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去年の春くらいから精神的に不安定になっている自分に気がつきつつ、やっと精神科の門をくぐったのは12月。うつ病と診断されて2ヶ月ちょっと、2週間に1回通院しています。行くたびに薬が増えたり、服用回数を増やすよう指示されたりと(私にはお薬が少し少なかったのかな?回数を増やしたら随分楽になりました)、まだまだ時間がかかりそうな気がします。風邪みたいにお薬を飲んで数日で治る病気ではないから、のんびりとやっていくしかないんでしょうね。 医師も「家事なんて、ダンナさんかお母さん(実家が隣りなの)に頼んで、できるだけのんびりとした方がいいですね。あなたは真面目過ぎちゃう所があるから・・・」と言ってくださいます。私が真面目?そんなことないでしょう?って思ったから、「掃除をしたつもりでもまだ部屋の隅にほこりがあることもあるし、食事なんて専業主婦なのに夕食にレトルトタイプのものを使ってしまうこともあるんです。そんな私が真面目なんですか?」って聞いたら、「そう考えるところが真面目なんですよ。」って言われました。そして、「お子さんのことでカッとなってしまうことがあり、たまにですが叩いてしまうこともあるとおっしゃりましたが、お子さんを叩いた時にどういう感情が出てきますか?」と聞かれ、「言葉ではなく、暴力という形で自分の意見を通そうとすることが、母親として子供に対して申し訳なく思います。いっそのこと、私がこの場からすっと消えて、もっと寛大で優しいお母さんに育ててもらった方が子供たちにとっては幸せなのかな?と思います。」と答えたんです。 これ以外にもいくつか質問をされ、チェックシートに記入したりして、最終的にうつ病(軽い方らしいです)と言われた時、「治そうと思わないでのんびりと・・・」と医師に言われたって、大人はともかく子供がそうはさせてくれません。 3人の子供がいるのですが、長女は小学6年生、反抗期まっただなかです。4年生の次女はADHDとLDという障害があり、最近アスペの傾向も指摘される子。地域の障害児学級が定員オーバー(診断されたのが4年生になってから)のため通常学級に通っているものだから、回数が減ったとはいえトラブルメーカーです。末っ子の長男は1年生、頑固な部分はあるけど性格的には温厚で学校でもこれといった問題はおこさないんだけど、地域の野球チームに入っていて、これがまた保護者の出る機会が多いの。練習時間が17:30~20:30なので、送り迎えをしないといけないの。あ、ちなみに小学校と 子供会の両方で役員をしています。 どこにゆっくりとする要素があるんでしょうか?せいぜい、子供が小学校に行っている間に洗濯だけして、あとは横になっているしかないですね。ダンナさんはよくいうサラリーマンではないので、休みが不定期。平日にお休みがあるなんて当たり前なの。うつ病のことを理解してもらえていないので、「病気でもないのに寝るな!」って言われるから、ダンナさんが休みの平日は子供が小学校へ行っている時も横になれず、次の日はど~んと気分が落ち込みます。 障害のある次女がいて、障害についてわかってもらえずに、この子が起こすトラブルの対応(先生とか保護者とか、近所の人とか)に追われていた日々があり、それがうつ病を引き起こした1つのきっかけではあると思う。でも、おかげさまで最近は落ち着きつつあり、少し肩の荷が下りたかなとほっとしたのもつかのま、今度は長女の反抗期が待っていました。まぁ、小学6年生と言えば思春期の入り口、反抗しまくって当然なのかもしれませんが、なかなか手強いですよ。 とにかく今は、遊びたくて仕方がないの。自分からやりたいと言った習い事を2つやっているの。水曜日に習字、土曜日に合唱団なのですが、この頃さぼりがちですね。「今日は行きたくない!」と正直に言うんじゃなくて、どうにかこっちが納得出来るような言い訳を考えるのね。「それなら休むのも仕方ないわねぇ。」って私に言わせようとする。この時はね、親を親と見ないようなことも言うから、カッとなるやらあきれるやら・・・。 もう1つ、これが1番私としては腹が立つのですが、自分にとって不都合なことが起きた時に、どういうわけか私のせいにするのね。 この前も、登校して15分で小学校から電話がきたの。長女からで「筆箱を忘れたから、小学校まで持ってきて!1時間目は音楽だから、教室の机の上に置いておいてね!」と言われたのよ。「隣りの子に借りて授業をうけたらどう?」と言おうとしたけど、こっちの意見を聞く前に電話をたたき切ったから「しんどいけどしょうがないか・・・」って届けることにしたんです。でも、娘の机には筆箱がない。だから、仕方なくお習字用(毛筆だけでなく、ペン字もやっているの)のものを小学校のクラスの机に置いてきたんです。そうしたら、下校するなり「ママって使えないよっ!」って怒っているの。こっちとしては、ありがとうの言葉を言ってもらえるものだと思ったから、カチンときて「せっかく持っていってあげたのに、そのものの言い方はないんじゃないの?」って声を荒げちゃったのね。娘の持ってきて欲しかった普段使っている筆箱は、机の横にかけてあるお出かけ用のバックの中にあったものらしいの。そこには、鉛筆や消しゴムだけではなく、分度器やコンパスも入っていて、その日は算数のテストでその2つがどうしても必要だったんだそうです。「ママのせいで算数のテスト、私だけうけられなかったんだからね!0点とったのはママのせいだよ。」とまで言いました。今までなら、「筆箱を持ってきてくれたのはうれしかったけど、違う方が必要だったんだ。だから、算数のテストをうけられなかったの。」とまずは相手にありがとうという感じの言葉を言ってから、自分の主張をする子だったので、最近の長女の変化にはびっくりです。「筆箱が机に置きっぱなしになっていたら、少しは気がついてよ!」と言うから、「ママはね、元々物覚えが悪いしすぐに忘れちゃう性格の。今はうつ病があって、輪をかけて頭も体も動かないの。だから、ママを当てにしないで宿題が終わったらまずは最初に筆箱をランドセルに入れなさい!!」って怒鳴っちゃいました。そうしたら、「ママをあてにした私が悪かったよ。これからは自分でチェックするからいいよ!」ってふてくされながら、お友達と遊びに行っちゃいました。 娘の反抗期がどうにか落ち着いていく日と、私のうつ病が良くなる日、どっちが先なんでしょう?
Feb 28, 2005
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我が家では、3人の子供が毎日、懲りずに何回も口げんかをしています。本当に、飽きないのかしらってこちらが感心するくらいです。ささいなことで口ゲンカをする。「うまい棒」って10円のお菓子があるじゃないですか?あれのチーズ味とコンソメ味が2本あって、どっちがどちらを食べるかで、小学6年生と4年生がけんかをしている。よく、「きょうだいがケンカをする時は、下の子の精神年齢になってケンカしている。」と聞くことがありますが、うちの場合、それ以下の精神年齢になっているんです。 ゲームのこと、新しい雑誌を読む順番、物の貸し借り・・・いろんなことでケンカになるのですが、私の3人の子供の誰もがどんなに感情が爆発していても絶対に口にしない言葉があるんです。これは、私が子供たちが言葉をしゃべれるようになってすぐの頃から繰り返し言い聞かせてきたし、口にしたら、目の前に正座をさせてわかるまで言い聞かせたんです。そのために食事が1回出来なくても、文句は言わせない!それくらい子供たちには言って欲しくない言葉は3つです。○死ね○消えろ ○ぶっ殺すぞどんなに相手に対して腹が立っていても、その人の存在そのものを否定するような言葉を口にするのは、私の中では許せないことなんです。実際に生きていたくても生きることが出来ない人もいるし、戦争やあらゆる争いに巻き込まれて、何の落ち度も罪もないのに奪われていってしまう命だって、この世界にはいくらでもあるというのが、悲しい現実。そんな人達に対して、上にあげた言葉を言うというのは失礼極まりない。それに、相手の欠点を指摘したり、どうにも腹が立ちつい1回叩いてしまうことよりも、存在そのものを否定することの方がどれだけひどいことかということを、身につけて欲しかったんです。 それに、3年前、いとこががんで亡くなりました。今の私と対して変わらない年齢、まだまだ子供も小さく手がかかる時期でした。10年近く闘病生活をし、最後にはがんそのものよりも、強力な治療により体力が続かなくなってしまったんでしょうね。特にがんになっていない内蔵にも相当のダメージが与えられてしまったようで、多臓器不全で空へと還っていきました。 子供たちは、入退院の様子を知っています。いとこは治療で抜けた髪の毛をかつらでカバーするというのではなく、ありのままを見せようと、バンダナを巻くだけでした。亡くなるなる4日前、もう意識がもうろうとしてきてしまい、自分の手のひらをかざし「わぁ、お花が咲いている!きれいな花びらがひらひらしているでしょう?ねぇ、見える?」と言ういとこ。いとこは仕事も家事もきっちりとこなす人だと子供たちは思っていましたから、その様子に相当ショックを受けたみたいです。3人も子供たちは通夜にも、葬儀にも参列し、焼いた骨を骨壷に収めることもしました。「死ぬっていうのは、焼かれても熱くもないし、文句も言えないんだよ。いくらけんかで頭に来ていたって、それを相手に言うことがどういうことかわかる?許されると思う?」って繰り返しいってきたせいで、3人の子供は○死ね○消えろ ○ぶっ殺すぞという言葉はどんな状況でも口にしません。相手の存在そのものを否定する、それほどひどいことはないと思っています。 次女には障害がある分、いろいろと理解しずらいこともあるでしょうが、やはり人間としてやってはいけない最低限のことは親として伝えていくつもりです。
Feb 27, 2005
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去年の春あたりから精神的に不安定な部分があったのですが、はっきりとうつ病と診断されて2ヶ月たちました。 去年の11月~12月にかけてなんて、「お布団とお友達」状態でした。とりあえず子供を送り出すんだけど、今までは朝ご飯を作っていたのに、どういうわけか作る気力がないんですよ。だから、コーンフレークとか総菜パンをテーブルに置いておき、「朝ご飯だから、自分たちで食べて。」というだけで、ごろごろしていました。 元が社交的とは言えない性格なのに、輪をかけるように外に出るのが嫌になったのね。人込みが恐いというか、ショッピングモールや駅ビルなんかにいくと、人酔いしちゃうの。どういうわけか、人がたくさんいると気分が悪くなるのね。 基本的には気分の落ち込みがありテンションが低いくせに、やけにイライラする。今までなら気にならないようなささいな事で爆発しちゃう。最初は「障害のある子を含めて3人の子供を育てているから、それに小学校と子供会の両方で役員をしているから、ちょっと疲れちゃったのかな?精神的に。」くらいに思い、「何事も気の持ちようだから・・・」って自分に言い聞かせていたんだけど、前を見ようとしたけど無理でした。そして、12月の中旬くらいになると家事がほとんど出来なくなってね、お布団にくるまって横になっているか、子供を怒鳴りつけているか(手をあげたこともありました)っていう状態になり、さすがに「このままじゃいけない!」って思い、誰にも相談しないで精神科に行きました。 お薬を飲むようになり、少しずつですが改善されてきたように思います。まだ、1日中気分がいいということはありませんが、お布団にくるまっている時間が減ってきました。私の場合、気分の落ち込みは朝ではなく昼から夕方にかけてが1番ひどいの。朝はどうにかやっていけるんだけど、夕方あたりがつらいです。だから、当初は朝夜だけお薬を飲んでいたんだけど、途中から1日3回に増やしたんですよ。そうしたら、だいぶ調子が出てきて、昼過ぎに1回お昼寝をすればすむようになりました。ただ、人込みが嫌なのは相変わらずだし、話しかけられるのもちょっと苦手かな?外出といえば、スーパーとドラックストアしかないです。あと、小学校や子供会の行事でどうしても出なくてはいけない時も外出しています。精神科の医師も、「出かけたいと思わないのに、無理して出かけることもないですよ。外出したいと思えた時に、すればいいんです。のんびりとやっていきましょう。」って言ってくれています。 でもね、運動量が減っているから食欲も減っていいはずなのに、食欲はお薬服用前と変わらない。っていうか、かえって増えているくらいなの。過食かも?って思うこともあります。「どうして私、こんなにたくさん食べているんだろう?」って不思議になることも、たまにですがあります。しかも、体そのものが貧乏性に出来ているんでしょうかねぇ、「食べ過ぎたから吐く(汚い表現ですみません)。」ということがないんですよ。私の体、入ってきた栄養はきちんと取り込まないといけないように作られているみたいです。 運動量が少ないのに、食べる量が変わらないか増えている・・・そんな状態が2ヶ月以上も続けばどうなるかは一目瞭然!太ってしまいました。元が160センチ64キロのおデブさんなのに、それ以上に太ってしまい大台間近なんです。これって、生活スタイルの変化だけなのかなぁ?それとも、お薬の影響もあるのかなぁ?どっちだろう。私の飲んでいるお薬は(全部1錠ずつ)○1日3回、毎食後 デパス 0.5mg トレドミン 25mg アモキサン 25ミリグラム○就寝前 サイレース 2ミリグラム レンドルミン 0.25ミリグラムなんですが、太ることとは関係あるのかな?何しろ、太るペースが結構なペースなんで・・・ 過食に気をつけるくらいは出来そうですが、まだウォーキングをする気持にはなれないんですよ。せめて、家事(最低限ですけど)の時の動きを素早くして、ほんのちょっぴりですが、カロリー消費を心がけたいと思います。 卒業式、入学式が待っているものですから、すぐそこに!
