2003年11月19日
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1966(S41)年12月19日(月)晴のち小雨 
★話せる試験監督・残業・お返し添えてお歳暮受領

 ウチの奥方のご機嫌は今日も快方に向かわない。よって昼食は何時もの愛妻弁当に代え「天春」で済ませた。

 4時半より又々事務規定試験。 

 新任のI部長は、皆さん勝手に要領よくおやりなさいといいたげに席を度々外してくれる。するとソノ都度、役席者を筆頭に皆ガヤガヤと答案を見せあったり、カンニング・ペーパーを取り出して回覧しあうといった光景に早変わりする珍風景が繰り返し現出。今思い出しても可笑しくなってしまう。

「頭取は中学時代同級で、成績は何時も最下位だった」と昔話を時々語るI部長にしてみれば、その出来の悪い劣等生だった昔の同僚が、こうした現状に会わぬ試験問題を自分の部下に強制して良い気になっているようで、何かアホ臭いに違いない。
 事実、「アイツは学生時代に出来なかったから、こんな事でソノ時の鬱憤(ウップン)晴らしをしている」と公言して憚らない。私も内心同感の思いである。


 退社時間である5時過ぎになって、その噂の主の頭取が、「前頭取追悼録10冊を、自宅と東京事務所の個室用に取り揃え、至急送るように…」と言い出した。

 お蔭で帰宅が一時間ほど送れる。無論、サービス労働である。




 コンナ遅く何の急用かと些か不審に思いながら応対すると、お歳暮を配りに来てくれたらしい。勿論、こんなことで恩を売られては困るので硬く辞退したが、向うも社用。それでは困ると押し問答。結局、ラチがあかないので、代わりに此方も旧友N君の所で貰った蜜柑一箱を皆さんで召し上がれとお返しさせてもらい手を打つ。

 なお後で先方持参の品物と引き比べ、どうやらチョンチョンの品と確認し先ずは一安心。別にこの程度の品ならとも思うが、黒い霧のご本尊・I副頭取という男は、部下に疑念を向けさせて自分の悪臭を誤魔化そうという寝技師とか…。

 収支決算をココに書き止め、処理方法を明確にしておこう。(夫・誠筆)

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《付記》2003年11月19日の誠、日記再読所感

☆話せる試験監督・残業・お返し添えてお歳暮受領

 西郷さんじゃないけれど、I 部長というのは、今考えるとナカナカにユニークで面白い男だったナァ。

 マアあのワンマン頭取の悪口を、部下でも誰でも平気で酷評して憚らなかったのは、彼氏一人だったじゃぁないかしらん。

 彼氏は頭取と子供の時から家も近くだったし、小学生当時は結構のガキ大将だったから、金持の息子だが弱虫で良く苛められて泣いてた頭取を助けてやったものだとか。中学時代にも同窓の御学友で、喧嘩やカンニングも良く助けてやったらしい。
 とにかく学生時代はボクシングが強く、当地のボクシング界で知らない人は居ないと聞くほどの存在だったが、そんな豪傑顔はサラサラ感じさせない、温厚な人柄だった。



 初出勤の数日前、当時支店長総代だった遠縁のSG伯父から入行式後に紹介されたH人事部長に、初出勤時の服装と持参品について尋ねた所、
「まあ始めのうち暫らくは、学生服のままでも良いでしょう。持参品も算盤の他は銀行で準備します。何れ算盤は自分のものを用意してもらわねばと思いますが、入行式当日はお弁当だけ持ってきてください」。
そう指示され、ソノ通りの服装と弁当を風呂敷包みに包んで初出勤したものだった。

 ところが、配属された本店営業部の出納主任だったのが、このI部長だった。
そして、

そう、先ず一発注意されてしまった。
 私としては、人事部長から指示されたとおりにしてきたつもりなのに、何でやねん…。と、内心で思いながらも恥ずかしく赤面してしまった事を懐かしく思い出す。あの最初の一撃は、ご本人にとってはホンの軽いジョブぐらいのつもりだったろうが、緊張して一番乗りで初出勤した私だけに、今も忘れられないアッパーカットの一撃のように脳裏に残った。

 そのほか、入行当時は本当に学生気分丸出しだった我々は、大先輩である彼氏から結構厳しく躾けられたように記憶する。でもそれは、先輩が早く仕事に慣れさせようとする兄貴のような感じで純粋に好意的なもの。むしろ今は、大変清々しい思い出となっている。

 だから、その入行早々一発喰らった感じだった I 部長が、初めての社員旅行の宴席で私が歌った「祇園小唄」を大層褒めてくれ、以後、宴会と言うと唄わせられるようになった事も心嬉しかった思い出の一つだ。


 ところで、話は I 部長の事から少し逸れるが、この入行当日、出納へ配属される前。行内で確か№3のポジションだった常務取締役営業部長だったAさんへ挨拶に連れて行かれた時は、一層の大荒れだった。

 母校の卒業式の関係で、初出勤の日は各自コレに従った出来るだけ早い日から…と言うように指示された。このため、私は高校同級生だったR大卒のM君とN大卒のA君と示し合わせ、大卒の入行者で本店に配属された七人の中で先陣をきって出勤することにしたのだったが…。

 先ず三人ともA営業部長の前に立たされるや否や、オハヨウございますも言ったか言わないか今は覚えてないが、
「今年の新入行員はナットラン !!」
と始まった。

 それから延々1時間以上も立たされどうしで、よくも並べたものと思えるほどアーだコーだと文句を一杯並べられたが、今はっきり覚えている事はとにかく、
「戦場に出てくるというのに、鉄砲も持たず丸裸で来る奴があるか。君等は今日から銀行員だ。ペンも算盤も持ってこないとは何事か!!」といった言葉のみである。

 ところが隣に立っていた、3人の中で一番の虚弱体質だったR大卒のM君が急に脳貧血を起こしてぶっ倒れてしまった。余りの長時間、直立不動でお説教を聴かされていたためであることは明らかだったから、今度はA営業部長自身が、漸く度が過ぎたと気付き大慌て。すぐさま部下の行員を呼んで彼を裏の和室へ運ばせて行った。

 ソンナ突発事件のお蔭で、私とN大卒のA君も漸く立ちん棒から解放され、身柄をW庶務主任に預けられた。そして、これでも読んでいろと分厚い内規を渡され、中の意味は殆どチンプンカンプンな銀行の決まり事を覚えるように言われて、そのまま2時間近くが経つ。昼近くになり漸くM君の容態も落ち着いたらしく席に戻ったA営業部長から、当面の配属先として当時まだ出納主任だった昔のI部長の許に連れて行かれた。
 …まあ、大体ソンナようだったなぁと、何とか初出勤の日の思い出の殆どが繋がった。

 いずれにせよ、そんなユニークにして良い意味での強烈な個性の持主であった I 部長との出会いは、斯くして始まった。だがソノ後、直属の部下として接したりのは、それから大分後のコノ庶務部長時代のみだった。
 そして、その頃には I 部長の生い立ちや、スマートな体躯ながら新頭取も一目置く豪傑だとの評判は、概ね理解できていた。
 あの意地悪い前任のHハゲ部長の後で着任しただけに、我々は諸手を挙げて歓迎し大いに自由を謳歌した事は云うまでも無い。





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最終更新日  2003年11月26日 17時57分33秒
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