに、私は、デジカメ持って、半袖。「なんでここにいるんだ?」と、工事現場の人達に、からかわれ、みんな大爆笑。みなさん、顔がいきいき。このブルジュドバイ、もう出来上がっているように見えますが、カメラの望遠レンズで、上の方を見てみると、まだ、工事中ですね。再び、ドバイメトロに乗り、その後、炎天下を歩いて歩いて、というか、他に歩いている人がいません。暑いので、ほとんどの人が車で移動するようです。頭がくらくらしてきましたが、やっと見えてきました。有名な超高級ホテル、バージュ・アル・アラブです。海に面し、パリのエッフェル塔よりも高い建物。全室スイートで、勉強のために泊ってみようかと、ガイドブックで調べたところ、一番安い部屋で、8,500デルハイムですから、1泊25万円ですね。一番安い部屋で!いくら勉強のためでも、1泊25万円は泊まれません。隣のショッピングモール、マディア・ジュメイラを覗いてみると、ショッピングモールの中に、運河が流れています。それから、駅近くに戻り、夕食を食べようと、ショッピングモール、モール・オブ・ジ・エミレーツに入ると、ここには、スキー場が・・・。リフトもゲレンデもあります。砂漠の中にスキー場。ぽかんと眺めていると、「Friday’s」という、日本にもあるアメリカンレストランを発見。ここで夕食を食べることにします。イスラム教の国なので、アルコールはなし。チーズバーガーとおかわり自由の甘いアイスティーで、50デルハイム(約1,500円)。注文すると、ウエイターが、チャイニーズ、チャイニーズと、合図しています。すると、オーナーの中国人女性が、中国語で挨拶に。中国人のお客さんには、オーナー直々に、挨拶に来るようです。いまさら日本人とは言えず、笑顔で、挨拶を受けます・・・。ここのチーズバーガーも、美味しい。ドバイは、食事が、わりとおいしいですね。お店を出ると、カルフールを発見。水を買おうと、棚を見ていると、ディポビタンDを発見。懐かしく思い、購入します。明後日には、もう帰国です。一ヵ月は早いですね。
Nov 26, 2009
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2009年10月25日(日)今日は、カイロからドバイに移動です。5時に起きます。朝食を食べて、7時にチェックアウト。タクシーに乗り、8時すぎに、カイロ空港へ。チェックインを済ませ、9時半には、飛行機に乗り込みます。延々と砂漠の上を飛び、予定より一時間遅れて、15時半に、ドバイに到着。カイロ空港の時と同じように、ここドバイ国際空港でも、どのバスに乗っていいのか、よく分かりません。間違えて、違うバスに乗ってしまいますが、着いたのは、目的地へ歩ける距離。ホテルまで歩くことにします。それにしても、暑いです。カルフールで、水などを買い、ホテルにチェックイン。夕食は、ホテルの小さな食堂で、チキン、ライス、ポテト、サラダで、40デルハイム(約1,200円)。エジプトよりも、物価が高いですが、味はなかなか美味しいです。ホテルの窓から外を眺めると、こんな感じ。日本のメディアは、ドバイの工事は止まっていると報道していますが、リゾート開発は別でしょうが、街の中は、どこも、かしこも、工事中です。
Nov 25, 2009
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2009年10月24日(土)夜中の2時半に起きます。さすがにバスは走っていないので、3時半に、タクシーでカイロ空港へ。今日は、強行軍で、午前中に日帰りで、ルクソールを往復します。カイロよりも南、エジプト中部に位置するルクソールは、昔の都で、よく映画で出てくる、巨大な神殿があるのです。6時すぎに、飛行機は出発。7時半には、ルクソール空港に到着です。空港から、街の中心部までは、公共の交通機関がなく、タクシーに乗ります。そして、8時に、ルクソール神殿に到着。次に、徒歩で、本殿である、カルナック神殿へ向かいます。途中、ナイル川、きれいですね。ちょっと迷いながら、30分かかって、カルナック神殿に到着。参道にはスフィンクスが並びます。中は、こんなだったり、こんなだったり、こんなだったり、時計を見ると10時です。もう、そろそろ、空港へ戻らないといけません。11時前に空港に到着。そして、12時すぎに、飛行機は出発です。14時半くらいに、飛行機がカイロ空港に着陸。すると、突然、激しい揺れ。タイヤがパンクしたそうです。ランチ&夕食に、また、エジプトのファーストフード、お米やらマカロニやらを混ぜたコシャリを食べ、ホテルへ帰りに、荷造り。明日は、早いもので、この旅の最後の目的地、ドバイへ向けて、出発です!
