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台所に興味がある。 食べものが生まれる場所だから……でもあるけれど、ひとが、ものを考える場所だからでもある。 そこで働くひとは、手もとを見ながら(そして、たまにふとそこから目を逸らしながら)、考える。その日あったことも考えるし、ずーっと前にあったことも考える。まだ起こらないことについて思いめぐらしたり、起こりっこないようなことを想像したりもする。 考えがこんがらかると、妙においしくないものができ上がったりして、困惑する。おいしくならなかった理由を、つくった本人は、わかる。 あのとき浮かんだ妄想が、過分な辛みを加えさせたな、とか。辛い記憶が、混ぜこむべきでない材料を混ぜこませたな、とわかるのである。そうとうにいい線いっていた食べもののさいごのさいごに、あとから「入れなければよかった」と後悔するようなものを投げこんだときなどは、もう、二度といらないことは考えないことにしよう、料理に集中しようと誓う。 また、いらないことを考えることを知っていながら、ちかっと誓う。 今朝、わたしは5時に台所で働いていた。 日曜日の、静かな朝だった。昼過ぎから雨になるとラジオは告げていたけれど、雨になるのは夕刻だろうという気がした。台所の窓から見える空が、そう思わせた。 日曜日の早い時刻から何をしていたかというと、ソフトテニスの試合に出かける三女の弁当づくりだ。とにかく鶏のから揚げの好きなひとなので、朝の早(はよ)からじゅうっと揚げものをしている。静かな朝の揚げものは、楽器を奏でるように愉快だ。最初に1分半ほど揚げて引き上げる。5分くらいおいて、また1分揚げる。 映画「南極料理人」(*)を観ていて(大好きな映画である)、「堺雅人」(大好きな俳優である)演ずる南極観測隊員・西村淳(調理担当)が、鶏のから揚げは二度揚げしなくてはいけないと一度ならず云うのを聞いてからの、二度揚げ。二度も揚げたら、油っぽさが増すように思えたのだけれどさにあらず。途中数分置くあいだになかまで火が通るらしく、さいごに1分揚げるときはからりといい色になってくれるというわけだった。 おむすび3個。 鶏のから揚げ、レモン添え。 にら入りの卵焼き。 茹でたブロッコリとカリフラワー(軸に白味噌を塗る)。 焼きそら豆。 にんじんグラッセ(花型)。 りんごうさぎ。 今朝も考えた。何を? 自分が、説明的過ぎるということ。 世のなか、誤解が前提になっていると思うあまり、あらかじめくどくどと説明してしまう。そうすることによって、経験の味わいが損なわれる。へんてこりんな予告篇でも見せられるようなことになって、実際にその場に立ったひとを興ざめさせてしまうのだ。ひとを興ざめさせたことで、自分も興ざめする。 あとから、それもずーっとあとから、ああ、あのときの「あれ」はそういうことだったのかもしれないなあと心づくというくらいで、いい。 そんなことを、りんごの皮をうさぎの耳のようにうすくそぎ切りし、ちょっと持ち上げながら考えていた。 ——ひととひとのあいだに、ことばはそうたくさん要らないのかもしれないなあ。誤解されたって、かまわないじゃない。いつか、どこかで、それがも解けるもよし。解けないままも、まあまあよし。 *「南極料理人」2009年公開(日本) 監督・脚本 沖田修一 原作『面白南極料理人』(西村淳) 南極観測隊員・西村淳は、南極大陸のドームふじ観測拠点の調理担当。 越冬する隊員8人分の食事を用意するのが仕事だった。 台所の窓辺の小景です。三葉とクレソンの、根っこの水栽培。となりの小さいビーカー(ティーバッグの容器)には、ドレッシングやたれの残りを入れています。すぐ使いきってしまえるように。
2012/04/24