Feb 26, 2005
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小学4年生になり、今でこそ少しずつ落ち着きつつある次女ですが、幼稚園入園前後はとにかく多動がすごくてすごくて!スーパーで5秒目を離すと、もうそこにはいないというような子でした。そんな次女ですが、3才近くになり、幼稚園について考えなければいけない時になったの。正直、「ここまで落ち着きがない子を入園させてくれる幼稚園なんてあるのかな?聞き分けも全くと言っていいくらいないし・・・。」と思いました。でもね、長女が当時幼稚園に通っていたこともあり、「在園児の兄弟姉妹は希望すれば入園可能。」ということで、すんなり決まったの。 それでも一応試験というものはあったんです。でも、途中のものが省かれて、親子面接のみだったんです。それも、面接の内容次第で不合格になるということはなく、親がこの幼稚園に子供を通わせる意志があるかどうかを確認するのが1番の目的というものでした。「はぁ、えりは2人目の子でよかったよ。もし最初の子で全部試験を受けなくてはいけなかったら、多分落ちていたんじゃないか?」って思いました。親子面接はだいたい5~10分ということもあり、次女には「お部屋にいる間おりこうさんにしていると、お姉ちゃんと同じ幼稚園に通えるよ!大きいすべり台で毎日遊べるようになれるかもしれないね。楽しみだね。」と話をして、名前と年を言う練習を軽くさせただけで、リラックスした気持で受験の日を迎えました。 でも、すんなりとはいきませんでした。たった5~6分の面接なのに、次女はやらかしてくれたんですね。椅子に座ったはいいものの、2~3分で立ち歩いちゃうというのは予想の範囲。3年保育希望でしたから、みんな3才前後、落ち着きが無くても特別目立つということもなかったの。それくらいの子って、元気いっぱいでおひざに手を置きお話を聞くなんてことなかなか出来るわけないというのは幼稚園サイドも知っているしね。それに、受験といっても、塾に通ったりして受験する有名私立幼稚園ではなく、地域にある普通の幼稚園でしたから、それも大目に見てもらえました。 えりも最初は好調でした。名前も年齢も、どちらもきちんと言えたんです。園長先生に、「この幼稚園にきたら、最初に何をしたいですか?」と聞かれ、「門の近くにある大きなすべり台でいっぱい遊びたいです。」と言えたんです。「えり、今日はやけに落ち着きがあるな。」と安心していたところ、今度は副園長先生が「えりちゃんはお姉ちゃんが、この幼稚園のすみれ組にいるよねぇ。それに夏に弟が産まれたから3人きょうだいだね。おうちでは何をして遊んでいるの?」と優しく聞いてきたんです。それに対してえりは、元気良くこう答えました。「はい、今のところ3人きょうだいです。でも、これからはわかりません?」 副園長先生、首をかしげていました。予想外の回答だったみたいです。えりは、聞かれもしないのにしゃべり続けました。「だってねぇ、おばちゃん(副園長先生のこと)、パパが昨日の夜、俺だってまだまだ伸びる、まだまだいける、って言ってたもん!まだ俺だって出来るんだって言ってたんだよ、ママと・・・」面接会場となった教室、えりをのぞく大人3人は凍りつきました。面接の流れが完全にストップしてしまいました。 試験の何日か前、ダンナさんは職場の仲間とボーリングに行ったの。それで思っていたほどスコアが伸びなかったようで、帰宅した後くやしがっていたのね。だから、それを私が「若い若いって言っても、もう3人の子持ちなんだからさぁ、体は年をとってきているのよ。いつまでも若いのは気持だけなんじゃないの?」ってからかったの。そうしたら、ダンナさんが「3人の子持ちって言っても俺はまだ30才になったばかりだから、まだまだ若いよっ!今日のボーリング大会はたまたまスコアが伸びなかっただけだよ。俺だってやれば出来るんだよ。今日はいつもよりスコア悪かったし、くやしい気持もあるから今度練習がてら家族でボーリングにでも行こうか?」って話をしていたのを聞いていたえりが、そのことを面接中に思い出して、あの発言をしてしまったんです。それがまた、うまいくらいはまってしまったらしく、園長・副園長先生共に爆笑していました。下を向いてうつむいていたのは私だけです。えりはなおも話を続けました。「ねぇ、いいこと教えてあげるね。赤ちゃんって、パパとママが手を握ったまま朝まで寝ていると出来るんだよ(こう教えていたんの)。パパ、お仕事で疲れていていつもすぐ寝ちゃうけど、まだ出来るとかやれるって言っていたから、もし、今度パパとママが手を握ったまま朝まで寝たらもう1人赤ちゃんが出来るかもしれないでしょ?だから、今のところは3人きょうだいだけどぉ・・・」えりのマシンガントークは絶好調。 穴があったら入りたい、なければ自分であけてでも入りたいといった表情の私に気付いてくれた園長先生が「えりちゃん、家族が仲良しっていうのはいいことだね。隣りのお部屋(控室)に積み木があるから、ママとお話している間はあそこで遊んでいてくれるかな?」と言ってくださり、副園長先生に目で合図を送っていました。副園長先生も場の空気がわかっていたようで、えりの手を握り、積み木のところまで連れていってくれました。 そして、園長先生と私で簡単なやりとりをした後、「お姉ちゃんが通園していることですし、えりちゃん自身、言葉の発達も早く素直なようですから、これといって入園にあたって問題がないと思います。」と、その場で入園の承諾をいただき、入園に必要な書類を受け取り、教室を後にしました。 場の空気を読むのが苦手なのはこの頃からでした。だって、幼稚園を後にする時、私が「あそこにいる男の人が園長先生、女の人が副園長先生だよ。先生さようならって言ってから帰ろうね。」と言ったにもかかわらず、「おじちゃん、おばちゃん、また遊ぼうねぇ!」って元気に言っていましたから。他の子は「先生、さようなら。」って言えていたもの。親としてはとても恥ずかしかったです。 話は急に変わるけど、月曜~金曜日の昼10時から、フジテレビで「こたえてちょうだい」という番組が放映されているのを知っていますか?毎回テーマを決め、視聴者からの投稿を再現ドラマにして、それを見た司会者やゲストがいろいろとコメントする番組なんです。情報バラエティーです。以前は、「どうなっているの」というタイトルだったの。 どーなっているのが放映されていた時、募集テーマが「お受験赤っ恥」だったので、えりの受験の様子を書き、軽い気持ちで投稿したんです。そうしたら、どういうわけか採用されてしまったのね。それで、再現ドラマの前後に流す本人のコメントのために、我が家にテレビ局の人が来たの。 初めて見るテレビカメラやライト、マイクなんかに興味津々のうちの子たち。まずは私への1分間程度のインタビュー、これはすんなり終了しました。 次にえりへのインタビュー。テレビ局の人に「えりちゃん、幼稚園の面接の時のこと、覚えている?」と聞かれ、なんとこう答えたの。「面接って食べ物?それっておいしいの?」 テレビ局の人、さすが仕事で慣れています。えり相手に固まったりしません。笑顔で「面接っていうのはね、幼稚園に入っていいかどうかお話することなんだよ。どんなお話をしたか覚えている?」と再度えりに聞いたの。そうしたら、えりはまたもやこう答えました。「お話なんてしなくたって、門の鍵を開ければ幼稚園に入れるよ。それよりおじさん、えり、ハムスターを飼っているから見せてあげるね。」と言い、テレビ局の人の手をひっぱり、階段を昇っていきました。カメラマン、照明係、大笑いしていました。 実際放送された時も、司会者やゲスト一同、ビデオ終了直後はノーコメント、固まっていました。当時、サブ司会者だったホンジャマカの石塚英彦さんが、えりの映像やコメントを「今の時代、これくらい自分の思ったことややりたいことをストレートに表現できるのって、見ていて気分良いですね。」と気に入ってくれた様子。その日、数ある再現ドラマの中から「石塚賞」として、えりのことを選んでくださいました。賞品は冷凍食品3万円分。幼稚園は給食なし、お弁当のみでしたからとても助かりました。でも、しばらく近所の人に笑われたのは痛かったかもしれません。 えりは学区域の中学に進学させるつもりですが、もし中学受験をしたら・・・・、まさか幼稚園の時みたいな場を凍りつかせるようなことはしないでしょうね。したりして(笑)
Feb 25, 2005
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次女の俳句(もどき?)が思いのほか好評みたいだったので、同じ時に長女が書いた俳句を2つ書きますね。○雪が降る いろんな音を 飲み込んで○成長期 私の前を 素通りか? 1つめは親ばかながらなかなかのものだと思うけど、2つ目は長女らしいというか、何というか・・・。きっと、1つ目の俳句を作るのに時間がかかってしまったか、飽きちゃってやけになって書いたのかな?確かに長女は小柄だけど、成長期が素通りするっていうことは無いと思うよ。大丈夫、そのうち来るから! ところで、子供を育てているとよく聞く言葉に「今が可愛い盛りよねぇ~」というものがありますよね。あれっていったい何才なんでしょうか? 私、昨日ね、小学6年生の長女のことを可愛いなぁって思ったんです。ううん、長女だけでなく一緒にいた友達5人も含めて、まとめて抱きしめようと思ってしまいました。 「着信あり」という映画が以前上映されていて(私は知らなかったけど)、今はDVDがレンタルされているの。 長女のクラスでは、恐怖映画っていうのかなぁ、スリラー系の映画が人気あるみたいなのね。もちろん、年齢制限されているようなものではなく、ちょっと恐いよぉっていうくらいのものです。遊園地のお化け屋敷、恐いけど興味ある・・・そんな感じです。 主演の女優さんが人気のある人みたいで(柴崎コウさんでしたっけ?)、DVDを見たいっていう子が何人もいたの。でも、レンタルされ始めてまださほどたっていないから、レンタル料金が高いのよ。380円くらいだったと思います。 これって、大人にとってはこれといった金額ではないんだけど、小学6年生にとってはちょっとした金額らしいのね。うちの長女のクラスの子供たちがもらっている1ヶ月のお小遣いは、1000~2000円なんです。その中の380円っていったら結構な金額ですよね。DVDをレンタルしたい、でもそれをしたらお菓子やマンガが買えない、でも見たいっ!!って本気で悩んだみたい。 そんな中、ある女の子が何気ないおしゃべりの途中で「着信ありってもうレンタルされているでしょう?私、いつも行くレンタルビデオショップで見かけたの。でも380円するんだよね、レンタルするのに。高いよね、お小遣い1500円だもん!でも、お母さんは小学生のうちからそんな映画を見たらダメって言うから、頼めないし・・・」ってぼやいたの。そうしたら、その子としゃべっていた子も同じことを考えていたみたいで、「そうそう!私も見たいけど、高いよね。せめて200円くらいになるまで待とうかな?(この180円の差が小学6年生には大きいみたい)」って、ちょっと大きい声で言ったら周囲の子から「私もだよぉ~」「380円だって!もう少し安ければいいのにっ!」って話になり、「どうしたら安いお金で着信ありを見ることが出来るか」という話題で盛り上がったんです。いろんなレンタルショップを見てまわったけど、やっぱり380円が妥当な金額みたいです。「やっぱり無理かなぁ~」ってことになった時、長女が「着信ありのDVDを見たい人って何人いるの?人数が多ければ、誰かが借りてレンタル料金をその人数で割れば、お菓子買うくらいの金額で大丈夫じゃない?」←うちの子、算数は苦手なのに、こういうことは得意みたい(苦笑)って言ったの。クラスの女子に聞いたら、レンタルしてでも着信ありを見たいっていう子が6人いたの。 