Nov 24, 2009
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2009年10月23日(金)7時に起きます。朝食を食べ、10時にホテルを出発します。イスラム教は、金曜日が安息日。したがって、金曜日は、仕事がお休みです。徒歩で、エジプト考古学博物館に到着です。入場料は、60ポンド(約1,200円)と英語で表記。しかし、エジプト人用の隣りの窓口には、外国人には分からないように、アラビア語で、4ポンド(約80円)と書いてあります・・・。ここでは、あのツタンカーメンの黄金の仮面も見ることができました。次に、地下鉄に乗り、オールドカイロと呼ばれる地域へ。ここは、イスラム教の入ってくる前に広まっていた、原始キリスト教の流れを組む、コプト教の街です。また、ホテル近に帰り、ランチに、コシャリのお店へ。コシャリとは、お米やマカロニや揚げたオニオンを混ぜた、エジプトのファーストフードです。5ポンド(約100円)。ホテルで一息ついてから、また観光へ出発です。今度は、イスラーム地区と呼ばれる、600以上のイスラム建築が世界遺産に登録されている地区です。ここが、一番活気のある地区で、アメ横が、はるか彼方まで続いているような雰囲気です。車道は、歩行者天国ではないのに、歩行者であふれています。人をかき分けて歩き、ここは、ガーマアズハル(現在のアズハル大学)。世界史の教科書にも載っている、イスラーム世界最古の高等学府です。小学生か中学生か、汚れた服を着た少年が、パンを運ぶ、涙ぐましい光景。細い路地もにぎわっています。路地を歩いていくと、ここは、昔の城門の一つ、ズウェーラ門。それにしても、外国人に、全く出会いません。現地の生活が分かり、とても勉強になります。エジプトの子供達が、珍しがって、ついて来たり、知ってる英単語で話しかけてきたり、仏教っぽく両手の掌を合わせて、「ニーハオ」と話しかけてきます。50メートルおきくらいに、入れ替わり立ち替わり、色々な子供達が。みんな目が輝いていて、楽しそうです。こちらも、笑顔で、遊び相手をしてあげます。昔のお城、シタデルに到着です。そして、ここは、大統領府。帰りは、羊の肉を挟んだ、大きなパン8ポンド(約160円)を買い、夕食に。美味しかったです。明日は、未明に出発して、エジプト中部、ルクソールに行くので、早く寝ないといけません。
Nov 23, 2009
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2009年10月22日(木)7時に起きます。1階に朝食を食べに行き、ナンに似たアーエイシというエジプトのパンに、煮豆のようなものを挟んで食べます。宿泊している、中国人の若い女性が、笑顔で近づいてきて。「ニーハオ! チャイニーズ?」と話しかけられます。私は、笑顔で、「ニーハオ! ウォーシーリーベンレン(我是日本人)!」10時に、ホテルを出発。ここは、アラブ連盟の本部です。ヨーロッパのEUのように、アラブ地域で、政治的に協力しようという機構です。さて。昨日降りたタフリールバスターミナルに到着です。ギザのピラミッド行きのバスを待ちますが、昨日同様、お目当ての番号のバスが来ません。ベンチで座っていると、現地の若者に、馴れ馴れしく、「オー フレンド!」と、握手を求められ、英語で話しかけられます。「エジプトははじめてか?」とまず、確認してから、調子よく、話を合わせてきて、家が、ギザなので、案内をしてくれるとのこと。そのうち、その友人も来て、「自分の奥さんは、日本人だ。君と会えてうれしい。」と、ビクビクしながら言っています。エジプトも失業率が高いので、可哀そうではありますが、でも、観光客をだまして生活をするのは、許されるべきではありません。