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「心配し過ぎ。お母さんが思うほど、弱くはないのよ」 と、いきなり長女は云った。 両親と、弟とわたしの家族のうちの誰かの誕生日には、総勢10人が集まって会食するのがならいである。もっとも誕生日当日ではなく、皆がそろえる日を選び、しかも誕生日の近い者同士まとめて年に4回ほど、両親気に入りの東京・日比谷のホテルで祝うのだ。食べ盛りの孫たちのよろこぶ顔が見たいからと、ブフェレストランで、それぞれが好きなものをみずから皿にとり、もりもり食べる。 その日は、3月生まれの甥と、4月に誕生月を迎える母とわたしの長女の誕生祝いの会食だった。このところ全員参加がむずかしくなってきたのが、その日は総勢10人が顔をそろえることができた。 近年は、いちばん年若い甥(小5)の食欲と、食べ方に注目があつまっている。彼が小さな紳士になって、カウンター越しシェフに向かって「ローストビーフを1枚でなく、3枚のせてください」と注文したり、アイスクリームのショーケースの前で目移りしている婦人に「1種類選ばなくても、この器に4種類まで入れてもらえますよ」とアドバイスしていたりするのを目撃しては、顔をほころばせる。 一方、最年長の89歳の父が、何度も席を立って好みのものを選ぶ様子にも、密かに注目している。父の食欲と、その時時(ときどき)の食への興味の方向性を気にしてのことだ。そうして、「さいごにもうひとまわり」と云って父が立ち上がるときには、義妹のしげちゃんとこっそり追跡する。 「きょうはまた、たくさん召し上がりましたね」 と感心しているしげちゃんと、 「まだ、食べるのかしらね」 なんかと云い交わしながら見ていると、父は「エスカルゴのフリカッセ香草バター風味」、 「魚介類と菜の花のブイヤベース」の入った小さな銅製の器ふたつを料理人から受けとっている。 「ふたつも!」 とふたり同時に小さく叫んで顔を見合わせていると、そんな追跡者の存在を知らぬ父は盆にのせてもらった器を運び、ゆっくりテーブルに向かって歩をすすめてゆく。追跡終了……と思いきや、途中、ひょいっと父が右手をのばした。 「いま、何かとったわよ、おとうちゃま」 「え、見てなかったです」 油断した追跡者ふたりはあわてて、父を追いかける。 父はすでにテーブルにつき、エスカルゴを見ながらエスカルゴバターの講釈をしていた。見ると、「エスカルゴのフリカッセ香草バター風味」のとなりに、細身のグラスが置いてある。 「あれ、レモンとはちみつのジュレです。さっき食べました」 と、しげちゃんが云う。 父がその日、その店でさいごのさいごに選んだのは「レモンとはちみつのジュレ」であった。めでたしめでたし。 ホテルを出ると、横殴りの雨が降っていた。 「天気予報のとおりね。きょうはできるだけ外出をひかえてくださいと、天気予報士が云っていたけど、わたし、『そうはまいりません』とテレビに向かって云ったのよ」 と笑うのは母である。勇敢なこと。 地下鉄丸ノ内線の改札口まで見送ろうと、不馴れながらも案内する。できるだけ風雨にさらされぬ道順で、と必死の上にも必死になる。父の傘を長女にまかせ、母の傘を三女にまかせて、わたしは道の先をたしかめに走るのである。 やっとのことで改札口にたどり着いたとき、父が云った。 「ご苦労さん。もっとも、雨に濡れ過ぎる道順だったが。荷物を持ってくれてありがとう。きょうはたのしかったよ」 両親に手を振り、さよならをした直後だ、長女が云った。 「心配し過ぎよ、お母さん」 「わたし、失敗したのね、すごく遠い道を案内したのね」 「うん、そうだね。おじいちゃまとおばあちゃまは、お母さんが思うほど年取ってないし、弱くないのよ。経験もあるし、このあたりもふたりで歩いて、よく知ってる」 わたしは、ときどき(いや、始終かもしれない)読みちがう。 その日も、父の健啖ぶりを目(ま)のあたりにし、母の勇敢なことばに驚いたにもかかわらず、自分でいい加減につくり上げた84歳像、89歳像を勝手にあてはめ、勝手に心配し過ぎて、しょぼくれている。 こんなとき(と云っても、この数年のことだが)、目の前に将棋の盤があらわれる。「いまのは悪手だったのか」と考えるのである。いや、わたしなどは悪手の連続で、もしかしたら好手を指したことなどなかったかもしれない。ただ、なんとかここまでやってこられたのは、人生の盤上では将棋のように悪手を指して、結局投了となることがないからにほかならない。将棋のはなしのつづきのようになりますが、写真のコップは、わたしの「新手」(*)です。アルミ製で、小振り。長くさがしていたのを、ついに昨年末みつけました。これを小さな巾着袋に入れて持ち歩いています。エッセイの講座控え室の給茶器(紙コップが備えつけてあるのです が)用のほか、外出先で、ちょっとお茶を分けていただくのに用います。このアルミコップを出して、「お茶を分けてください」と頼みますと、たいてい驚かれます。うふふ。*新手(しんて・しんしゅ)/将棋用語:定跡(じょうせき)にない、あたらしい手。