そうすると、1人あたり60円集めればレンタル出来ます。60円なら1回駄菓子屋さんに行くのを我慢すれば出せる金額。名案ですよねっ! 結局、私のメンバーカードを使い着信有りをレンタルして、1人当たり60円もって我が家に集合。6人で集まって見るということになりました。 昨日、6人がうちに来て「着信有り」を見たのですが、その様子が可愛かったの。お小遣いをかき集めたんでしょうね、10円玉や5円玉ばかりでした。ちょっと照れたようにお金を手渡すその姿、可愛かったですよ。「恐い映画って、暗い方が雰囲気あっていいよねぇ」と家の雨戸を閉めたり、「1人じゃ恐いから、○ちゃんと手をつないでいていい?」と聞き合っていたりしてね。仲良しのYちゃんなんかは、「おばさん、いつ音も聞きたくないくらい恐くてたまらなくなってもいいように、布団をかぶりながら見たいんです。すみませんが掛け布団を借してください。」って聞いてきたの。両手を合わせてお願いするポーズをするもんだから、素直さが可愛くて可愛くて・・・。しかも、Yちゃんが掛け布団をかけながら見始めたら、他の子も「あっ、それ名案だね。」と言い始め、「おばさ~ん、私にも布団、お願いしま~す。」と合計3枚を掛け布団を貸しました。夢中になりDVDを見ていた6人の6年生。手をつなぎ合ったり、肩をよせ合って頭から布団をかぶったり、授業中はメガネをかけないのにDVDの途中からメガネをかけたり。途中で耳を両手でふさぎながら見ている子、あまりの恐さに叫びながら立ち上がり隣りの子の肩にほっぺたをぶつけてしまった子、片目だけ開けている子、いろんな子がいました。みんな授業より真剣だったような気が・・・。 おやつにと手作りパン(小さめサイズを12個)を用意していたのですが、みんなDVDに夢中だったのね。終わってから慌てて食べていました。「ごちそうさまでした。」「ありがとうごさいました。」と、元気にあいさつをし、手を振りながら帰っていく5人の小学生。ケンカもするし、生意気なことを言い怒らせたりするけど、根っこは素直でいい子たちです。 私にとって、「可愛い盛りって○さいくらいまでよね。」「○才くらいの頃は・・・」というものはありません。 確かに、小学6年生にもなると反抗期ですから、腹の立つこともたくさんしたり言ったりするし、叩きたくなることもあります。親を親と思わない発言もありますしね。まぁ、反抗期の今は、思いっ切り反抗させてあげようと思っています。本来の反抗期におとなしく反抗もしない子で、もっと年齢を重ねた時に反抗されるっていうのもちょっとねぇ。小学6年生にとっては、反抗も仕事のようなものだと思うようにしています。きっと「子供が何才になっても、私の子供でいる限りはいつもが可愛い盛りなんだろうなぁ。」と思いました。
Feb 24, 2005
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次女の通う小学校では、学期ごとに「俳句大会」というものが開催されます。国語教育というか、日本語の良さを教えたいという小学校の意図があるみたいです。 次女、国語は大嫌いです。しかも、度が過ぎるくらいにマイペース(自分の世界に入り過ぎ?)だし、型にはまるのも大嫌いだから、俳句なんて興味ないみたい。でも、さすがに高学年になり「みんながやっているのに、私だけやらないのもマズイかな?がんばってやらないとダメかも?」って思ったらしいのね。すごい成長です。でも、ここで大きなネックがあるの。次女、「季語ってどういうものか知らない。」んです。「季節を表す言葉だよ。季節を連想させる言葉っていうのかなぁ・・」って説明し、季節ごとに主な季語を3~4個だけ教えたの。あまりたくさんだとわからなくなってしまうからね。夏だったら、「かき氷、すいか、プール、海」みたいに簡単に説明したの。 次女、やたら頭を抱えていると思ったら、それでもどうにか「ママ、えり、ちゃんと俳句作れたよ!」ってうれしそうなの。どんなのが作れたか知りたくて聞いたけど、教えてくれません。最近ちょっと秘密主義(?)のえりです。 授業参観の時、クラスみんなの俳句が張り出されていたんだけど、次女のはいろんな意味で光っていました。 ここで次女の俳句を発表します。「ランドセル 前に背負えば 弁当屋」・・・どこに季語があるんでしょうか?次女は、ランドセルが春の季語だと思っているらしいですよ。(新入学生がいるからだそうです) もちろん、俳句大会には入賞出来ませんでしたが、私としてはえりなりの味があってなかなかいいと思っています。 すみません。はりきってフリーページを作っていたので、もう頭の中がぐちゃぐちゃです。短めだけどごめん!!私の脳みそは、もう働く気がないみたいです。 おやすみなさい。
Feb 22, 2005
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実は先月10才のお誕生日を迎えたえり。今はまだ読んで欲しいとは思わないけど、今の私の気持ちを手紙にしてみました。もう少し成長したらいつかは読んでもらいたいです。「10才になったえりこちゃんへ!」 えりこちゃん、お誕生日おめでとう。10才になって始めてみた朝の光は何色でしたか?とてもまぶしいかな?それとも、「まだ6時30分だ。後30分お布団の中でコロコロしていよう!」なんて言ってはみたものの、安心してぐっすりと眠ってしまったのかな?それじゃせっかく早く起きたのに、遅刻になっちゃうよ。 でもそうだとしたら、10才になるという記念の日の朝を、とってもえりこちゃんらしく過ごしたということになりますね。そんなのんびりやさんで、ちょっとうっかりやさんのえりこちゃんが、ママは大好きです。慌てている時のえりこちゃんの顔ってすごく可愛いって知ってた?ママしか知らないえりこちゃんの秘密だね。もったいないから、みんなにはこのことを内緒にしちゃおうっと! あのね、えりこちゃんには「ADHD(注意欠陥多動性行動障害)とLD(学習障害)」という形容詞がついています。えりこちゃんはまだ小さくてわからないだろうけど、世の中の人の中にはねADHDやLDという言葉に○どうして知的障害のある子供が産まれたの。○可愛そうにねぇ、小さいのに障害があるなんて。○運が悪いのか、不幸な子供だわ。という言葉を重ねる人がいます。 小さい頃からお友達を作るのが苦手だったえりこちゃん。幼稚園や小学校の低学年の頃は、自分の感情をコントロ-ルするのがとっても下手っぴで、よくケンカをしたね。先生にも、周りの子以上に怒られていたね。お家にいる時も、お姉ちゃんや弟はあまり怒られないのに、えりこちゃんはママやパパにいっぱい怒鳴られたり、叩かれたりしたね。今思えば、障害がそうさせていた部分もあったのに、先生やクラスメイトのお母さんだけでなく、ママやパパまで「わがままで我慢が出来ない子」って決めつけちゃってごめんね。誰よりもわかってもらいたいママやパパにわかってもらえなくてつらかったでしょう。本当にごめんなさい。1回だけじゃ足りないよね。もう1回ごめんなさい。まだまだ足りないかな? えりちゃんにADHDとLDという障害があるってわかったのは、去年の4月。4年生になってからだったね。それまでのママは弱虫でした。出口の無いトンネルに迷い込んだみたいで、声を押し殺して泣いてばかりでした。そんなママの姿を見て、パパは「泣けばいいっていうものじゃないだろ!」と怒りました。「そうだね。」って言った後、パパのいないところで、また泣きました。ママは、立ち上がることは出来ても、1歩前に出る出来ませんでした。 えりこちゃんはママが泣いていたことは知らないけど、もし知っていたらきっと、半分怒り、半分笑いながらこう言うかもしれないね。「もう止めて欲しいなぁ。どうして私がいるとママとパパはケンカをするの?ママは泣くの?」って・・・。 ママは、えりこちゃんに障害があることがわかり、障害がなかったら出会うことがなかったはずの人と出会いました。パソコンが苦手なママが作っているホームページもそうだよ。そんな出会いの中で、ママは「人は必ず誰かに支えられて生きていくんだね。」ということがわかりました。実際にえりこちゃんと同じ障害のある子たちと触れ合ったりしているうちに、「誰だって誰かを救う力があるんだ!」と確信しました。これは、えりこちゃんからママへの大きな大きなプレゼントだね。ありがとう! ママは、今はあまり泣いていないし、困り果てて倒れるまで悩むようなこともなくなってきました。胸をはって言えることの1つに、「ADHDやLDについて、それがどういうものか知っていれば、泣きたくなったり、言葉が出なくなったりすることは減るよ。少しだけど、楽になるよ。だから、恐がらずに知ろうとしようね。」があります。 えりこちゃんの周囲の人はえりこちゃんのことを、「情緒障害児」「ADHDとLDのある子供」と言ったりするよね。それは間違っていないこと。でも、えりこちゃんはえりこちゃん。「おぎ○○えりこ」というちゃんとした名前を持った、この地球でたった1人のかけがえのない人間です。 これから、えりこちゃんは何人もの人たちに勇気というものを授けてくれると思う。少なくても、ママはえりこちゃんから勇気というものをもらったよ。誰が誰の心の支えになるかわからないけど、えりこちゃんが誰かを支える日も来ると思います。ADHDやLDは小さな壁ではないけど、一緒に乗り越えて行こうね。パパやお姉ちゃん、ゆうきくん(えりこの弟です)、おじちゃんやおばあちゃん・・・まだまだえりこちゃんを応援してくれる人はいるから、安心していいんだよ。 もう少し大きくなったえりちゃんが、「私はこれが好き!これをやりたい。」というものにめぐりあった時は、「大丈夫!がんばってごらん、出来るよ。」って、その背中をポンと軽く押してあげるから、そこからはえりこちゃん自身の足で歩いて行って下さい。 ママの大切なえりこちゃん、これからも一緒にいろんなこと、やっていこうね。 大好きなえりこちゃんへ・・・追記↑の手紙をここに打ったのは今日の深夜なのですが、朝からえりはやらかしてくれました。 登校したのが8時20分(登校班には10分遅れ)、小学校から電話がきたのが8時35分。遅刻については、自分1人で登校しようとする意志を小学校サイドも尊重してくれていて、大目に見ていただいているんです。だから、「登校していきなりケンカ?」と思いました。「今日から1週間、また学校かぁ。嫌だなぁ・・・。」って、登校する時から不機嫌でしたから。 でも違ったの。「登校の途中で1度は小学校の方向に歩いていたのに、急にえりちゃんがイライラした感じで自宅の方向に戻っていくのを見た保護者から、小学校に連絡がありました。すみませんが、自宅周辺と小学校までの道を探して見て下さい。」どういう様子で連絡がいったのかはわかりませんが、担任がちょっとヒステリック気味だったので、慌ててえりを探しに行きました。喘息の発作の最中だったので、息を切らしながら探したの。もう4年生だから迷うわけはないし、交通ルールはわかっている子だから、そのうち機嫌が直れば登校すると思うけど、のんびりともしていられないし・・・。 結局、えりはどこにもいませんでした。遅刻にはなりましたが登校をして、朝礼にも参加していたそうです。(事務のおじさんが連絡をくれました) 何かが起こりそうな予感のする月曜日の朝でした。
Feb 20, 2005