そして、今後、エジプトを訪れる日本人のためにも、ガツンといかなくてはなりません。「ああ、友人よ。 君のその日本人の奥さんは、何という日本語の名前? 奥さんのお母さんの名前は? お父さんの名前は? 日本語でI love you.って、何て言うの?」動揺してます。(もっと勉強しないと、社会で、お金、稼げないぞ!!)目の前に、ギザを通り過ぎるらしきバスを発見したので、運転手さんに、「ギザ?」と聞くと、そうだとのこと。座席に着くと、すぐに出発です。窓から外を見ると、例の若者2人は、バスの外で、ポカンとこちらを見ています。バイバ~イ!このバスも0.5ポンド(約10円)。地図を見ていると、隣りの若者が、「どうかしましたか?英語は話せますか?」と聞いてくれる。今度は、真面目そうです。ギザのピラミッドに行きたいというと、あと何分くらいと、説明してくれ、降りる時も、バスの降り方まで教えてくれました。そしてついに、現れましたよ~!ピラミッド!この敷地への入場料は、60ポンド(約1,200円)です。市バスが10円なのに、ここの入場料は1,200円。エジプトでは、観光客向けの施設は、桁違いに高いようです。一つ一つの石が大きいですね。ピラミッドの中に入るのに、更に50ポンド(約1,000円)。撮影禁止で、中が撮れなかったのが残念です。博物館も更に50ポンド(約1,000円)。これは、死後、クフ王が天空を旅するために造られたといわれている、太陽の船です。エジプトのピラミッドは、世界中の人が、一度は行ってみたいと思う場所ですよね。行けて幸せです。しかし、あれ買え、これ買え、と、たかられて大変です。暴力的な押し売りマガイな奴もいます。そして、非常に暑いです。周りは、こんな感じで、本格的な砂漠ですからねぇ。持っている水も飲みほしてしまいました。水を売っている若者に話しかけると、ペットボトルが1本10ポンド(約200円)だとのこと。この国は、価格交渉が大変です。3ポンド(約60円)に決着です。さて。暑くて、ヘトヘトになりながら、道で中心部へのバスを待ちますが、また全然来ません。ギザ駅まで行くという、満員のマイクロバスが来たので、引っ張って乗せてもらい、ギザ駅からは、地下鉄で、帰ります。地下鉄の料金は、一律1ポンド(約20円)。駅を歩いていると、イスラム教徒の格好をした女子学生に、「中国人ですか?」と聞かれます。「違う」と言うと残念そう。理由を聞いてみると、中国語の勉強をしているそうです。発展途上国の学生は、自国のマーケットが小さいので、より、世界に目を向けています。少し前までは、日本語を勉強する学生は多かったようですが、中国の影響力がどんどん大きくなってきているというのが、世界の現実です。もう夕方ですが、ランチも食べていません。ランチ&夕食に、マクドナルドで、アラブ限定、羊の肉を使った、マックアラビーアに、ポテト、コーラで、28.5ポンド(約570円)。まだ、日没まで時間があるようなので、散歩しながら、のどかなナイル川を眺め、カイロタワーへ。きれいな眺めでした。
Nov 22, 2009
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2009年10月21日(水)7時に起きます。ホテルの1階で、朝食に、カプチーノを飲み、パンを食べます。日本人女性2人組が宿泊していて、話しかけられます。9時半に、チェックアウト。列車に乗り、10時半には、フィウミチーノ空港に到着です。飛行機の出発はまだまだ先ですが、エジプトのガイドブックを読む時間が欲しかったので、ベンチに座り、集中して読みます。12時に、エジプト航空のチェックインカウンターに並びますが、長蛇の列で、全然、順番がまわってきません。この後も、エジプト航空のマイペースぶりには、大変イライラさせられました。一時間かかって、13時すぎに、ようやくチェックイン終了。