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一輪挿しの花瓶です
2019/09/27
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毎週土曜日、モデルを呼んで1日たっぷり水彩画や油絵を描く会を見つけました。今回は南米の留学生。肌の色の変化が多様で楽しく描けました。1日描く喜びにひたれるのに感謝したひとときでした。
2018/05/29
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住んでいる柳瀬川の川べりをサイクリング。薫風を胸に吸い込む午後の園新緑のエネルギーが身体いっぱいに溢れてくるようでした。
2017/04/24
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油絵20号 『尾瀬讃歌』
2017/04/24
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カスピ海沿岸の風の街バクー。冬は辛い。石油の産地なのに石油ストーブがない。貧しいこの国では石油を燃やすのはドルを燃やすようなもの。暖房用の電気はあるが容量が小さく部屋が暖まらない。したがってみな仕事場でもオーバーを着込んだまま。そんな冷蔵庫なみの温度の部屋で仕事してから半年。ようやくアゼルバイジャンに夏が来た。優雅な海外から来た英国人などはみな1月ほど休暇をとって山や海の山荘に行ったりしている。優雅でない海外から来た日本人はみな仕事をしている。したがって休日の外人テニスクラブも閑古鳥。「風となり異国の広き海わたりサマルカンドへ夢を追う日々」最近は、欧州も異常気象が続いている。昨年は、40℃近い炎暑だったそう。「I almost died」と通訳のルスラン君は言った。この夏は冷夏ですごしやすいとか。西瓜、瓜、桃、さくらんぼ、林檎と果実は豊富である。西瓜や黄色い大きな瓜が1mほどの高さまで山積みされていたるところで売っている。1個数百円前後と安く、冷やして食べるととても美味しい。肉も、鳥、牛、羊、七面鳥、チョウザメと豊富。しかし味付けが単調。炭火、塩焼きがほとんど。たれがない。工夫がない。外食に飽きてきて、最近は自分たちで料理する機会が多くなった。昨夜は、ステーキ肉5枚450円を買ってきて料理した。ニンニクと醤油で下ごしらえしたのを30分ほど寝かしてひまわりの油とバターとワインで焼き上げた。実を言うと娘がやっていたのを思い出しながら・・・。それに紫たまねぎのスライス、唐辛子の効いた胡瓜の一夜漬け。はるかに美味しい。こちらの黒ビールはとても美味しく肉によく合う。さて週末はたくさんの人が「三日月湾」と呼ぶ浜辺へ押しかけている。先週は、友達になったアゼルの若者が可愛いガールフレンドを二人連れてきたので一緒に泳ぎに行った。沖には石油掘削の鉄の基地がそこここに浮かぶ風景が、カスピ海の特徴。塩分が少ないので、乾いてもべたべたしないのが良い。1人250円ほど払うと、専用の木陰の小屋を用意してくれる。黒ビールと焼肉を楽しみながらのんびり甲羅干し。欠点がひとつ。のんびり甲羅干ししようと思うのだけど・・・・・。 周囲を美しいカスピ海美人が行きかうので・・・・・。ななかなできない。絵の師匠に良く言われたこと。良い絵を描くにはすぐに描いてはいけない。しばらく美しいものに感動すること。そしたらどこが美しいか自然と見えてくると。そういう意味では次々と感動のしっぱなし。眼のやり場に困らないほんとうに「美しい」ビーチでした。まあ、たまには、こんな日もいいか。 浅き夢目覚めて水脈(みお)をたどりゆく潮に委ねる午後の曳航 左記の青春挽歌より
2003/08/08
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誰もが、心やすらぐ場所を持っているはず。私にも、何度行っても、心のやすらぐ場所がある。そこは、尾道を遥かに見る瀬戸の島の頂上。かって村上水軍が支配した島、因島。瀬戸の海峡に望む島の山頂、名を白滝山と言う。山頂からは、春光に輝く四周の海峡が見渡せる。 尾道からバスで30分、因島大橋で降りて徒歩で30分ほどで山頂。何度行っても飽きないのは、山頂からの360度の瀬戸の美しい海峡の展望。歌人吉井勇はこう歌にしている。「白滝の山に登れば眼路広し 島あれば海 海あれば島」それと、明るい山頂に散在するさまざまな表情の五百羅漢。五百羅漢どころか、島全体では総数700体もあるそう。亡くなったかみさんの御霊が眠る島なので、何度も登ったのに、この連休、初めて3つの石像の関係に気づいた。 まずは、珍しい立膝の悩ましい座像の観音様。「まいった。まいった。」と眼のやり場に困りつつ、観音様の下肢から目が離せない、当惑気味の僧。その隣で、「こら!何を見ている。」と、こわい顔をして、叱り付けている僧。初めて、三つの像の関係に気づいて、しばし見とれてしまった。見ればみるほど、味がある。まず2人の僧の表情がとても、いい。煩悩の僧のまなざしは、まるで生きているよう。しどけない観音様の太腿あらわな、けだるい風情もいい。当惑した僧は、雲の模様の上に乗っている。水浴する乙女に見とれて雲から落ちたという久米の仙人をもじっているのかな。この石像を作った人と酒を酌み交わしたら楽しそう。石像の古さから、もう生きてはいないだろうが、きっと、豊かなユーモアの心を持った素敵な人だったはず。(調べたらなんと、文政10年(1827年)の昔に、柏原伝六とその弟子達によって作られたものだった。) 私も、遊び心を出して、より妖艶に観音様を描いてみた。ちょっと、いたずらが過ぎて妖艶になりすぎた!そうしたら、こわい高僧に、いっそうこわい顔をして怒られた。「こら、ばかもん。何をやっとる!」
2006/05/11
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