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今日、次女の通う小学校のバザーに行ってきました。買うほうではなく、売るほうです。役員、しているもので・・・。 いろんな商品がある中、私の担当は「おでん屋さん」です。市販品を温めるだけだから別に難しくはないのですが、基本的には決して社交的ではないので、人相手をするのがちょっとねぇって思っていたの。「バザーは10~12時だけど、時間が長く感じるんだろうなぁ。」と思っていたけど、実際は時間の流れがとても早く感じました。 東京は冷たい雨が降っていて、「これだけ寒いなら、きっと温かいおでんはよく売れるだろう!」と思ったのに、寒すぎたのかな?人があまり来なくて、暇なくらいでした。なんて言ったって、このどんくさい私が1人でやりくり出来たくらいですから(笑) それでも、時間が早く感じたのはえりも一緒にバザーに行ったから。えり、大勢が集まる場所、大好きなの。今日も、体育館の中をまるで水を得た魚のごとく走り回っていました。イキイキとしたいい顔(?)でね。ADHDの子にとって、バザーとかフリマって遊園地かテーマパークみたいなものなのかしら?動く動く!!走る走る!!大はしゃぎするものなぁ。楽しいのね。最近、落ち着きつつあるえりですが、今日は久々にADHDっ子らしさを見ることが出来ました。 体育館中を動き回り、時に売り子さんや会計係もやろうとする(テンション、上がり過ぎたかも?)えりを見て、同じクラスのお母さんがこう言ったの。「えりちゃん、産まれる国、間違えちゃったのかしら?アフリカとかオーストラリアとか、広い大地に自然だけがある、そんな国だったらきっとえりちゃんらしさをいかして生きていけそうねぇ・・・」 確かにそうかもしれません。妙に納得してしまいました。 今日はちょっとお疲れモードなので、短めの日記ですみません。
Feb 19, 2005
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次女には話をしてあるんですよ。ADHDとLDの簡単な説明や内容、原因やなんかをね。そして「クラスメイトと同じじゃないことは悪いことではない。あなたがやろうと思ってやったことじゃなかったり、悪気はないのに、トラブルやケンカになることがあるかもしれないよ。でも、それはADHDやLDが原因でえりちゃんのせいではないことも多いけど、自分自身でどうやったら減らせるか考えることは必要だよ。えりちゃん自身でうまく考えられなかったら一緒にママも考えてあげるから、これ話したら怒られるかな?なんて思わないで何でもママに言ってね。一緒にどうしたらクラスの子とのケンカを減らせるか、どうやったらえりちゃんの小学校での時間が楽しいものになるか考えようね!」ってことを言ってあるんです。 だから、帰宅後には大抵えりのマシンガントークが始まるのですが、最近はちょっとだけしか話さないことがあるの。でも、「ケンカやトラブルがなくなってきたのね。」と一安心、でもなく本人なりの考えがあってのことらしいです。えりの今小学校生活をおくる上での大きな不満や不安は、えりの言葉を借りて簡単にまとめるとこうなんです。「私はどうしても、それなりとか当たり前って言われる行動が苦手だから、先生にわかって欲しいの。もっと褒めて欲しいし、話しを聞いて欲しい。」なんです。それでね、担任の先生に2回にえりの気持や親の考え、障害について(ADHDやLDという言葉の意味すらはっきりとは知らない先生だったので)手紙を書いたの。手紙の内容は、フリーページにそのまんま載せたので良かったら読んでください。 正直、熱心過ぎて自分の価値観や先入観で生徒を判断してしまいがちな先生。欠点を指摘して、そこから負けん気ややる気を引きだそうとするのね。その方法は間違っていないです。長女なんかはとてつもなく負けん気の強い子だから、先生に悪くいわれたりするとがぜんやる気を出すのね。そういうタイプの子には良い先生だけど、次女は長所を褒めて伸ばしていった方がいいタイプ。障害への理解の少なさもあって、正直きびしい状態が続いたの。だから思い切って手紙を書いたんだけど、昨日、返事が来ました。全文を書きます。「先日は詳しいお手紙をありがとうございました。学校でも、以前と比較して随分我慢が出来るようになりました。トラブルも減ってきていて、よい傾向だと思います。友達からも、その点は認められてきていて状況は穏やかです。私も増々、えりちゃんが良い方向へ向いていくよう支援していきたいと思っています。何かと不行届きの点もあろうかと思いますが、よろしくお願いいたします。」「穏やかではないぞぉ~。えりに言わせると毎日ケンカをふっかけられるって言っているよぉ~。」とは思いましたが、理解しようという気持ちがこちらにも伝わり、うれしく思いました。思い切って手紙を書いてよかったです。 以前、担任から「お昼くらいから、どうにも落ち着きがなくなり、トラブルやケンカをやり出す。」と言われ、「今は朝1回だけお薬を服用しているそうですが、昼も追加した方がいいのでは?」と言われたのね。でも、心療内科の先生に直接えりを診察してもらったところ、「だいぶ周囲や自分を客観的に見ることが出来るようになったので、今後は逆に服用回数を減らすことを検討してもいいくらい。」という診断。リタリンは4時間程度の効き目。でも、4時間たったから突然服用していない状態になるというわけではなく、多少ですが惰性で効き目が残るらしいです。(時間は短いけどね) 「だったら、朝ではなく小学校について少したち、1時間目が始まるころにリタリンを飲んだらどうか?」ということになり、えりは今、名札の裏側にリタリンを入れて、朝の会が終わり1時間目が始めるまでのわずかな間に、ダッシュで水道まで行き、リタリンを飲んでいます。今のところ、飲み忘れは1回だけです。担任にも、「忘れていたら一声かけてあげてください。」と言ってあります。えりの本来の担任が体調不良で休職しているので、今の担任は退職した先生が臨時で月~木の午前中だけきてくれているのね。金曜日に飲み忘れたってことは、手紙の内容がうまく先生たちの間で伝わっていないということなのかしら? 服薬だけでなく、手紙の内容は、えりに関わる他の先生にも知っておいてほしいものだから、他の先生にも読んでもらえるように伝えようと思います。
Feb 18, 2005
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138センチ、小学6年生にしてはとても小さいですよね。まぁ、体重も30キロだから、太くもなく細くもない、バランスのとれたおチビさんなんです。体が小さいせいで、どうしても実際の年齢より幼く見えるのですが、心は大きく成長しているみたいです。 それを実感したのはね、先週クラスで出された宿題の作文なの。担任が、「国語や算数、家庭科なんかは今の生活の中でも利用できたり役に立ったりするけれども、歴史って今の生活とはかかわりないよね。でも、勉強するでしょう?」ということで、「何で歴史を学ぶのか?自分なりの考えを短い文章を書いてくる」という宿題を出したんです。漢字や計算のプリントよりもずっと難しい宿題だと思うのですが、次の日にはクラス全員が書いてきたんです。やんちゃもすれば手のかかる子もいっぱいいるけど、基本的に素直な子ばかりのクラス。素直すぎて、「お父さんに聞いたら、学ぶんだから学ぶんだ!って言われました。」と書いてきた子もいました。ストレート、ど真ん中直球ですね。嫌いじゃないなぁ、こういう子(笑) ちなみに、長女の文章をそのままそっくりのせます。 「私は、最初は昔の人の考え方をしっておいて、同じことがおきたときに、昔の人がかいけつした方法をとればかいけつできるから、と思っていました。そして、歴史を習い終わった今では、もう二度と戦争をおこさないように、習ったことを活用して戦争をなくすためだと思っています。こういうことには正解・不正解はないと思うし、私にとって戦争とは、つらい思いをするだけのものと思っているからです。だから、色々な考えの中から、1つだけ歴史をならったのは、戦争というものを消すため。だれもかなしい思いをしないための歴史。私は先生との授業で、それが一番心に残りました。」 微妙に漢字が少ない気もしますが、全体的に「うちの子も大人になったなぁ・・・」という印象を持ちました。いつまでも子供ではいないんだなぁと思いましたね。小さい体にいろんなものを詰め込んでいる子です。 でもね、学校では大人っぽいことをするのですが、家の中では「おばかさんモード全開!!」な時があります。うちは11才・10才・7才と、3人の年齢が近いということもあるのかもしれませんが、誰かがおばかさんなことをやりだすと、誰かが止めればいいのに全員一丸となって大騒ぎをするんです。1+1+1が、3ではなく10にも20にもなるんですよ。それはもう、こっち怒るのを通り越して、黙って静観するしかない状態になります。笑う気力も失せるくらいのパワーで騒ぎだします。 昨日、夕食のメインを牛丼にしたのね。作り方はいたってシンプル。味付けした出し汁にタマネギとしらたきを入れて火にかけ、沸騰したら弱火にして、タマネギがしんなりしてきたら食べやすい大きさに切った牛肉を入れて、火が通れば出来上がりというものなの。それで、沸騰してからタマネギがしんなりするまで少し時間がかかるから、一口サイズに切った牛肉を鍋の側に起き、私は2階(台所は1階)洗濯物をたたんでいたの。そうして10分くらいたち、台所に戻ったら3人が鍋の側にいる。「そんなにお腹がすいたのかしら?」って、可愛いなぁと思ったのが間違いだった。 だって、3人の口がもぐもぐと動いているんだもん。「まさか生肉を食べている?」って思ったよ。でも、鍋にはしを入れて動かしている・・・、まさかっ!!あんたたちやらかしたわねっ!!って思いました。「3人揃って、煮えている出し汁を使いしゃぶしゃぶごっこ」をしていたんです。以前、何回か夕食をしゃぶしゃぶにしたことがあったのですが、まさかそれを牛肉を入れる前の牛丼の出し汁でやるとは思いませんでした。たしかにお腹が空く時間ですよ。でもね、「ママ、お腹が空いたから夕飯早くして!!」って言えばいいのに、誰が言いだしたんでしょうね。しゃぶしゃぶごっこ!・・・長女あたりが怪しいです。
Feb 17, 2005
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1年ちょっと前かなぁ、次女が3年生の3学期になるかならないかの時だったと思います。1才半から「この子は他の子とちょっと違う!」と思い続け、保健所で相談しても「小さい子なんて、多かれ少なかれそういうものでしょ?」と言われ、長男を出産したこともあり(長女が4才、えり2才)、幼い3人の子育てに追われ、障害とかどうかなんて考えていませんでした。毎日があっという間に過ぎ去っていた時期です。朝起きて、気づくともう夕方?みたいな感じだったものなぁ。 それで、次女が幼稚園に3年保育で入園。幼稚園という集団生活の中で、「ちょっと違う」と親が不安に思っていた部分が、どんどんと具体的な問題行動として形になっていきました。年少のころ、「赤ちゃんがいるからって、真ん中の子だからって、お母さんっ!子育ての手を抜いちゃいけませんよ。どの子もあなたの子供なんですから。」と、園長先生に注意されました。事務室で、40分くらいかけてね。 年中になると、力がついてきた分、今までなら相手を叩いても皮膚が多少赤くなるくらいだったのが、時にはあざになることもあり、苦情の電話(相手の親だったり、幼稚園だったり)が増えてきた時期です。 年長さん、ケガをさせることがなくなったの。これは、えりが成長してケンカが減ったのではなく、周囲の子がえりを避けるようになったから。周囲との接触がなくなってきたからです。幼稚園でのトラブルは多々ありましたが、毎回、どうしてえりちゃんがしたことが悪いのか?と説得してくれることも減り、ある意味親として辛い時期でした。そんな感じの幼稚園時代を過ごした子が、小学生になったからって急に「みんなと一緒」ができるわけありません。成長し、今度は力だけでなく知恵もつきます。誰でもそうですが、授業から得る知識だけが知恵じゃないですよね。