ランチに、サンドイッチを食べます。飛行機の出発は、14時25分のはずが、実際は、一時間遅れて、ようやく出発。機内食は、ビーフ、ペンネ、サラダ、パン。窓から下をのぞくと、地中海は、ものすごく多くの船が浮かんでいることが分かります。日没後の19時すぎに、ようやく、カイロ空港に着陸です。無事に着陸すると、機内は拍手と喝さいの嵐。イタリア人やエジプト人は、みんなこんな感じなようです。空港ではまず入国審査ですが、問題が発生。相手の話す英語が、聞き取れません。What do you サイド in Japan? Welcome.えっ?何?サイド?日本のどっちサイドから来たかってこと?何回聞き直しても、同じ言い回しを繰り返すばかり。何回か、適当に、答えるが、違うと言われます。何分も経過し、相手もイライラ。そして、ふと、気付きました。sayの過去形は、said、saidはローマ字で読むとサイド。英語のウエルカムは、日本語で、なんと言いうんだ。っていう質問だ!エジプトは、イギリスの植民地でしたので、英語は、広く一般的に使われています。でも、毎日外国人を相手にする公務員でも、文法も、発音もメチャクチャ。他にも、ワット ウォルク?のウォルクが、work(ワーク、仕事)だったり。これが、この国の旅を、更に困難にしました。さて。バスに乗り、市内へ行こうと思いますが、バスターミナルがなかなか見付かりません。タクシー?タクシー?ホテル?と、殺到する客引きをかきわけ、ようやく分かったのは、市内への空港バスターミナルまで、シャトルバスに乗らないといけないということ。ようやくバスターミナルに着きますが、今度は、お目当ての、市内への空港バスが来ません。仕方なく、普通の市バスに乗ることにします。良かったのは、事前に勉強したので、アラビア語の数字が読み書きできること。これが、アラビア語の時計ですが、日本人が当たり前に使っている数字とは、表記が全然違うんです。だから、この数字が読めないと、バスの番号も分からないですし、物を買う時の値段も分からないわけです。ホテル近くのタフリール広場のバスターミナルに行く400番の市バスに乗ります。現地の人達が乗るバスなので、なんと運賃は、0.5エジプシャンポンド(約10円)。私は、現地の人達と同じ生活でいいので、食費や交通費は、今までの国より、かなり安くすみそうです。タフリール広場のバスターミナルについてびっくり。この写真は、後日、そのバスターミナルを、昼間にカイロタワーから撮ったものですが、この車の量です。しかも道は信号なし。この道路を、車をよけながら、渡らないといけないわけです。ものすごく時間がかかり、22時前に、ようやくホテルに到着。さすがに疲れて、すぐに寝ました。
Nov 21, 2009
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2009年10月20日(火)6時半に起きます。8時にホテル1階で、朝食を食べ、出発。今日は、地下鉄と列車を乗り継いで、少し郊外へ行きます。それにしても、ローマの地下鉄の落書きっぷりは、お見事。元は、どんなデザインだったのか、分からないですね。間違えて、違う駅で降りてしまったりしながら、ようやく、オスティア・アンティカ駅に到着。ここは、ローマを流れる大きな川の河口に位置し、そのため、古代ローマ時代に大きな貿易港だったのですが、川の土砂が堆積して、埋まってしまったそうです。そして、最近、掘り起こされました。古代ローマに興味のある私にとっては、夢のような場所です。まず、ここが、かつての街のメインストリート。石畳のこの道に、2000年前の、馬車のわだちが、たくさん残っています。劇場もあったようです。ここには、神殿。居酒屋もありました。ここが、2000年前のバーカウンターでね。