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三助の師匠は三助より20年ほど先行している。けっこういい歳だけどまだまだ進化していっておられます。少し太極拳のことが解り出した今では師匠の進化していっておらるのがよく解り出した。体の細胞レベルでの体重移動ですね。近頃合気道の書物もよく読んでいる。つまるところは同じ原理に突き当たりそうですね。面白い^^!
2013年04月05日
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太極拳の素晴らしさは人間の体の細胞レベルにまでじっくり刺激を与えることが できる ことではないだろうか?暑い日にかんかん照りの中で顔を歪めて苦しそ うに走ってる人をよく見かける。健康に対する強迫観念での行動にしか思え な い。太極拳の方がずっといいよ。
2012年08月15日
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暑いと体がだらけるけどやはり1日45分くらいは八段錦と太極拳24式。なにしろ 我が教室は100まで舞い続けよう太極拳だから^^,
2012年08月13日
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マックと格闘中。思い通りに動いてくれない。ショートキーにしても前のマックOS9.2はコマンドとDを押せば日時曜日が記入できていたのだが今度のマックOS10.6.7はシフトとコマンドとDを押して日時曜日が記入となる。これって進化なのか退化なのか分からないね。マックOS10.6.7を作った人の能力の問題なのかどうなのか?もっとシンプルなOSにして欲しいね。でもウィンドウズに比べたらマックの方が操作が簡単で優れているように三助には思える。値段は安いしデスクトップで大きな画面だし、優れモノに思える。大阪駅裏のヨドハシカメラで買ったのだけどスゴく売れているらしい。ウィンドウズから買い換える人も増えているらしい。マック万歳。人間の身体を使いこなせるようになるのも時間がかかるけど、でもその方法として太極拳のけいこ体系は優れモノ。マックも太極拳と同じく優れモノだけど使いこなすには時間がかかるね。サポートセンターに電話かけまくりです。早くマックOS10.6.7と仲良くなりたい。
2011年06月10日
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自分の身体を意のままに動かすことが太極拳をやっていれば少しずつであるが可能になってきているけど、パソコンマックOS10.6.7を意のままに動かすのは難しい。パソコンマックのプロに聞いたところによれば2年置きに新機種に交換するそうである。家電と同じ感覚で考えていたら取り残されるそうである。前のパソコンマックOS9.2とは確か8年ほどのつきあいであった。それで充分まにあっていたのだが、なにぶん対応ソフトがなくなってきたのでしかたないから3~5年はOS10.6.7と仲良くしよう。早く仲良くなってね。
2011年06月03日
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三助の愛機であったマックOS9.2から10.6.7に替えた。オペレーションシステムの性能は素晴らしく成長してるけど残念ながら慣れてなくて使いこなせるまで時間がかかる。これって太極拳をしていれば身体操作の能力は素晴らしく上がってくるけど、その能力を技の中に生かしきれるまでには慣れがいるってのに似ているように思います。
2011年06月02日
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古いマックがとうとう故障です。なにぶん10年ほど使ってたのでしかたないですね。太極拳は身体のメンテナンスをしているようなところがあって気に入って気長にやってるんですけど、新しいパソコン操作に慣れるまでブログはとうぶんお休みさせていただきます``;
2011年05月30日
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三助は太極拳より他にも体術を26年ほどやっているけど、太極拳をして始めてこれだなと分かった事がたくさんある。身体って足の指から頭のてっぺんまでが確かに動きの中でつながっているって事。これって分かってくるとあたりまえの事である。でもこれが太極拳を10年ほどして始めて分かってきた。太極拳の練功体系って凄いね。全編身体全体のつながりの理解のためなのだから。体全体のつながりが分かってくれば、パワーを出す方法は幾らでも無尽蔵に考え出す事ができるようになるね。技は無限にあるってこれの事だね。
2011年05月28日
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「あくなき向上心」「なぎなた」の澤田花江範士(94歳)が書かれた本を読んでます。太極拳を極めようとしている三助の勉強になります。その本の中にこんな言葉があります。『習う人がそのレベルまでいってなければいくら言ってあげてもわからない。身体がこう向いているよ、と言ってもわからない。言われたら自分が直す気がないといけない。直す気がなかったら上達なはい。先生が言ってくださるということは、ありがたいと思わないといけないよね』これですね。後輩に稽古を頼まれるようになったら特に上記の言葉がよくわかるようになりました。
2011年05月27日
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あまりにも完璧と三助の思っているバランスを求め過ぎたね。バランスを求め過ぎると身体が固まる。身体が固まると伸びやかさがなくなる。伸びやかさがなくなれば型だけの太極拳になってしまう。これでは駄目だ。居着いてしまう。居着きのない伸びやかなバランスが難しい。今日の道場での稽古は大失敗。バランスを求め過ぎて身体が固まっている。また、元に戻そう。こればっかりの繰り返しだね三助の太極拳。おまけに後輩の身体使いに注文を出して後輩の責任にしてしまった感じ。最低だね。穴があったら入りたいよ。じっくり根気よく居着かない自分のバランスを求めていくしかないね。慢心は禁物だ。恥ずかしいね。試行錯誤ばっかりだね。