生活していく知恵、何かと向き合う(病気だったり恋愛だったり、友人関係だったり)知恵、いろんな知恵が、人間として生きていく上で必要です。 そんな中、良い知恵だけではなく「悪知恵」だって身につけちゃうんですね。えりもそうでした。小学生になり、知恵も悪知恵も身につけ、それはそれは親を振り回すようなことを日常的にやらかしてくれました。学校からの電話のベルが怖くて怖くて・・・、電話のベルがなるたびに動悸と吐き気がしたものです。電話が間違え電話だったり、セールスだったりすると、どういうわけか安心したものです。「良かったぁ、小学校からの呼び出しじゃなかったよ。間違え電話でよかった!」と、今考えると不思議な納得の仕方をしていた私です。 このころには、すでに週1回カウンセリングを受けていたのですが、大きな改善は見られず、逆にトラブルの内容が複雑になり、もう「親として、どうこの子を育てていったらいいのかわからない。」という状態。周囲からは、耳をふさぎたくなるような言葉の数々(全部書くと、一気に超うつモードになるので省きます)を言われ、カウンセラーには感謝しつつも「もう親やカウンセラーや先生だけではどうにもならないんじゃないか?接し方とか、育て方ではどうにもならない何かがこの子にはあるんじゃないかなぁ?障害とか病気とか、そういうのが根底にあるのかも?」と思い始めました。私自身は、小学1年生の後半あたりから「心療内科」という言葉が時々頭をかすめてはいましたが、主人が「自分の子供を障害者にしたいのか!我が子をそういう扱いをして楽しいのか!まずはお前の育て方を根本から直せよ。俺はそういう所に子供を連れていくのは認めないし、そういうことをしたらお前も許さない!」という頑なな態度だったので、行きたくても行けなかった。冗談ナシに言うと、当時の我が家の状態は 子供を心療内科に連れていく=離婚沙汰だったんです。「じゃあ私どうすればいいの?これ以上何が出来るの?私、いろいろとやってきたよ。まだ足りないの?」と迷っていた時に、次女がやってしまった決定的な行為、それが「駄菓子屋さんでの万引き」だったんです。万引きはれっきとした犯罪行為です。小学生という低い年齢ということで許されることはない行為です。それを、次女はやってしまったのね。 私が次女の万引きを知ったのは、警察やお店からの連絡ではなく、次女の口からなんです。これを読んで、「???」と思った人、いると思います。逆に、「えりちゃん、正直にママに話しをすることが出来たの?」と思った人もいるでしょう。でも、えりから聞いたとはいえ、それは正直な告白ではなかったんです。 当日、えりは「公園に遊びに行く」と言い、放課後出かけていったの。その公園には、すぐ近くに小さな駄菓子屋があり、えりも時々お菓子を買っていたの。それに、公園に行く時に「今日は公園だけじゃなくて、駄菓子屋にも行きたいからお小遣いをちょうだい。」と言う子だったの。そういう時はいつも50円持たせていました。 そんな日だったら、帰宅したえりのズボンのポケットにキャンディーが入っていても別にびっくりしないけど、その日はお金を持たせていないのにポケットにお菓子が入っていたの。「えりちゃん、ズボンのポケットにお菓子が入っているよ。公園で誰かお友達にお菓子をもらったの?」って聞いたんです。そうしたら、笑いながら「えり、公園では1人で遊んでいたんだもん。誰からももらっていないよ。駄菓子やさんにね美味しそうなお菓子があったから持ってきたの。これ、美味しそうでしょ?」と言ったの。「おじさんに、後でママにお金をもらってくるとか、後でママが持って行くとか言った?」「言うわけないじゃん!おじさん、えりがお菓子持ってきたの知らないもん。」・・・言葉がしばらく出ませんでした。その後、「自分がやったことは万引きといって、絶対にやってはいけないこと。」だと言うことを時間をかけて話したのですが、あまりわかってくれないの。「だって、えりがお腹がすいたなぁって思った時に、そこに美味しそうなお菓子があったんだから・・・」 これまでも、衝動的な行動はたくさんありましたが、これほどではありませんでした。「このままでは、トラブルとかケンカではなく、社会で生きていく最低限のルールすら身につかない子になってしまうのでは?それなら、もう今まで以上の行動が必要なのではないか?」と思い、確信しました。 再度、心療内科受診を主人に話しましたが以前のような態度だったの。それでも、次女をどうにかしたい、してあげたい・・・という気持の方が大きく、半分離婚覚悟でえりを心療内科に連れていったのは、それからまもなくでした。
Feb 16, 2005
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月曜日、えりが1週間で1番、ある意味えりらしくなる日です。土日が休みでしょ、仕事をしている人なら「あぁ、今日からまた仕事、仕事の1週間かぁ・・・」って思うように、小学生も「あぁ、今日からまた1週間学校だよ・・・」と思うらしいです。 えり、忘れ物番長ですが、月曜日はそれこそ「あんた、今日、笑いの神が降ってきているんでないの?」「中学卒業したら、取りあえず吉本でお笑いを勉強してみたら?素質あるよ!」っていうレベルの不注意をやらかしてくれます。不注意というより、天然っていった方がいいかもしれないですね。もちろん(?)今日もやってくれました。10段階でいうと、そうだなぁ、6くらいかな?今日のお笑い度数は・・・ 土曜日、今まではいていた靴がきつくなったというので、2人で靴屋さんに行ったの。それでね、「今日は、ママじゃなくてえりちゃんが靴を選んでいいよ。何でもいいから、気に行ったやつを買ってあげるから。」と言い、サイズだけ話し待っていたの。5分後、えりが「私、これがいい。絶対これしか考えられない!」と持ってきた靴を見て目が点になった私。というか、みなさんもきっとそうなるだろうというような靴だったの。お値段は1980円と安いんだけど、デザインがゴージャス!!だって、「全体がゴールドで、白と黒の細いラインが数本入っているだけ」なんです。遠目で見れば、デカイ金塊みたいなんですよぉ。これを選んだえりのセンスもさることながら、こんなデザインの靴を製造した会社や、それを仕入れたこの靴屋さんにも敬意を表したい気分でした。(私、瞬間的に拝んでしまいました!どうしてだろ?) でも、えりが選んだ物を買うという約束でしたから、購入しました。帰り道、「月曜日、これをはいて学校に行くの楽しみだなぁ!」と喜んでいたえり。無邪気に笑っていたの。それなのに、帰宅してしばらくたち、申し訳なさそうに私のところへ来て、ささやきました。「確かにかっこいいし目立つけど、あれ、みんなの前ではくのは恥ずかしいなぁ。あれをはいて外に行くのはちょっと無理かもしれない。」 でも、返品はしたくないらしいのよ。えり、揺れ動いていました。今までのきつくなった靴を我慢してはくか、ぴったりとしたサイズだけど金色の靴を恥ずかしいのを我慢してはくか、究極の選択を迫られてしまったんです。土日では結論が出なかったようで、今日も、せっかく1ヶ月ぶりくらいに登校班に間に合う時間に準備できたのに、玄関で悩んでしまいました。それで出た結論が、「きついのを我慢するのも、恥ずかしいのを我慢するのも嫌!どっちも絶対に嫌なの。」でした。 それを見ていた6年生の長女に「じゃぁ、お姉ちゃんの靴で今ははけなくなった靴をはいていけばいいじゃん!!汚れていないのも何足かあるでしょ?」と言われていました。お姉ちゃん、ナイスです! お姉ちゃんのお古で、そこそこきれいでサイズ的にもぴったりの靴があったので、それを選び登校していったえり。めずらしく登校班で登校する姿に、感動してしまいました(笑)・・・でも、15分後、戻ってきました。また忘れ物か何かだと思い、「おぉ、今日も学校に着く前に忘れ物に気付けたの?えらいじゃん!」と言ったら、忘れ物じゃなかったの。靴のことだった。「何だか人の靴をはくのって不思議な気分だよねぇ。やっぱり多少汚かったりきつかったりしても、自分の靴の方がいい。」と、今まではいていたきつくなった靴をはき、かかとを踏んで歩いていました。そして、「やっぱり自分の靴って気分いいよねぇっ!!」と上機嫌で登校していったえり。完全に遅刻です。おいしすぎる朝の出来事でした。
Feb 14, 2005
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ホッケーの陸上版・ユニホック、毎週土曜日に練習(計4回)、それで今日は総仕上げの「ユニホック地区大会」でした。地域の小学校6校が集まり、これまた地域の野球チームも参加、合計20チームで優勝トロフィーを争い、熱戦を繰り広げていました。 次女のユニホック参加までの道のりは、ちょっとばかり険しかったのですが(これは、ここ1~2週間の日記を読んでね)、今日もがんばりました。キーパーなのに、攻撃に積極的に参加するというハプニングが毎試合ありました。熱くなってしまったのね。夢中になり過ぎちゃったねぇ、まあ熱中出来るものがあるのはいいことだから・・・とほほ笑ましく思えるのは私だけで、周囲の大人はドキドキしていたかもしれません。でも、知ったこっちゃないわっ!!取りあえず、娘が誰かに迷惑かけているわけではないので、熱くなると真っすぐにそこしか見えなくなり「???」になるのは、今日だけはそれがえりのキャラクターだと思ってくださるとうれしいなぁ。「役員はボランティアだから何かあったら責任はとれません。お母さんがえりちゃん係として付き添えないなら、参加させられません。」「集団生活がダメな子なのに、団体でやるスポーツなんて出来るの?」まぁ、いつものように言われまくりました。しかも、練習にも付き添いを求められ、参加したがる(次女、スポーツ大好きだから)次女の気持ちに答えてあげたくて、付き添っていたの。だから、上に書いたような言葉を私が言われた時って、たいがい次女もそばにいるか、声が聞こえる範囲にいるのね。それが嫌だったのよ。 あのぉ、娘にも聞こえていますけど、本人いますけどぉ!!確かに次女には障害がありますよ。それが原因で集団生活でトラブル多いです、ご迷惑をおかけした人たちがたくさんいるのも知っています。私、4年生の生徒121人の保護者の中で1番頭を下げている人間かもしれません。でも、いいですよ。私に何か言うなら、せめて娘に聞こえないように配慮してよねって思います。私、周囲の人に言われたことを隣りに住む母に愚痴っているのですが、あまりの内容に、滅多なことでは声色を変えない母も、えりをそばに呼んで「えりちゃん、そこまで言われたらいくら何でもくやしいよね。それでも参加したい?おばあちゃんだったら、もう嫌になっちゃうけどね。」と言ったのね。 母は、言われた内容もともかく、子供の前で言った周囲の大人の態度がちょっと許せなかったみたいなのね。でも、そんな母に対して、えりははっきりとこう言い切ったの。「そこまで言われたらさぁ、逆にちゃんと試合に参加してみせて、相手の大人たちにえりだって出来るっていうことを見せつけたいじゃん!!」 これには、母も私もびっくりしました。毎日忘れ物をする、時間割はそろえない、トラブルメーカー、忘れっぽさナンバー1(というか、最初なら覚えていないとか?)・・・、まだまだ手がかかります。2つの障害を併発していることを思うと、「先々不安だらけだよなぁ、取りあえず、中学校は学区域の中学校で大丈夫かな?」等と、今そこにある問題に加え、まだ先にある将来まで心配してしまう私。障害の特性からくる様々な問題行動は残っているものの、次女には徐々に「将来、社会で生きていく上で必要な要素の1つである強さ・したたかさ」は身につきつつあるように思います。びっくりはしたけど、安心もしました。 ユニホックは6人で試合をするスポーツで、選手登録は8人までなんです。次女は練習4回のうち、3回目から参加したの。