路地裏はこんな感じです。これだけ価値ある遺跡なので、小学生やら中学生やら高校生が、たくさん来ていますが、みんな先生の話は聞かず、あっ、ジャポネ、ジャポネ!と、私の方に興味深々。それにしても、この遺跡、5万人住んでいた都市が、丸ごと埋まっていて、それが発掘されたので、ものすごい広さです。お昼になってしまったので、半分だけ見て終わりにします。近くの駅前のカフェで、ナスとチーズと肉のハンバーガー3.5ユーロ(約490円)を頼みます。ここから少しまた電車に乗り、海へ。初めて見る地中海です。さて。また列車に乗ってローマに戻り。そういえば、街を歩いていると、結構、イタリア民主党のポスターが、貼ってあります。ここが、世界史の教科書にも出てくるカラカラ浴場です。どうして浴場なのに「カラカラ」なのかというと、カラカラ帝が造ったからです。ローマには、いくつも浴場があるのですが、ここは、断トツの大きさ。だから教科書に名前が載るんですね。隣りには、競技場まで併設されていて、まあ、巨大な温泉付きフィットネスクラブといった感じでしょうか。さて。「全ての道はローマに通ずる」というように、領土内に張り巡らされていたローマ街道は、2000年経った今でも、一部、使われています。ここは、旧アッピア街道。昔の旅人になった気分で、少し歩いてみます。ローマの街を囲っている城壁からも出て、さらに歩いて行くと、日本の一里塚のように、1マイル毎に、マイルストーンが。途中で道をそれて、地下鉄に乗り。ここは、ローマ水道が残っています。ああ、素晴らしい土木技術。首都ローマには、複数の水源から何本も水道が引かれ、その終点が、数々残っている広場の噴水なわけです。古代ローマの遺跡を歩くと、2000年前のローマ人の暮らしが、いかに現代人の暮らしの基礎を作っているか、人類の歴史は、進歩しているようで、実は、そんなには変わっていないのでは、と感じます。帰りは、イタリアンジェラートを食べます。さすがに、美味しい。夕食に、駅のレストランで、ミートソースのスパゲティを。チーズが溶けていて、かなり美味しいです。やはり、それぞれの国の国民食を、その国で食べるのが、一番美味しいですね。今日はローマ最後の日。名残り惜しく、夕暮れの街を歩きます。蛮族の侵入や、天災に悩みながら、職務を全うした哲人皇帝マルクスアウレリウスが、見おろします。真昼とは表情の違うコロッセオ。明日は、いよいよエジプトの首都、カイロへ向けて出発です。
Nov 20, 2009
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2009年10月19日(月)7時に起きます。朝食に、パンを食べ、コーヒーを飲んで、9時半に出発。地下鉄に乗り、ヴァティカン博物館へ。ここは、法王の宮殿です。入場料は、14ユーロ(約1,960円)。すごいですよねぇ。中世の芸術のほぼ全てが集まっているわけですよねぇ。特に、ミケランジェロが担当したシステーナ礼拝堂は、壮観でした。撮影禁止だったのが残念ですが。次に、隣接しているサン・ピエトロ大聖堂へ。ここは、カトリックの総本山ですね。普段からお世話になっている知り合いが、ここの偉い職に就いている日本人の方を紹介してくださると言ってくれたのですが、カトリックの信者ではないので申し訳ないと思い、お断りしてしまいました。中は、こんな感じです。このドームの天井の上まで階段で上がれるとのことで、挑戦してみます。しかし、ものすごい階段の数。かがまなくてはいけないような場所もあり、しかも300段以上だったそうです。でも、ものすごくいい眺めです。大ヒット映画『天使と悪魔』(2009年、アメリカ)にも、このアングルで撮った映像がありました。お昼をすぎているので、道端でピザ3.5ユーロ(約490円)を買い、ベンチに座って食べます。