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profile:山本ふみこ
随筆家。1958年北海道生まれ。つれあいと娘3人との5人暮らし。ふだんの生活をさりげなく描いたエッセイで読者の支持を集める。著書に『片づけたがり』 『おいしい くふう たのしい くふう 』、『こぎれい、こざっぱり』、『人づきあい学習帖』、『親がしてやれることなんて、ほんの少し』(ともにオレンジページ)、『家族のさじかげん』(家の光協会)など。

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2013/05/21
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カテゴリ: うふふ日記
5月○日
 「ママレードをつくって、さしあげようと思っていたんだけどね、あんまり量があって、途中でめげてしまったの。あなたなら、夏みかんでもらってくださるかなと思ったの」
 友人の峯岸文子さんから電話がかかったのは、午後5時ごろのことだ。
 ——夏みかんでいただいて、ママレード、自分でつくりましょうとも。
 と胸を叩き、
 「すぐ、うかがいます。いまから、すぐ」
 そう、返事をす。
 文子さんのお宅とうちとのあいだは、徒(かち)にして10分ほど。同じ戌年で、わたしから見て二(ふた)まわり年上の文子さんは、英文翻訳の教室の先輩、料理上手、もてなし上手、そしてそして、未来のため骨惜しみをせずに活動するという点でも尊敬する友人である。こういう存在を近所に持つ幸運を思って、ときどき空を見上げ……。
 「何の褒美でしょうかねえ」と、わたしはつぶやく。

 ——何だろう、龍って。
 と履くたびに考え、天翔(あまがけ)る龍を思う。龍を見たことはないけれど、わたしの心象の龍は、ひょろっとしてちょっと蛇に似ている。
 文子さんのマンションの玄関扉前でオートロックの呼び鈴を押す。応答なし。
 ——あれ?
 呼び鈴をもう一度押すが、やはり応答なし。
 とつぜん、モクモクと心配の雲が湧く。
 ——そう云えば、気丈な文子さんが夏みかんの量に途中でめげてしまった、と話していたな。お加減がわるかったのではないだろうか。
 そう思ってみた途端、わたしに電話をしたあとに、ふらっとして床にへたりこむ文子さんの姿が見えた。……ような気がした。
 同じマンションに住む別の友人Iさん宅の呼び鈴を押して、マンションの玄関扉をあけてもらい、斯く斯く然然(かくかくしかじか)と、文子さんに呼ばれたはなしからみずからの想像までを話す。Iさんは文子さんの家の前までついてきてくれた。
 5階の文子さんの家のチャイムを鳴らし、玄関扉を叩いて「文子さん文子さん」と叫ぶ。
 ——救急車を呼んでしまおうか。

 同じ階2軒1棟ごとのエレベータの設備となっているこのマンションは、お隣りと云っても、一度1階に下りエレベータに乗り換えて上がらないとめあての家の玄関前に立てない仕組みだ。
 Iさんが文子さんのお隣りのお宅のチャイムを鳴らし、出てきた感じのいい婦人に向かって斯く斯く然然と説明してくれ、婦人は「まあ!」と云うなり携帯電話のボタンを押して、耳に当てた。
 文子さんがみずからの携帯電話で応答し、「いま、マンションの入口にいる」と云っているとのこと。
 ——あわわわ、あわわわ(携帯電話って、便利だ)。
 と、わたしは……。


 わたしが駆けつけるのを、マンション前の公園のベンチで待ってくれていた文子さんと、公園を通らず近道で訪れたわたしが行きちがってしまったのだった。
 元気な文子さんの姿を見て、思わずその肩に抱きついたら、ひとつ涙がこぼれ落ちた。めでたしめでし。
 小説や映画のなかで、わたしみたいなのは、事をこんがらからせる張本人といった役どころ。なんでもない日常を騒ぎのなかへと引っぱってゆく。が、ほんとうのところ、わたしはどうすればよかったのか。ほとんど携帯電話を使わず、したがって携帯しないことがまずいけないのかもしれない。しかし、それを除いては、やれるだけのことはしたという、晴れがましさがある。どんなに人騒がせでも、これくらいのことはしないと、友でもなければひとでもない。そう思うのだ。

5月□日 
 朝から外での用事がつづいた。夕方家にもどると、机の前に荷物がでん、と置いてあった。送り状に、友人の名前がある。
 ——はて、何だろう。
 段ボールのテープ剥がし、箱のふたをあけると、バスタオルにくるまれた四角いものがあらわれた。そっと引っぱりだす。あろうことか……。
 あろうことか、出てきたのは将棋盤だった。手に入れようと希うことさえ想像しなかった雲の上のもの。
 送り主の友人に問い合わせると、お寺や神社の障子や戸をつくる建具職人だったお父上に、頼んでくれたものだという。ことばがない。

5月△日
 朝起きるなり、居間と仕事場の仕切りの棚越しに、そっと机のほうを覗く。
 ——あった、あった。
 たしかに昨日、友人にも「ありがとう、ありがとう」と云い、わたしのもとにやってきてくれた将棋盤を何度もさすってから床(とこ)に入った。ところが、寝ているうちに、夢ではないかという気がしてきたのだった。朝、おそるおそる覗いたら、将棋盤はあった。
 「何の褒美でしょうかねえ」
 わたしはまた、つぶやいている。


ブログ将棋盤.jpg
これが、わたしのもとにやってきてくれた将棋盤です。
蔵で眠っていた檜が生まれ変わってできたものだそうで、
そのことにも、不思議を感じています。
この将棋盤にふさわしい駒を、と考えています。
どこでどんな出合いがあるか、たのしみにしています。


〈お知らせ〉
2013年6月28日(金)に、
小さなおはなしの会「台所から子どもたちへ」をおこないます。
時間:13:30~
会場:東京・新橋のオレンジページ「オレンジページサロン」にて。
ご参加、お待ちしております。

詳細は、 こちら へ。





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最終更新日  2013/05/21 09:53:56 AM
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