本来なら、大会には参加出来ないのよ。4回全部の練習に参加しないといけないわけではないけど、2回目の練習の時に参加申し込みを締め切っていたからね。でも、校長先生が実行委員会と掛け合って、特別に9人目の選手として次女を登録させてもらったんです。「えりちゃんは運動系が得意だから、こういう場面で自信をつけさせてあげたい。」って言ってくださったのね。ありがたいことです。 2年生以上なら参加できるのですが、2~3年生だとなかなかルールを飲み込めないものだから、ほとんどのチームが4年生以上で構成されているの。しかも男子がほとんど。えりの所属するチームは、全員が4年生(うち女子2名)、しかも経験者なしというチームでした。5~6年生がいないことと経験者がいないということで、初戦突破が目標だったのに、予想外の展開だったのね。○試合の経験が全く無い。→試合の怖さを知らない。○4年生しかいない。→頭で作戦や戦術を練ることが出来ない分、体ごとぶつかっていく。○4年生の中でも小柄な子が多い。→小回りが効き、素早い。と、他と比較して弱いと思われる部分がうまく強さに変化したのね。負けん気の強い子が多いっていうのもあったと思うけど(笑) あららら、気付いたら決勝戦でした。監督、びっくりしてました。ちなみに相手は、全員が6年生男子、しかも野球チームの部員。身長、1番小さい子で150センチ。大人なら、「負けるに決まっているわよね。」と試合前にあきらめちゃうかもしれないけど、次女のいるチームは違った。相手を見て、がぜんやる気を出し「全員が大きな6年生の男子でしょ?あそこに勝てたら格好いいよね!」と勝つ気なんです。頼もしい子たちでしょ?試合はね、前半ですでに3点を入れられてしまいました。でもね、それにもかかわらず休憩時間には、どうやったら逆転出来るかを考えている。結局、3対0で負けちゃいました。 泣いている子、何人かいたよ。くやしかったんですよね、きっと。でもね、相手チームの監督・コーチ、保護者・・・みんな、自分たちのチームだけでなくこっちのチームにも拍手してくれていたよ。何回か、こっちにも得点のチャンスがあったんです。でも、惜しくもゴールにはいたらなかった。でも、相手チームの応援席からも「惜しいぃ~」「もうちょっと、もうちょっと!行けっ!」たくさん声援もらっていたよ。みんな頑張ったね。えらいえらい。 ちなみにえりは、前半の途中でちょっとしたケガをしました。実はね、えりは小柄でしかも親に似ず痩せているのよ。でも、気だけは強いものだから、160センチでがっちりとした男の子とボールの取りあいになった時、体ごとすっ飛ばされてしまい転倒。スティックを持っているものだから手をつくわけにもいかずに、頭を床に強打してしまいました。審判に「冷やしてきなさい」と言われ退場。でも、ちょっとだけ冷やし、「気持ち悪いの治ったからもう平気」と後半は出場しました。今、疲れ切った顔をしてゲームをしていますが、この日記を書き終わる前に寝ちゃいそうです。 これは今回のこととは関係ないけど、たまにね、「おぎわらさんって、娘さんの障害ときちんと向き合っていますね。」と言われることがあるの。不思議だわ。きちんとなんてしていないと思うよ。たまに、(うつがあるから)寝る前に飲む睡眠薬を朝から飲んで、夜まで寝て、しかも夜は夜できちんと(?)飲んでしまうことあります。ただ、隣りに住む両親や妹が「人の数だけ生き方があるんだから、その他大勢でないことに不安を感じるころもないし、悪いことではない。」「人生80年、最初の10年でちょっと出遅れたとしても、その後でどうにでもなるものだよ。」という考え方だから救われているんだと思います。 確かに、みんなと一緒ということを目標とし、人と同じことが出来ないことを罪悪視するような小学校・中学校(すべてがそうだとは言っていません。1人1人ときちんと向き合っている先生方もたくさんいらっしゃいます。)にうまくなじめなくても、自分自身の力で人生を切り開いている大人はたくさんいますからね。そういう人、私の身近にいますよ。その人から、直接の言葉はないけど、その生き方に勇気をもらい、励まされている部分はあります。 ○さん、あなたですよ!ありがとうございます。
Feb 13, 2005
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「それってちょっと甘やかしていませんか?」昨日、心療内科医に言われました。同じような言葉を幼稚園や小学校の先生、保護者からは幾度となく聞かされてきましたが、医師に言われたのは初めてです。原因は、数日前に日記に書いた担任への私からの手紙です。内容は、数日前の日記を読んでね、お手数おかけしてすみません。 以前なら100回ケンカをふっかけられたら100回やり返したのを、最近は10回になった。それを当たり前だというどころか、4年生なのにまだケンカをしている、我慢や社会のルールを知らないと周囲や先生に言われ、次女が精神的にまいってきてしまったようなの。当然ですよね、まだ先月10才になったばかりの子供なんですから・・・。 次女が泣きながら、「私なりに先生や○君に言ったけど、わかってもらえないの。どうしたらいい?えりじゃうまく出来ないから、ママ、先生に手紙を書いて!」というので、私なりに手紙を書いたの。先生や○君、周囲を非難するのではなく、ただ「お手数ををかけしますが、娘がこう言っているのでよろしくお願いします。」という気持ちで書いたの。今、うつ病で昼間は以前のような行動力も思考力もない私(元々、高いってわけじゃないけど。夜はお薬を飲んで寝ちゃうから書けない。)が6時間かけて書いた手紙、これが冒頭の医師の言葉のきっかけです。 病院のシステムで、最初に子供のみで診察を受けた後、子供は別室で遊び親が診察結果を聞き、今後について話し合ったの。えりの場合、3~4ヶ月に1回の受診だったんだけど、「以前にくらべて急に成長しましたね。」というくらいにがんばっているえり。学校での様子を話している時に、担任に手紙を書いたことと理由を話したの。でも、医師の反応は「だからぁ、お母さんは何をどうしたいんですか?」でした。手紙、コピーものを持参していたのでお見せしたんですが、軽く見ただけ。内容に触れることなく「だからぁ・・・」という言葉の繰り返し。「お母さん、どうにかしてあげたいという気持ちはわかりますし、泣いて頼まれたら断れないでしょうが、このままだとえりちゃん、どうにもならないことがあった時には泣いてママに頼めばいい!って思うような子になる可能性もありますよ。甘やかしていませんか?えりちゃん自身は、壁にぶつかった時、自分の力で乗り越えるだけのものを内に秘めて持っている子なんです。手紙を書かなければ、どうにかして自分で今の状況を変えよう、そうするにはどうしたらいいか?って再度考えたかもしれないのに、お母さんが手紙を書くことでそのきっかけを奪ってしまったんです。成長のチャンスを失わせたという点ではマイナスの行為でしたね、私ならこうはしません!突き放すのも愛情です」あらあら、断言されちゃいました。でもねADHDを持つ子供に、泣きながら「ママ、どうにかしてよ!」って言われて、それでも「もう1度自分の力でどうにかしなさい。ママはこう思うよ。」とアドバイスだけにとどめて、後は本人に任せる(再度苦しむのはわかりきっている状態で)方法をとれる人、私以外の全員なのかな?ちょと自信喪失モードになってしまいました。診察室で泣いたりしないように、うつ病の薬を飲む時間を調節して診察中は私の精神状態が良いようにしておいてよかったです。そうじゃなかったら、多分泣いていたと思います。 でも、今1つすっきりとしないものがあった私は「では、もし先生でしたらどのような方法をおとりになりましたか?お話いただけると大変うれしいのですが。」と聞くと、「僕でしたら、えりちゃんの気持ちを聞き、時間をかけて話し合います。そして、2人で話し合った内容や要望を、えりちゃんに手紙という形で書かせて、えりちゃんから担任に渡すようにします。」と答えてくれました。あぁ、それもありだね!って思いました。今度、何かあったらその方法でいきたいと思います。障害名が同じでも、100人ADHDの子がいれば、100通りのADHDのタイプがあるはず。他の障害も持つ(LD・アスペ他)子もいれば、その子が持って産まれた性格や環境、障害に対する親の考え方、幼稚園や小学校での対応、本当にいろんなものが重なり合って、子供の数だけADHDのタイプを作り出しているんだと思います。 医師の意見を無視するのではないのですが、「さすがお医者さん、良いアドバイスを言ってくれるなぁ。」という部分は取り入れ、「でも、親としては娘に対してはこのやり方がいい!」というものがあれば、それも取り入れてやっていくつもりです。変な言い方かもしれないけど、「いろんな情報があるんだから、それぞれの良いところだけいただいちゃえ!!」でいいのかなぁって思いました。「でも、えりちゃんがママは私の気持ちをわかってくれたって安心し心が落ち着いたという利点や、担任に黙っているだけの親ではないということが伝わったという点ではよかったと思います。」って、医師も最後は言ってくれたし(実は、私にしてはめずらしく昨日は、かなり食い下がった態度でした)、まずまずの診察だったと思います。 ただ、医師の言った「他の4年生が普通に出来ることをえりちゃんが出来た場合、褒めたりしていませんよね。そうすると、褒められることを目的に行動するようになってしまうと困りますからね。別段褒めなくていいんですよ。」という部分は、我が家では取り入れないことにしました。「当たり前とかそれなりが、えり、1番苦手なの。でもね、必要なんだよね・・・」というえりの気持ち、痛いくらいわかるので、これからも当たり前を褒めていきます。欠点や苦手を減らすことよりも、今のえりには褒められることというか、人に認めてもらう経験が必要だと思うからです。今後、成長にあわせてどう対応を変化させるかは、実際にその場にならないとわかりません。
Feb 11, 2005
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次女が忘れ物をしたので、朝1番で届けにいきました。そうしたら、次女、廊下にいたの。あらあら、また多動モードになってきたのかしらって思っていたら、そうじゃないらしいの。教室にいるのが嫌なんだそうです。次女、ADHDのことばかりここで書いていますが、しっかりと(?)LDだってあります。それは、社会性メインですが、学習面では唯一文字にLDがあるのね。本人はめちゃくちゃ丁寧に書いているつもりなのに、客観的に見ると汚い文字っていうことになるのね。漢字にいったっては、読めるけどほとんど書けない状態だったの。それが頑張って少しづつ書けるようになってきたんです。まぁ、漢字テストの点数は低空飛行ですが、以前はテストそのものに参加していなかったから、今の状態、私的にはかなり向上していると思っていたの。それで、次女が教室にいたくない理由は2つでした。○漢字テストできちんと正解を書いたのに、×だった(えりなりにきちんと書いていて、親が見ればあぁこういう漢字なのねってわかるけど、先生から見るとごちゃごちゃに書いたって思われるの。×をついた文字は、私から見たら正解なんだけど、客観的に見たら不正解にしたのは正当なことです。でも、えりは正解を書いたって思っているから納得していないのよ。)○新しい上履きを、かくされてしかも落書きされた。漢字については、「えりちゃんがちゃんと正解を書いたのがわかるから、先生は×だけど家に帰ってきたらママが○に直しちゃうから大丈夫!ママはえりのがんばりわかるよ。でも、×を○にしたのは、先生には内緒ね。」でどうにか、えりとしては納得してくれました。上履きについては、担任に簡単に内容を話して、私自身は帰宅しました。