さて。歩きます。ここは、サンタンジェロ城。噴水で有名なナヴォーナ広場を通り、ここは、私の尊敬するカエサルが、2000年前に暗殺された場所です。彼の最後の言葉は「ブルータスお前もか」。次に、多神教であったローマ人が、その全ての神々を祭った、パンテオンへ。1900年も前に造られたこと建物が、なんと、世界最大の石造建築なんだそうです!ここは、下院(日本でいう衆議院)であるモンチトーリオ宮。そしてここは、有名なトレヴィの泉。15時になりましたので、急いで、昨日行った大統領府へ。衛兵の交代式があるのです。整然と国家を歌う、素晴らしい風景を見ました。正直、感動しました。今日の締めくくりに、この混雑して、何が何だか分からない階段が、『ローマの休日』にも出てくるスペイン階段です。夕食は。最近、全然栄養をとっていないことに気付き、ホテルの近くで見付けた中華料理屋へ。華僑の夫婦が営んでいるようです。イタリアンのように、コーンスープ → チャーハン → 炒め物の順番に出てきて、9.5ユーロ(約1,330円)。久しぶりに何皿も食べたので、お腹がいっぱいです。シエシエ ハオチー サイチェンありがとう おいしかったよ ではまたね!
Nov 19, 2009
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2009年10月18日(日)米欧中東を歩く、今回の長旅も、あと10日です。6時に起きます。8時半に、ホテル1Fのバール(カフェ)に朝食を食べに行きます。クロワッサンとコーヒーが出ます。さて、出発。徒歩で、中央銀行(日本でいう日銀)、イタリア銀行の前を通り、大統領官邸である、クイナーレ宮へ。日曜日の午前中だけ、内部を見学できるようです。入場料は5ユーロ(約700円)。内部の装飾やら絵画やらは、やはり、豪華でした。さて。次は、いよいよ、古代ローマの遺跡巡りです。塩野七生さんの『ローマ人の物語』という本、常に本屋に並んでいますね。今、文庫本が37刊まで出ていますが、まだ続くようです。古代ローマ帝国の盛衰を描いたこの大作。私は、もう3年近くでしょうか。毎日寝る前に、少しずつ、読み続けています。その本に書かれた世界を、今、実際に見に行くわけです。まず、目に入ってきたのは、古代ローマの最盛期、トラヤヌス帝の記念柱(お墓)。西暦113年に建てられたそうです。聖徳太子の時代より500年前です。今から500年前は戦国時代ですからね。古代ローマの時代が、いかに、昔か。古代ローマの最盛期は、皇帝は、世襲を行いませんでした。有力な若者を養子にし、数々の重要な役職に就けて経験を積ませ、そして、帝位を継がせたのです。世襲のどこが悪いのかと言っている日本の政治家に、歴史は、2000年前に、しっかりと答えを出しています。ちなみに、古代ローマ帝国の最盛期の領土は、ヨーロッパに、中東、北アフリカに及んだ大きさです。その首都がローマであり、皇帝の就任には、元老院(貴族による議会のようなもの)と、市民の承認が必要であり、国は、法律によって治められて、各地に舗装された道路と、水道が張り巡らされていました。すごいことですよね。さあ、かつての政治の中心地、フォロロマーノに到着です。2000年以上前に、政治家の祖の一人、カエサルも、この演台に立ち、市民に向かって演説をしました。ここは、私にとっては、涙の出るような場所です。感慨深いものがあります。ここは、2000年前の高級住宅地、パラティーノの丘です。次に、巨大な円形闘技場、コロッセオへ。よく、映画で、剣闘士が猛獣と闘ったりといったシーンが出てきますね。5万人収容できたそうです。この建物の形式が、今も、野球などのスタジアムで真似られているわけですから、すごいことですよね。さて。少し歩きまして。今度は、別の時代の建物へ。ここは、よく、ムッソリーニの演説している映像で出てくる、ヴェネツィア宮殿です。それから、サンタ・マリア・イン・コスメディアン教会の中にあるのが、そう、映画『ローマの休日』(1953年、アメリカ)に出てくる、真実の口です。ここは、現代の競馬場のような、戦車の競争が行われたチルコ・マッシモ。もう夕方ですが、ランチを食べていないので、駅のレストランで、ペンネ3.9ユーロ(約540円)を食べます。今日は、いいものが見られました。やはり、映像や活字だけではダメですね。実際に見ると、色々なことを感じます。