2013/04/09
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気の張る用事がつづいて、気がつくとわたしの全体がちぢんでいた。緊張なんかはめずらしいことではなく、これまでもあちらで張りつめ、こちらで張りつめ、けれどまたそれを収め収めやってきた。のびたりちぢんだりは、馴れたものだったのだ。 ところが。 このごろ、緊張してちぢみ上がった心身が、なかなかもとにもどらない。もしかしたら、どこかが故障したのかもしれない。長く使ったこころとからだだ。不具合のひとつやふたつ出てきたとしても、不思議はない。 ちぢんだまま家のなかで立ち働き、ちぢんだままくつろぎ、ちぢんだまま眠る。 ある日曜日。 目覚めたとき、あれこれ考えずだらだらゆこう、きょうは、と思った。 天気がよかったので、布団を干す。2階からえんやらえんやら敷き布団と掛け布団、枕をおろして庭にならべる。 NHKの将棋の番組を見る。午前10時からの「将棋フォーカス」で振り飛車を勉強(飛車先は角で受ける)してから、つづけて正午までNHK杯テレビ将棋トーナメントを見る。思いもかけない一手に、飛びあがる。「わわっ、4九角!」と云って飛びあがる。 英文翻訳の課題にとりかかる。午後2時半までと決めて、集中してとり組む。紀行文。トナカイが出てきた。チェーホフが出てきた。11行しか訳せなかったが、それでじゅうぶん、という気がする。毎日、少しずつとり組もう。 はがきを12枚書く。この数日見ないが、庭にやってきていたヒヨドリの絵をはがきの隅に1羽ずつ小さく描く。全部で12羽描いたことになる。ヒヨドリはからだも大きく、先にやってきていたメジロやシジュウカラにいぢわるするから、ほんとうは描いてやりたくなどないけれど、つい描いた。描いたら、ちょっとうまくいったから、つい12羽も。 布団をとりこみ、こんどは庭から2階へえんやらえんやら運ぶのだ。布団の主ふたりのよろこびを思いながら、えんやらや。 台所で、野菜の肉巻き、さつま汁をこしらえる。それから酢みそをつくる。これをつくっておくと、ほうれんそうのおひたしにかけてよし、冷や奴にかけてよしなのだ。杏仁豆腐もこしらえる。 日曜日も終わり近く、この日のことを書いている。だらだらと。だらだらはいいなあ、と、うれしくつぶやく。「あれこれ考えずだらだらゆこう」は功を奏して、ちぢみが幾分解消して、心身のそこここが幾分のびたようだ。あたりまえのことを、ひとつひとつしただけなのに、こんなにもゆるまるとは。 この日わたしがしたことは、計らずも、手からこぼれ落ちていた事ごとだった。 干したい干したいと思って、なかなかできずにいた布団干し。こんなことを呑気にしている場合なのか……などとは考えずに、かぶりつきで見たテレビ将棋トーナメント。毎日少しずつ向き合うたのしさを実感しての、課題の英文翻訳。できずにいたことが、そうとう気にかかっていたらしいはがき書き。考えてみたら、だらだら台所で働いたのも、久しぶりだ。 緊張が身に貼りついたまま、ちぢこまってしまったときには、これ。だらだら薬!高校生(末の子ども)の弁当がはじまりました。中学校に学校給食が導入されたため(ありがたい給食でした。東京都武蔵野市の学校給食に、感謝!)、久しぶりの弁当づくりです。これも、わたしのこの春の緊張のひとつ。第1日めは、三色(みいろ)ご飯にしました。2日めは、肉じゃが弁当。れんこんのきんぴら、にんじんの白煮、セロリと鶏肉の和えものも詰めました。3日めはサンドウィッチ。少し緊張がほどけてきました。小さな器には、プロッコリーとソーセージ、チーズ、トマトとごぼうのピクルスを軽く塩とレモンで和えたものです。
2013/04/16
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