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2000年、歌手デビューが決まった直後、まさかのレコード会社倒産。挫折から22年の時を経て、夢の続きが始まった。オリジナル15曲が世界配信。現在51才。https://youtu.be/5clFTO4Qm9Q#オリジナル曲 #ミュージック #やり直し #わがままな思い #君に届く #二度目の恋 #愛しさ #君を包む #シンガーソングライター
2024.10.13
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2023/4/24石川善一52才です。高校3年の時に出会ったバンド【O/D'S】の存在は私の人生に大きな影響を与えた。中でも5才年上のリーダー落合さんが居なかったら、私はシンセサイザーをよく知らないまま、曲作りなんてしていなかったのではないか…と当時を振り返る。 (【第三十章 (自信) 】参照 )↓ https://odsvo.muragon.com/entry/48.html落合さんはベーシスト。自分1人でもベース演奏を楽しめるように、シンセサイザーで別パートを作っていた。バンドのオリジナル曲も落合さんが作る。…いいなぁ…俺も作ってみたい。 シンセサイザーと言っても…どれを買ったらいいのか…。どんなモノが必要なのか…。 落合さんは①鍵盤②シーケンサー③MTR④エフェクター⑤マイク が最低限、必要だよと言った。18才の私はマイクを買った。スタジオで借りられるが、自分のモノが欲しかったのだ。SHURE (シュアー)というメーカーのマイクで2万5千円。高校生には辛い出費だったが、手に入れて嬉しかった。 若い頃、私は常に手のひらに汗をかいている体質で、マイクを持つ左手だけに手袋をはめていた。あくまでも左手だけ。それがオシャレでカッコいい…という自分流のこだわりがあった(笑)この手袋、 「ウィッシュ」でお馴染みのDAIGOさんがはめてますよね。フィンガーレスグローブといいます。手汗対策にちょうどいいと思って付け始めたフィンガーレスグローブは、ファンの間でいつしか私のトレードマークになり、私もコレをはめると気合いが入るようになった。 その後、ソロ曲を作るようになったが、自宅録音の時もトレードマークのフィンガーレスグローブをはめていた。1991年1月。初めて完成したソロのオリジナル曲【あの日君と】 「シンセ一式があっても、ちゃんと作れる人って、そうは居ないんだけどなぁ」…と落合さんからの褒め言葉。 落合さんの結婚式では【あの日君と】のリクエストがあって歌いました (^o^)正装なので、さすがに手袋はしませんでした。きっと式場のマイクは私の手汗まみれになったでしょう(笑) ↓写真のフィンガーレスグローブは、NHKのど自慢の時に買った2代目ですが、マイクは当時のモノです。皆さんはトレードマークありますか?気合いの元のような…。験担ぎのような…。お守りのような…。そういうパワーのスイッチは、不思議と実力を最大限に引き出してくれたりします。私はコレを付けると歌が100倍うまくなりました(笑)皆さんもトレードマークを意識してみて下さいね。 さてこの映像…誰からどうやって手に入れたのか覚えてませんが、1992年11月と書いてありました。31年前:当時22才の私が落合さんの結婚式で【あの日君と】を歌ってる映像です。 この曲はライブ映像もないので、これがあって良かったです。1分に編集しました。https://youtu.be/xdkdIqvrW8E&、バンド時代の【エレジーⅢ】の音源が出てきたので貼っておきます。バンドのオリジナル曲【エレジー】は人気があり、4つの編曲(バージョン)がありましたが、 残念ながら残っている音源は Ⅲ と Ⅳ だけです。下の写真…私の左手…ちょっと分かりづらいけどトレードマーク…あります(^o^)1988年:18才の石川です。写ってないですけど左側にあと3人います。メンバー8人でのライブでした。アスちゃん、シゲちゃん、太ピー、写ってなくてごめ~ん (>_<)https://youtu.be/Pqs8xCE8tE0*バンドメンバーについては【第三十三章 (再会) 】参照↓ https://odsvo.muragon.com/entry/57.html#トレードマーク #高校生 #バンド #大きな影響 #シンセサイザー #曲作り #オリジナル曲 #マイク #体質 #手袋 #手汗 #フィンガーレスグローブ #気合い #褒め言葉 #結婚式 #披露宴 #リクエスト #シンガーソングライター
2024.12.04
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2022/11/13石川善一52才です。 バンド【O/D'S】(オーディーズ) ⇒ 【第三十章】参照。リーダーの落合さんは新潟の人。転勤で神奈川に来ていた。落合さんには神奈川に親戚が居て、その中に恵子ちゃんがいた。幼稚園くらいだった。 バンドメンバーも含めてバーベキューをした時、大人達は会話に夢中だった。 恵子ちゃんは河原の石を並べながら一人遊び。左手にトウモロコシを持った後ろ姿が寂しそうに見えた。 「何してるの?」…恵子ちゃんは嬉しそうに「綺麗な石を好きな順番にならべてんの (^o^) 」「凄いね」「いい石見つけたね」「濡らすともっと綺麗だけど一人で川に行っちゃダメってママが…」 一緒に水辺に行ってあげました(笑)足首まで川につかり、はしゃぎながら石を濡らすとニコニコ。 当時私は19才か20才。「お兄ちゃん…ほらね綺麗になったでしょ。どれがいい?」恵子ちゃんは、せっかく集めたお気に入りの石を私にくれました。「おーい石川ー、スペアリブ焼けたぞー」と落合さん。すると恵子ちゃんは「食べてきていいよ石川君 (^o^) 」…。お兄ちゃんから石川君に呼び方が変わりました(笑) 恵子ちゃんはいらないらしい。左手に持ったまま食べきれないトウモロコシが満腹を物語っていた。私も左手にスペアリブを持ったまま、もっと綺麗な石を探して遊んだ。 こんなに小っちゃいのに空気を読んで大人の邪魔をせず、わがままも言わない恵子ちゃんは可愛かった。 この時に自分は子供好きなんだな…と思ったが、その1~2年後に自分が学童保育の先生になるなんて思ってもみなかった。そして同じ時期、落合さんが新潟の本社に戻りバンドが解散してしまう事も思ってなかった。学童保育は1991年10月に入社した。そして学童保育の校歌を作った。YouTubeに配信していないその校歌は、学童時代のエピソードと共に自分のFacebookだけにアップした。●石川善一 Original Song ベスト はこちら↓https://youtube.com/playlist?list=PLs17csMUXKMKbEN5JRFHLP68bbgQnaUbM&si=CJbmKYN3GcvaUkR5#オリジナル曲 #シンガーソングライター #アマチュアミュージシャン #バンド #校歌 #学童保育 #綺麗な石 #バーベキュー #トウモロコシ #空気を読む #子供
2024.10.19
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2000年、歌手デビューが決まった直後まさかのレコード会社倒産。挫折から22年の時を経て夢の続きが始まった。元学童保育指導員シンガーソングライター自伝ブログ「 夢の続きが始まりました【第二章 (願い) 】」はこちら↓https://odsvo.muragon.com/entry/2.html
2026.02.07
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