Nov 18, 2009
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2009年10月17日(土)今日は、パリからローマへ向かう日です。5時半に起きます。寒いです。昨晩のニュースでは、ニューヨークの最高気温は7度だそうです。ニューヨークに最初に行って、良かったと思います。荷造りをし、6時半にチェックアウトしようとしますが、ここで、問題が発生です。ネットで予約して、クレジットカードで払い、旅行代金は、その代理店からホテルに支払われると説明しても、ノン、ノン、ノンとか言って、人差し指を横に振って、今、払わないとダメとのこと。何回説明しても、分からず、とりあえず、カードで払い、後で、代理店に電話をし、払い戻しをしてもらいました。夜明け前の街を歩き、地下鉄に乗り、ターミナル駅である、ガール・ド・リヨン駅に。朝食に、水とアップルパイを買い、出国審査を通り、8時前に、イタリアのミラノ行きの電車は出発です。フランスは、夜が明ける時間が遅く、今頃が日の出です。フランス自慢の高速特急TGVに揺られながら、はるか地平線まで続く、畑や農場に、朝日が昇っていきます。テレビ番組『世界の車窓から』の音楽が、私だけに流れます。フランスとイタリアの国境に横たわるのがアルプス山脈。きれいな湖の脇を通り、有名な山、モンブランもそびえ立っています。時間があるので、英会話の本をパラパラ読んでいると、「こんにちは。日本の方ですか?」と、日本人の若い女性に話しかけられます。車内のアナウンスがよく聞き取れないので、ミラノに着くころに、教えて欲しいとのこと。列車は、イタリアに入り、山を下って、ふもとの都市、冬季オリンピックも開催された、トリノに到着。その後、15時前に、ミラノに到着です。私は、ここで、ローマに向けて、15時半発の列車に乗り換えるのですが、ランチを食べていないので、急いで、街に出ます。これが立派なミラノセントロ駅。駅前のバール(カフェ)で、フォカッチャ4ユーロ(約560円)を買います。また急いで走って、列車へ。ボックス席で、イタリア人の老夫婦と向かい合わせ。おばさんが、しきりに話しかけてくれますが、全部、一方的なイタリア語。ほとんど、分かりません。バックから、チョコクッキーを出してくれます。グラッツェ! ありがとう!ボローニャ、フィレンツェを経て、日も沈み、列車は、19時半に、ようやくローマに到着。向かいの夫婦とは、笑顔と握手でお別れです。チャオ! またね!駅のスーパーで、夕食用に、水、サラダ、ティッシュ、計4ユーロ(約560円)。フランスよりも、物価は少し安いようです。予約していたホテルを探しますが、中心部なのに、街灯も少なく、人も歩いていなく、なかなか見付かりません。あたりを何周もし、近くのホテルのフロントにも聞いて、ようやく発見。一つの建物に、二つの小さなホテルが入っていて、古い小さな看板に気付きませんでした。チェックインをし、部屋に入ると、テレビもエアコンも、リモコンがなく、使えないようです。イタリア人は、人懐っこいですが、結構いいかげんです。
Nov 17, 2009
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