PR
Keyword Search
Calendar
Comments
Freepage List
こんにちは~
皆さんのお部屋に覗きに行きコメントも残さず、足跡だけぺたぺた残しごめんなさい。
今日は、病院の家政婦看護を40日近くした話を書きたいと思います。
私にとってショッキングな事ばかりで人生の縮図をみる結果となりました。
当時 医療メーカーの経理にいましたが、外国と取引をしていた為、
会社と外国の間に入っているコンサルタント会社が全部交渉していました。
時々アメリカから私の勤務先に「ハロー」と来てしまい、当時英会話教室に通って
いた私に電話を廻されてしまい汗だくだくでした。
英語を話せる様になりたいと大決心し退社しました。
走り出したら止まらない私です。。大使館、外資系会社・・・すべて落ちマシタヨ。。。
・・でメイドになろうと、田園調布の家政婦紹介所に登録をした処、
来るは来るは・・・病院の家政婦さんの仕事が!。。
B型の好奇心いっぱいの私は「違った社会も経験してみようかな?」と
軽いノリで行きました。24時間体制で夜中5回位トイレに起きる患者さんの処へ。
そこで婦長さんから、貴女の患者さんは肺がんですよと聞かされました。
救急病院なので、真夜中に麻薬患者さんと鉢合わせになったり色々ありました。
隣りの個室の家政婦さんから大声で私を呼ぶ声がし、応援依頼です。
その患者さんは下半身がおむつをしている、背の高い大学教授夫人でした。
その方は、オムツを取り替えた途端に、新しいのを・・にょろにょろにょろ、
いつも出すのです。家政婦さんは背の低い方で背の高い教授夫人のお世話は
とても大変でした。私と2人がかりです。
オマケに、その家族はたま~に来てもオムツ代も家政婦さんに払うのを忘れ、
感謝の言葉も言わない様でした。さっさと帰ります。
そんな感じなので、患者さんと家族の冷たい関係だったんだな? 納得。。
いつもイライラしていて点滴の時は暴れるので手と足は紐で結わいてた様です。
この仕事をしなければ虐待と思っていた事が、こうでもしないと患者さんの命が
危ないのだな~と学びました。
あと太って大きな方のお世話をするのは、もうもう大変です。
家政婦さんに腰痛もちが多いのです。私は決心しましたよ。この時に。。でもでも泣泣泣
40日家政婦看護をして、つくづく思った事。
それはあの世に旅立つ瞬間に、回りに、どんな人がいたかと、いう事かな~と。
やさしくしてくれる人がいたか、冷たい視線を見たかとか、おだやかな気持ちだったか。
私は将来、いったい。。。
まぁ300% 無理だっぺ→