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小さい頃、優等生ってありましたね。。
劣等生ってのは、口に出さなかったけど、ちゃんとありました。
それは、比較の文化だからです。日本では島国だから、常に外と比べたのです。あまつさえ、国内でも隣村と比べたりしていましたが。。島だと海を渡るしか直接触れることが出来ない。外からも海を渡って来ないと日本文化に触れることができない状況でした。
現在では、海を船に乗って渡るだけでなく、飛行機や電波によって嫌でもどんどん世界中と繋がってしまっています。よってその中から、比較する「的」を選び、勝手にああだこうだと比較して、悲しんだり喜んだりしています。
昔から他人と比較され、良ければ良いで更に良くなることを親から励まされたりしていたのではないでしょうか。。子供にとっては、それは苦行のようでもあり、親の愛情のようでもあり、いろいろと悩み苦しんだことでしょう。
でも成人になった今、さらに社会では比較風習が続き、いつまでも他人と比較しながら生きておりますようですね。。
あなたは実際よりももっともっと素晴らしいポタンシアリティ、つまり可能性があるのです。年齢は全く関係ありませんよ。だってそう思った今から始まるのですから。。
・・・とこれは優等生になれなかった大人への、とうてい優等生ではなかったオニオンの週末のメッセージでした。
(そもそも優とかとか劣とかは、バランスを保つように、つまり中庸ってのの目安になるためのものであって、それが目的ではないのです。完全ってのが無いように、ゼロってのも無いのです。だから優とか劣という評価に苦しみ惑うことは不必要で無意味です。)
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