授業中ですから、担任と話す時間、ないですからね。えりの私物をかくされたり、汚されたり、提出物を捨てられたりと、いろんな問題があることがわかりました。私が1番気掛かりなのは、担任がそばにいるにもかかわらず(だって、授業中に教室にいないで廊下にいたから、叱責ではなく探しにきてくださったのね)、私の手をひっぱり、2人きりになって話をしようとしたことです。えりは、小学校という場にいるにもかかわらずに、先生よりも私に話しかけてきたの。悩みをね。えり自身が、以前ほど担任に頼っていないというか、信用していない様子が見られました。私は毎月、薬(リタリン)をもらいに心療内科にいっていますが、えり自身が診察を受けるのは3~4ヶ月に1回。実は明日なんですよ。いろいろと相談するつもりですが、気掛かりなのは障害そのものよりも、えりの気持ちがどんどん小学校から離れつつあるということなんです。朝も、寝起きの悪さとかそういう以前に、なかなか行こうとしない。はっきりと書くと、いつ不登校になっても不思議じゃないと思える状態です。努力がなかなか報われず、いじめに近い行為があり、あんなに友達を欲しがっていた次女が「1人の方がいい。」と言い出した。もしかして、今の小学校に通うこと以外にも選択肢を用意してあげた方がいいのかもしれないのかな?と考え始めています。今まではこちらが強気に言わなくても、時間を遅らせて登校していましたが、もしどうにも登校したがらなかった時には、強制はできないかもしれません。これじゃぁ、家の中で怪獣なのもうなづけます。っていうか、家でまでがんばりと求めたら、えりは息がつまっちゃうもんね。苦しいものねぇ。でも、うちはみんな外ではおりこうさん、家では怪獣タイプです。もうわがまま言いまくり、ケンカしまくりで、まぁ親の言うことにはとりあえず反抗しとけ!って感じです。だから、授業参観や保護者会で「しっかりとしていて、優しいお子さんですね。」って言われても、こっちがびっくりして「そうなんですかっ!!」と答えてしまうくらいです。次女に対しては、出来る限りのサポートをしてあげたいと思っています。障害2つも(自閉症の疑いもあるらしいから、追加されるかも)あるから。でも、長女と長男については基本的には「恥をかいて、くやしい思いもして、そこから何かを学べ!」ですね。親の作った形に収めるためにいい子を演じるんじゃなくて、自分から動いて、たとえそれが形的には失敗でも、そこから何かを得て欲しいんです。自分を押し殺して、抑えて、それでいい子でいて・・・じゃ、いつかは壊れちゃうし、目的となるものが達成出来なかった時や見失った時に、次を探す気力のない子(人)にだけはなってもらいたくないの。まぁ、うちの場合、家で発散しているみたいです。本当、怪獣を3匹産んだかも?って毎日思っています。
Feb 9, 2005
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ADHDとLDのある次女の気持ちに変化が出てきて、それが娘の中では大きな不満になっているんです。担任の先生にうまく伝わらないのよね。周囲の大人とかクラスメイトにも・・・。具体的な内容は、ここ数日の日記を読んでいただければおわかりだと思うので省略します。特にこの数日不安定なので、どうにか次女の気持ちをまずは担任に伝えたいと思ったのね。だって、「何だか学校にいるのがつらい時がある。」とはっきりと娘がいったんだもの。先生の性格(熱くなりやすいのね。熱心なのはいいけど)を考えて、「娘がこう言っているのですから、そちらとしてもこうして下さい!!」というようなイメージではなく、「これからもご迷惑をおかけすることが多いと思いますが、親としてもやれる部分はやっていきますので、よろしくお願いいたします。」という感じの文章にしようと思います。それでね、一応こんな手紙を書いたので紹介します。えりのことでは、いつも大変お世話になっております。何かと手のかかる子であるにもかかわらず、ご熱心に接していただき、親としてありがたく思っています。今回は、少し変化の見える最近のえりの様子についてお伝えしたいと思い、お手紙を書かせていただきました。1ヶ月前くらいでしょうか?えりが鼻の頭に大きな擦り傷をつくって帰宅したことがありました。本人が、「体育の授業で転んじゃって・・・。」というので、「思いっ切りがんばったんだね。でも、頑張りすぎちゃったねぇ。」と笑い話にして終わらせました。でも、かさぶたがとれる頃、私の側にきて小さな声で「本当はね、○君がタイルをえりめがけて投げてきて、それでケガしたんだ。」と言いました。「でもね、絶対に先生には言いたくなかったの。」というので話を聞くと、「そうすると、先生は○君を怒るでしょ?それで、また○君にチクったって言われるのが嫌なの。」と言ったんです。こちらとしても、○君に対して先生から個人的に叱責してもらいたいわけではないので、個人名を書くつもりはありまんせん。ただ、その後にえりがこう言ったんです。娘の言葉をそのまま書きます。「えりはね、今まで100回ケンカをふっかけられたら100回やり返していたけど、今は10回もやり返していないと思うよ。でもね、周りから見たら、4年生の女の子なのにまだケンカをしているって思われているでしょ?でもね、えりは10回ケンカしていることではなく、90回減っていることを褒めてほしいの。他の子よりは少しかもしれないけど、えりだって我慢しているもん!当たり前とかそれなりとかっていうの、えりが1番苦手だってこと、わかってもらいたいなぁ・・・」そして、その後「えりなりの我慢が誰にもわかってもらえないなら、もう我慢なんてしたくない。」と涙目になりました。10才の子供の言うことなのでどこまでが本当かはわかりません。でも、まだまだ自分の気持ちをコントロールすることが難しい子ではありますが、自分自身でこんなふうに、今までの自分を反省し、少しずつでも良くなっていこうと考え始めたようです。その気持ちを応援して伸ばしていきたいと、親として考えています。ですから、学校でもそういう場面が見られた時には、一緒に応援していただけると大変うれしく思います。親として出来る限りのことをやっていきたいと思っていますので、今後もよろしくお願いいたします。明日あたり、担任に渡してみようと思います。さて、どういう反応をしてくれるのか不安でもあり、楽しみです。
Feb 8, 2005
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今日は、次女ではなく私自身がやらかしてしまいました。昨日の日記に書いたことで、平常心を保とうとしつつもイライラが抑えきれなかった私。長女のささいな口答えに、とうとう逆ギレしてしまいました。長女がいつまでもお風呂に入ろうとしないから、「テレビを見たいなら、今、お風呂に入りなさいね。そうしてから見ればいいでしょ!」って言ったら、すかさず「うるさいなぁ。見てから入ったっていいじゃん!明日は日曜だから、別に朝早く起きる必要もないんだしぃ。」って口答えしたの。こんなの、小学6年生の女の子だったら普通にすることなのに、私、完全にブチキレちゃったんですね。「うるせえねぇ。お風呂に入れって言えばとっとと入ればいいんだよ!グタグタ言うな!」ってテーブルを力任せにひっくり返してしまいました。主人が当直で不在だったのも原因で、感情に歯止めがきかずに、星一徹(知っています?昔「巨人の星」っていうアニメがあって、その主人公のお父さんなんだけど)状態。しかも、テーブルがひっくり返った場所に、ちょうどけん玉があったものだから、板にめり込んでテーブルに大きな穴が開いてしまいました。夜2時までかかって私なりに直したけど、はっきりと穴を開けたのはわかります。主人には、感情が落ち着いた頃にメールで内容を伝え、謝りました。さっき帰ってきたんだけど、「俺が気付く前に言ってくれたから、今回は大目に見るよ。でも、どんなにイライラしていても子供と物に当たり散らすのは止めようって、いつでも思い出せるように、新しいテーブルは買わないであえてこのまま今のテーブルを使っていこう。」ということになりました。私の中に封印していたヤンキー言葉と、おっとりとして見えるけど実は短気という隠された性格がモロに出てしまいました。今、本気で反省しています。
Feb 6, 2005
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最初に書いておきますが、今日の日記はかなり愚痴っぽい内容なので、途中で気分を悪くされたら飛ばしちゃってくださいね。自業自得、そう言われちゃったらそれまでじゃん!!って思うしかないのでしょうが、私としては納得出来ない出来事があったもので、ここの日記に今の思いを吐き出さないと、子供に当たり散らしてしまいそうですから・・・。次女の通う小学校では、学校行事とは別に区や地域が主催するイベントが時々あるんですよ。バザーやお祭り等大人も子供も対象としたものもありますが、子供向けのイベントも多いんです。今日も、「ユニホック講座(毎週土曜日、4回連続)」というものが、小学生対象に体育館で行われたの。ユニホックをわかりやすく言うと、「ホッケーとゲートボールを合わせた感じのスポーツ」なんです。午後1~3時、計4回練習をして(全部出なくてもいいんです)、最後に大会をして終了という内容なの。今日は3回目なんだけど、えりが急に「私、やりたい!」って言い出したのね。今までは興味もない様子だったのに、気持ちが変わったんでしょう。でも、「今まで1回も練習していないのに、急に出ていいのかわからないから、ママが小学校に行ってユニホックの先生に聞いて、出てもいいよって言われたら、えり行く。だから聞いてきて」って言うから、まずは私だけで体育館に行き、係の人に聞いたら構わないって言うので、えりに携帯電話で電話して、練習に途中参加することになりました。いつも通っている小学校だから、別に親の送り迎えは必要ないの。練習している2時間、親が見ている必要もない。でも、えりの場合は4年生になったとはいえ、様子を見る必要はあるのね。落ち着きつつあるとは言え、やはり全く他の子と同じは出来ない(親として求めてはいないですけど・苦笑)し、トラブルはある。だから、しばらくは様子を見ることにしたの。最初ということ、団体でやるスポーツだということ、ルールを全然理解していないものをやるということ、えりの苦手なもののオンパレードですからね。その場の空気を読んで行動するとか、みんなで協力をすることが団体というものだということ、ルールと自分のやりたいこととの差、これらを時間をかけて説明して、初めてえりの場合行動に移せるんですよ。でも、それを私が出来るならいいのですが、今回のユニホック講座はボランティアの係の人に子供を預けてやっていく方式だったから、むやみに私が出ていけない。だから、様子を見て、えりがある程度ユニホックというものを理解し周囲と行動が出来るかなっていう段階になるまで、様子を見ようと思ったんです。結局最後までいましたが・・・。最初はすんなりと周囲に溶け込み、びっくりするくらいでした。試合中に、相手チームの子の振り上げたスティックがえりの右目の上辺りにすごい勢いであたり、赤くなってしまった時も、黙って私の所に来て「冷やすものある?」と聞いてきたの。私、この時、人前だけどえりを思いっきり抱きしめちゃいました。今までなら確実に試合中でも相手の子を殴り返すかパニックを起こしていたはず。そうでなくても、相手に「なんで殴るんだよ!」って怒鳴っても不思議じゃない状態。でも、こらえてこらえて、えりなりに精一杯我慢して、黙って私の所まで来た。成長を実感できて親としてうれしくもなりましたが、それ以上に我慢している次女が愛おしくて、半分衝動的に抱きしめちゃったんですよ。耳元で、「えりちゃん、えらかったね。痛かったよね、でも我慢したんだよね。