上海駐在半年が過ぎ、実態が見えてきた。といっても今考えれば 氷山の一角
程度であったが、その当時は 大きな問題 と感じていた。それは日本に不良品が
入ってきているということだ。その当時まだ中国でベビー服の社外検品工場は
ホルマリン規制の壁を越えられず、全て日本に輸入した後、弊社東京本社で
全量検品を実施していた。東京では不良品が見つかっても、中国に送り返す
という時間もコストもかけられず、結局弊社内、もしくは栃木工場でお直しをする
という手段で対応していた。「 中国のものは中国で完結しよう!」 ということで
「検品を小倉メリヤスの目で中国でしよう」「不良品を日本にいれるな!」という
ことで検品所をスタートしようということにしました。私はこの小さなマンションから
脱出できるうれしさと、とりあえず、一歩踏み出せそうだという期待感に胸が膨ら
みました。しかし!!「 場所は」「人は」「法人設立?」「許可等どうすれば?」
全く解からない!!前述したドンも縫製工員スタートでまた彼女は瀋陽の人間
全く、この辺に関しての知識は無く、とりあえず委託先の工場の人に相談をしました。
が!!委託先の工場にとって、中国で不良品を指摘されて、お直し等を今まで
自分達がしていなかったことを今後しなければならないとなれば基本的には反対
しかし、彼らにとって弊社は「客」ノラリクラリの対応で正直あ~こりゃこのままでは
相当時間を費やして、結局できないですね。という形になりそうだと直感しました。
私は考えました。異国の地で「解からないから」「知らないから」と超消極的になって
いる自分のこの姿で交渉していてもきっと予想した結果になってしまう。
もう後は 、「熱意」しかない!!こいつらが「ま~ま~大典さん落ち着いて」
といわれるような『猛烈な熱意』は世界共通だろう!!と思いました。
この時、私は異国に来て初めて、この仕事に入って初めて何か少し吹っ切れた
気がしました。熱意は伝わったというか押し切ったj形でとりあえず、委託先の
工場で従業員の採用と場所の確保の交渉をして、基本的にこの従業員の採用
から全てを弊社が実質管理をするということで検品工場をスタートする準備は
整いました。場所も内装して、多少の設備も用意しました。さてさて、忘れてい
ましたが、この検品工場設立に対して弊社日本での感触は・・・・
社長は 「ふ~ん解かった」 と・・・おいおいなんかこっちの期待していた反応と
違うぞ!「ま~頑張ってやってみるや」ってそれだけ!!日本本社の反応は
正直私のこの半年間の思いや熱意とはかなりの差があり、ギャップを感じて
しまい、ここからもうひとつの戦い 「孤立」 との戦いが始まったのです。
大体海外に単独赴任、少数赴任している人の現地の人の悩みは「 日本本社が
理解をしてくれない
敵対心にも変化していく不思議なものなのです。後継者の私がこうなったら
「the END 」と強く思いながらもこの恐ろしいほどの孤立感が今後僕の
もう一つの大きな敵になってきてしまいました。
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