2011年05月26日
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「あくなき向上心」「なぎなた」の澤田花江範士(94歳)が書かれた本を読んでます。太極拳を極めようとしている三助の勉強になります。その本の中にこんな言葉があります。『今の人は、なんでも教えてもらわないとわからないという人ばかり、そのくらいわかりそうなものだと思って言うと、「教えてもらってません」って。私たちの時は順序だけは教えていただいたけど、先生はその後のことは何にもおしゃらなかった』三助も今の人ですね。自分でよく考える。人の稽古をよく観る。これですね。
2011年05月25日
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経験と共に今まで観えてなかったところが少しずつ観えてきている気がする。動き時の呼吸が観えてきたように思う。意識がほんの少しだけどそこに自然にいくようになってきていると思う。呼吸と共に動きがある。呼吸は動きを導き出す。動きは呼吸を導き出す。これだね。
2011年05月24日
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同じ道場に三助を慕ってくれる後輩がいる。これって教えてあげるかいがありますね。信頼されたらこちらもいいかげんな指導はできないもんね。でもこれって教えてあげる事により三助の太極拳も凄く進化していっていけている。ありがたいですね。後輩に感謝です。
2011年05月23日
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テレビを何気なくつけたら仏教の話をしていた。仏教て考え方なんですね。人生哲学なんですね。興味深いですね。「精進は琴の音のようで、強くてもゆるくてもいい音は得られない」って考え方が紹介されていました。納得できますね。要はバランスって事でしょうね。孔子の教えの核になるモノとして中庸ってのがある。これもバランスって事でしょうね。太気拳の教えに「いい加減」ってのがある。これもバランスでしょうね。太極拳を含めてさまざまな体術26年ほどの経験ですが、ある程度分かってくると他の事からもヒントを得られるようになるもんですね。稽古は辛いけど面白い。
2011年05月22日
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いろいろな後輩に稽古をつけてあげている。技を掛けやすい後輩とそうでない後輩がいる。この違いって何なのだ?身体とか性格の相性ってあるのだろう。やはり稽古って身体を練っていくって働きもあるのだから。身体の練りのための稽古と実戦用の稽古-相手を制覇するための稽古-とは違うって事はありだろうと思う。演武と実戦の違いかな。その違いは、あっていいと思う。実戦ではレギュラーな体重移動よりもイレギュラーな体重移動の方が有利だけどね。
2011年05月21日
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三助がお世話になっている道場にはいろいろな地域の人が稽古にこられる。師匠がさまざまな場所で指導されているから、また一番大きな道場でもあるからである。この前えらい目にあった。三助にいろいろ指導してくれるのは良かったのだけど、その人が三助の後輩と稽古してるのをみたら滅茶苦茶に下手じゃないの。なんていう事だ。これって恐ろしい事ですね。まじ三助と戦ったら手ひと振りで吹っ飛ばせるレベルですね。あの人あとで恥ずかしくなるやろなと思った。でもそれは三助はし~らんで。三助も気を付けよう。相手のレベルを的確に計れるようにならなければならないね。謙虚さを忘れてはならない。肝に銘じよう。
2011年05月20日
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このブログは、とにかく書きまくって三助の太極拳の達人になる道筋の記録と文章を書く練習という目的なのですが、でも書きまくるだけでなく不確かな所は辞書で調べないと駄目ですね。結構、思い違いで熟語など使ってますね。反省。「きもにめいずる」は「肝に命ずる」ではなくて「肝に銘ずる」なんですね。ふとテレビ見てましたらそうでした。太極拳の技についても結構思い違いをしてやってる事があります。このまえ三助の師匠の師匠が本場中国から来て指導して下さいましたが、この型はこういう時に使う技だかたらこうすべきであるとかいろいろ御指導いただきました。目から鱗って事が多かったです。やはり、きめ細かく丁寧が達人になるための秘訣ですね。肝に銘じます。
2011年05月19日
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身体のインナーマッスル(深層筋)への記憶ってことが大事って分かった上での練功体系だね。ちょっとやそっとではインナーマッスル(深層筋)は記憶してくれない。延々と記憶させる。それも丁寧に記憶させる。酒のんで頭がふらついていても瞬間的にそのインナーマッスル(深層筋)記憶が呼び出せるようにしていくって事だろな~。三助はちょっとした活字中毒である。月刊秘伝って本も興味深い。太極拳をしていればこそ理解できる部分も多い。他の武術も太極拳の参考になる。原理は同じだね。
2011年05月18日
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何ごとでもそうだろうけどできだした事は本当に簡単。人ができないと何故だと思うくらい簡単だね。でもできないうちには至難の技。頭の整理ではなく身体の中まで身体が理解してくれないとできない。脳味噌の理解ではなく身体の筋肉がその動きを記憶してくれないとできない。脳味噌よりも身体各部の筋肉の方が記憶力、理解力が遅いのだろう。でもその理解、記憶は持続性が強いってことだろね。なんとしても達人になりたい。