相手の子に怒鳴りたいけど、声を出さなかったんだよね。すごいよ。」ってね。周囲に聞かれないようにささやきました。そうしたら、えりも私の耳元で「○君、思いっきりえりめがけてスティックを振るんだよ。怒りたいけど、わざとじゃないとは思うし・・・」「試合に夢中になっちゃって、えりのこと見えていなかったのかもね。○君。」「そうだけど。」納得はしていないけど、仕方がないや!って感じのえりは、2分くらい冷やした後、試合に出ました。スティックの先の小さな部品が無いと、体育館中を探すということはあったけど、大きなトラブルもなく終了!!するはずでした、でも、最後の最後にどんでん返しがありました。練習が終わり、係の人が「全員で片づけをしてください。」って言ったんです。でも、えりの場合、具体的に指示しないとうまく伝わらないの。それで軽くパニックになったのね。「全員でやりなさいって言うのに、えりはやることがない!どうしたらいいの?」ってね。だから、「みんなで片づけようねっていうことだよ。スティックを袋に入れたり、モップ掛けをしたり、ラインテープをはがしたり・・・、いろいろとあるから、えりちゃんには何が出来るかママと一緒に探そうね!」って、体育館の外に出て言い聞かせたの。それで戻ってみたらもう終わっている。せっかく片づけをしようって言う気持ちになったのに、やることがないから、えりはへそを曲げちゃったの。それで、体育館の隅っこの倉庫にかくれちゃったんです。まぁ、放っておけばそのうち出てくるので待っていようと、私、あえてえりの所には行かずに、大会説明をしているボランティア(小学校の役員)の人の所に行ったの。そうしたら、「えりちゃんは、大会に出るんですか?」って言うので、「はい、そのつもりですので、よろしくお願いします。」と頭を下げたら、「正直言って、えりちゃんをみる自信がないので、当日はお母さんがえりちゃんの係として1日そばにいてください。私たちはボランティアとしてやっているので、何かあった時に責任は取れませんから!」最初から、行くつもりでした。だって、何かあったらって不安に思うのは私が1番だもの。はっきり言うと、そばで私の視界にいてくれた方が気が楽です。「今、何やっているんだろう?次に誰かに会った時、何を言われるの?」っていう気持ちで自宅にいるくらいなら、いっそ出かけた方が精神的にいいですよ。大会に親が付き添う必要はないので、付き添うのが私1人でも行くつもりでした。大会は午前中、うつ病にはしんどい時間帯ですが、薬を飲む時間帯を調節してでも行こうって思っていたんです。それに、今までの小学校がらみのイベントや子供会の行事、親の付き添い不必要でも、私は全部出ていたんですもの。家にいると、不安でいてもたってもいられないの。「親が甘やかしている。」って言われても、出ていました。風邪で熱があっても解熱剤の頓服を飲んででも出ていたんですよ。えりが、本人に悪気はないにしろ周囲に迷惑をかけるのはわかっているから、そのことが原因でえりのことを悪く言われるのは、親として自分自身の悪口をいわれるよりもつらいから。防げるものは防ぎたい、守れるものは守りたい、そう思っています。だから、今回のボランティアさんの話も正直「そうきたか・・・」っていうくらいで予想していた範囲の出来事。でもね、倉庫から出てきて私のそばにえりがいるのを見て、わかっていて言わなくてもいいんじゃない?役員名簿(私も今年、役員をしているので)を見て、私に直接電話してくれてもいいでしょう?って思ったの。えり、おバカさんなことをいっぱいするけど、心が鉄で出来ているわけじゃないの。傷付きもするし、悩むの。それがわかって欲しかったなぁ。帰宅後、えりに「ああ言われちゃったけど、大会に出るの嫌になった?それでもやっぱり出たい?出たいならママは朝から一緒に行くよ。」って聞いたの。そうしたら、しばらく考えた後、こう言いました。「えりがね、大会に出ることで嫌な気持ちになる人がいるかもしれないけど、悪いけど、えりはそれでも大会に出たいんだ。」この気持ち、伝わらないかなぁ・・・
Feb 5, 2005
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次女、多動はどうにか落ち着きつつあり(といってもやっぱり落ち着きのない子ですが)、衝動性についてはどうにか表面上は見えていません。まぁ、これも家の中で怪獣になることはありますが、学校で少なくなったなら良し!!としましょう。それでもやっぱり不注意は残っているというか、小学校低学年の頃よりも目立ってきているみたいです。高学年になり、宿題や明日の持ち物などはもう黒板には書かずに授業中、口頭で言うだけなのね。ただでさえ不注意があるのに、こういうやり方だとまずは次女にいたっては対応出来ません。持ち物のことを話してすぐ、授業の話に戻ると、もう頭の中がこんがらがってしまうんですよね。だって、持ち物を書いている途中で違う話が始まったら、そっちも書かないといけないと思ってしまうのね、次女は。宿題にについては、「教科書やドリルの○ページの○問から○○問までをノートにやってくること。」というような内容が多いんだけど、教科書やドリルを学校に置いてきてしまうからねぇ。「一緒に小学校に教科書とドリルを取りに行こうか?」って言っても、「もう下校したのに、何でもう1度学校に行かないといけないの。私、マンガを読みたいから行きたくない。」と言うだけ。低学年なら私が取りに行ってあげてもいいけど、もうすぐ5年生だもの。それじゃぁ甘いかなって思ったの。それで、忘れた時の対処を覚えて欲しいから「じゃぁ、明日先生に教科書とドリルを忘れたから宿題が出来なかったことを自分の言葉で伝えなさい。」と言い、そこで終わりにしました。でもね、3学期になって1度もドリルをやったり、教科書を見て勉強している次女の姿を見ていない。次女は、「3学期のまとめの時期になったらたくさん宿題やテストがあるから、今はおうちの手伝いをするというのが宿題なんだよ。」と言いながら、毎日風呂洗いをしています。でも、いくらまとめの時期じゃないからってそれにしても宿題、少なすぎやしないか?もうちょっとあるでしょう?と思った私は、次女に「ねぇ、今日の宿題はお手伝いだけ?お姉ちゃんが4年生の頃は2月っていうともっと宿題があったんだけどなぁ。まとめの時期までお手伝いだけだと、3月になって毎日しゅくだいだらけでえりちゃんたちが大変だと思うけどなぁ。」と何気なく聞いたら、えりなりに「しまったぁ~」と思ったようで(本当は数こそ少ないけど、手伝いメインだけど宿題はあったみたいです。)「今日は、国語の音読と算数の宿題がある。」と言いました。でもすでに夜の8時。教科書を取りに行けない。ちなみに次女は国語の教科書もノートも学校に置いてきてしまっているのね。ここで、今までなら「教科書ないしぃ、ノートもないしぃ、やるものがないから仕方がないか!」って、とっととゲームでも始めていた次女ですが、昨日はさすがにそれはまずいと思ったらしく、「音読は教科書がないから仕方がないけど、算数は何となく問題を覚えているよ。いろんな四角形の面積を求めたり、2つか3つの形の違う四角形をくっつけた形の面積を求めるやつだっだよ。だから、ママが思いついた四角形や、それをくっつけた形を書いてよ。全部で10問くらい。それをえりが全部やるからね。教科書に載っている問題とは違うけど、何もやらないよりいいでしょ?先生には、教科書を忘れた変わりにママに問題を作ってもらって計算しましたっていうから・・・」と言った次女。おぉ、成長したなぁとお思いながら問題を10問作り、えりが計算したものを今日、持っていきました。忘れ物番長えりなりの対応策、どう先生に評価されるのでしょうか?「忘れちゃったけど、変わりにやろうとしたのはえらかったね。次からは教科書を忘れずに持ち帰ろうね。」と言ってくださるか、それとも「教科書の問題をやるのが宿題でしょ!」と言われてしまうのでしょうか?それで、えりがせめても・・・とやった私の作った問題を見てももらえなかったらちょっとかわいそうだなぁって思います。以前書いた「えりは4つまでしか約束を覚えていらない。」と言われ、ランドセルの裏側にメモを貼り、約束を守れたら何かをしてあげようということ、具体的に決まりました。横10マスの国語のノートを購入、約束が守れるごとに1つシールを貼り、シール1つについて1個小さなお菓子(100円均一で買った、中身の多い袋菓子の中の1つだから、ほんのちょとだけなの。ラムネ1粒とか、一口チョコ1個とかそんな感じです。)もらえるっていうことにしました。でも、ここでポイントがあるんです。「今日は約束を2つ守れたから2つもらうね。」では、私の目的である「出来るっていうことを積み重ねる経験をして欲しい。」という目的とはちょっと違うので、「1列(10個)たまって初めてお菓子をもらえる権利がある。それを1回にまとめて10個もらってもいいし、分割してもらってもいい。2列たまって、初めていきなり20個もらうのもあり!」にしたの。えりと私で話し合いました。1時間近くかかってやっとまとまった結論です。ちなみに、約束内容は次女が「その日によって持っていくものが違うから、4つのうち連絡帳を書いてくるっていうのは必ず入れるけど、それ以外の3つはその日によって変えてね。それで、いきなりランドセルに貼らないで、まずはえりに言ってから貼ってね。」と言うので、日ごとに違うものにありました。今日の約束は、○連絡帳を書いてくる。○国語と算数の教科書を持って帰る。○宿題を持ち帰る。○音読カードがないかどうか机を調べて、なければ先生に「音読カードをなくしてしまったので下さい。」と言う。の4つです。いったいいくつまもれるかな?半分くらいできているとうれしいけど(笑)
Feb 4, 2005
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朝が弱い次女、添い寝で「えりちゃん、朝だよ!ストーブつけてあるからね、洋服も置いてあるよ。起きようね。」って起こしていたら、朝が弱いのにすんなり5~6分で起きてくれるようになりました。正直、うつのある私は朝、気分的に落ち込んでいて体がキツイのです。起きたくない、もう少し体が軽く感じるまで(枕元に1回分のお薬とお水を置いて寝ているの。それで、朝1番で飲んですこしお薬の効き目が出てきたころが、子供たちを起こす7時になるようにしていました)寝ていたいけど、それを説明したところで、「ママが寝ているなら、私も寝ているぅ~」ってなってしまうので、しんどいけど起きている。まぁ、登校後に洗濯・掃除を軽くすましたら、寝ちゃいますけどね。これ、最初は5~6分だったのが段々時間がかかり、今では15分くらいかかってしまうようになりました。単なるぐずりなのか、眠いのか、もっと甘えたい気分になっているのかはわかりません。でも、時間がかかるようになりましたが、怒鳴って起こすよりもいいので、ママ、がんばっています。ところで、下校後、どういうわけがやけにハイテンションな次女。元々、ADHDの多動があるから(メインは不注意だけどね)、落ち着きはないんだけど、それにしても動く動く・・・、もう収拾不能なくらいです。賃貸の狭い家の中で走り回っているのよ。ピーナッツを投げたり、タンスに登ったりともう家が壊れそうなくらい。弟も加わってまるで夏祭り状態の居間を見た長女が一言、冷ややかにこう言いました。「えりのあの元気さやハイテンションな動き、電気が起こせそうだよね。えりで発電、出来そうな気がする・・・」水力発電・原子力発電・その他いろいろな発電方法がありますが、えりのテンションが上がっている時は、本当に電気が起こせそうなくらいです。豆電球ならいけちゃいそうな気がします。
Feb 2, 2005
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