June 8, 2004
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もう10年以上前の話であるが、東京でフィリピン人の死体を捜したことがある。

フィリピンに住む彼の妹が本人の確認をどうしても取ってほしいというのだ。
五月五日の話である。

彼は地方都市の架橋工事の現場で働いていた。
亡くなったのもそこの市民病院である。
五月三日のことである。
その時知り得た情報はこの死亡した日付と病院名のみであった。
亡くなってからすでに二日が経過していた。


たしかにそのフィリピン人はその日そこで死亡していた。
しかしその遺体は福祉事務所が引き取ったとの事。
五月五日では連絡のとりようがない。

次は管轄の警察署。
たしかにそういった「事件」はあったとのこと。
しかし担当者は「非番」であった。

そして、フィリピン大使館。
一言「ペーパーはない」

その間彼の元エージェントのポケベルを鳴らす。
事務所の電話に誰もでないからである。
携帯電話など普及していないころの話である。


いよいよ煮詰まってきた私は外務省に電話した。
事情を説明すると以外と親切で、厚生省の直通電話を教えてくれた。
管轄は厚生省らしいのである。
エリート官僚はたらい回しもジェントルであった。

厚生省に電話する前に念のためにとエージェントに電話すると、やっとつながった。


東京駅において延々五時間。
公衆電話にかじりついての遺体捜索が身を結んだ瞬間であった。

彼は東中野の車1台分ぐらいのガレージの隅に横たわっていた。
まさしく彼本人であった。
そこは「死体専門の空輸業者」だった。

国際電話のむこうで彼の妹は大きなため息のあとで「アア、ソウ」といった。
なぜか日本人であることが恥ずかしかった。

その夜かけだしの映画監督であった友人宅に泊まった。
彼はシナリオを書きかけであったが事情を話すとなぜかカラオケボックスへ行き、ちあきなおみを熱唱していた。

そのとき書いていたシナリオで彼は毎日映画コンクールの脚本賞を受賞した。

なぜか今日田中眞紀子と厚生労働省のやりとりを見ていたら以上のことが思い出された。

10年もまえのことである。





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Last updated  June 9, 2004 12:47:00 AM


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