


◎歴史の道「肥中街道(ひじゅうかいどう)」
周防と長門(現在の山口県域)を統一し山口に拠点を定めた大内氏の時代に、「肥中街道」は領国の西半分を横断する道として整備された。山口の中心部 道場門前の”安部橋”から吉敷地域を経て美祢市を通り、大内氏の海上支配の要港であった下関市豊北町の”肥中港”に至る約62㎞を結ぶ。
この「肥中街道」は、守護大名の大内氏が朝鮮王朝や中国大陸(明との勘合貿易)との
交易窓口などに使ったといわれており、肥中港の先は日本海、響灘、玄界灘、対馬、朝鮮半島とつながり、その位置は"海の道"の拠点であった。
※ちなみにこの石碑は、ここ吉敷地域の街道沿い(計16ヵ所)に、今年の3月に設置されたばかりであった。








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