2004.10.21
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あの頃 こんな教師が居たってバラしてやる!なんちって・・


長男が中2で担任になった40代の女の先生が居た。
大学生の男のお子さん2人いるとかで 妙に自分の子供の受験の成功例を持ち出す先生だった。
子供の進学校がステイタスなのね・・・と受け取れた。

うちの長男はお世辞にも真面目とは言えないし
勉強もしない・・・生活態度だってだらしなかった。
ただ 見た目が真面目そうに見えるのがガンだった。

2年で初めて長男の担任になったこの先生は
息子の事を「真面目で努力家」と買い被った様だった。
クラスでは少しばかり成績の良かった息子の世話を次第にやくようになった。

身体の小さなうちの長男を保護でもしている様な気分だったのだろう。

ある時 先生はうちの息子の姿勢を直してくれようと肩に手を掛けた。
とっさに先生の手を避ける態度を示した息子。それが事の発端だった。

その日から先生の態度は豹変した。
元々 真面目でも努力家でもないうちの息子は先生の目には
どんどん反抗的な態度に見えていったのだろう。

中学校で使う“毎日の記録”と言う先生と生徒の連絡ノートのようなものがある。
その中身たるや酷いものだった。
真っ赤なボールペンで
「 お前はいったい何者なんだ!!」

「 どんな大人になるのか見てみたい!!」

「 お前のその態度が気に入らないんだ!!」

毎日毎日 !! 付きで殴り書きされていた。
それだって ふとした事で息子の部屋に落ちていた“毎日の記録”を
見るまでわたし達両親も気が付いてはいなかった。
問いただしそれまでのいきさつを知った。

いつか先生が自分の異常さに気がつくのではないか・・・・
いつか飽きる日が来るのではないか・・・・
そうして時間の過ぎるのをジッと待つしか出来なかった。
わたし達はそんな情けない親だった。
学級でも意味も無く立たされたり 言葉の攻撃も聞くに堪えないものだった。
・・・それでもわたし達は何も出来なかった・・・
今考えても悔しい・・情けない出来事だった・・・
子供を人質に取られている・・その思いを払拭出来ないまま
時間だけが過ぎていった。

2年の2学期に始まり 3学期まで続き、そして3年で担任が代わった。
異動でもないのに 3年に持ち上がる事をこの教師は断った。

この出来事でわたし達夫婦が息子に借りを作ったのかもしれない。

3年に進級してすぐわたしは息子の部屋で“毎日の記録”を探した。
ありとあらゆる人にそのノートを見てもらいたかった。
こんな教師が居ていいのか・・それを知って欲しくて部屋中探したのだが
何処にもなかった。

あのだらしない息子がこのノートだけ早々と始末していた。

わたしは この事を「一生許さない・・・」とずっと思ってきた。






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最終更新日  2004.10.21 23:43:54
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