2011年05月17日
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三助は左足のバランスが極端に悪い。だからどうしても右足に負担をかける。左足をカバーする意味で右足ががんばりすぎる。これだね、右足裏の靭帯を傷めたわけは。大発見だね。分かったよ。
2011年05月16日
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少し今までとは違うバランスで稽古してみた。端正な動きはできる感じである。でも後から左膝の内側が痛くなっている。ほんの少しのバランスの違いで身体の中の筋肉(インナーマッスル)の働き具合が違ってくるためだろうと思う。それが身体全体の動きに大きく影響を与えるためだと思う。身体って本当に微妙。ここの所を解き明かせた人が達人だね。
2011年05月15日
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後輩にすごく熱心な人がいる。ところがこの人はやればやるほど下手になっている。どういう事だろうと思って稽古を観察していると師匠とか三助が教えてあげた事をすぐ忘れるのか?大事さが分かってないのか、習った事とはまったく違う事を熱心に稽古している。これでは駄目だ。三助も肝に命じよう。熱心だからと言って上手くなれないんだね。
2011年05月14日
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三助の太極拳、修行のかいあって(本当は欠点だらけなのですけど、それは自分が一番分かっている)上手いと言われるようになっている。でも、三助自身はまだまだと思っている。結局のところバランス感覚だね。これがとても大事。これって社会現象の全てに通じると思う。山とかに立て籠る人がいるけど蚊に刺されたりして病気になるだけで悟りには1000人に一人くらいしか達しないのではと思う。とにかく考え抜き丁寧に稽古しまくりが達人になるための極意だと思う。
2011年05月13日
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右脚裏の靭帯を傷めてえらい目にあった。本当に偶然に右脚を捻り過ぎたためである。これは足首を思いのほか偶然に捻りすぎたために起きる足首捻挫みたいなもんであろう。少し動くとまた痛くなり力むとさらに痛くなり本当にえらい目にあった。普通の生活にはこまらないレベルの怪我であるが、太極拳の達人をめざしている三助には大怪我に相当する。まともな稽古ができないのであるから。立禅をして脚を少し曲げると痛くて立禅が続けられなくなるのだから。爪先立ちも辛くてできにくかった。階段は降りる時が特に辛かった。治すには日にち薬しかない。医者よ、治す特効薬を発見してくれ。先輩によればスッキリするのは6ヶ月という事だが本当な感じである。あと、2、3ヶ月はスッキリするのにかかるだろう。そんなわけで、力をいれたら、もちろん力みがはいったらすぐ後からメチャクチャ痛くなる。で、三助は考えた。このさい、力を抜いて丁寧に太極拳動作をしながら、ポイントとして呼吸に気をつけようと。太極拳で最後に大事になるのは呼吸である。このさい呼吸を極めよう。なんとかして達人になりたい。
2011年05月12日
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近頃、よく稽古を付けてほしいと頼まれる。ところがしっかり教えてあげたいと思わせられる後輩とそうでない後輩がいる。この違いはどこからくるのかも興味深いのでこれについては、まあおいおい考えたいけど、今の三助の問題は教えると指導の違いである。教えるとはこれが正しいからこうすべきだという自主性というよりも受け身的な態度を尊重する状態。指導とはこっちに行ったら良いですよと目差すべき方向を指し示し後は君次第だよという自主性を尊重した状態かな。レクチャーとアドバイスとの違いかな。当分この区別で考えて行こう。
2011年05月11日
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近頃よく教えてほしいと頼まれる。三助の重力を感じさせない滑るような動き(「身体を徹底的にほぐす」、「軸感覚を磨く」、「瞬時に身体に張りを作る」という稽古からできて来る)が魅力的なのだろう。今までは自分の稽古だけでよかったのだが教えて欲しいと頼まれると嬉しい反面困ってしまう事が多い。三助は人をみるとすべて自分よりも優れているのになぜ下手なのかと思えてしまう。三助は凄く不器用。その不器用な者からみたら頼んでくれる人は全て優秀に見えてしまう。その優秀な人達がなかなか上手くなってくれない。何故だ。「自分」にも「教えてくれと頼んでくれる人」にも求め過ぎないようにしよう。身体の中の操作だから分からない事が多すぎる。人には人の身体の中の事情があるのだろう。他人には分からない事情があるのだろう。「求め過ぎるな」を極意としよう。
2011年05月10日
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三助の後輩に自分が稽古するよりは後輩に教えるのに熱心な人がいる。三助からみて人に教えるよりも自分の稽古をもっと熱心にしないと上手くなれないのになと思える。人に教えるのは請われた場合だけにとどめないと駄目だと思う。孤独な稽古に耐え、考えぬけられる人しか、達人にはなれない。肝に命じよう。
2011年05月09日
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後輩に頼まれて稽古つけてあげている。ところがこれが中々難しい。やはり厳しいのよりも誉めてあげるほうがやる気が出るだろうと思って、少しでも好い所があったら誉めてあげていたら、注文を出された。もう少し厳しいほうがよいですと。だので少し厳しくしてあげたら、もう少し優しいほうがよいと言われた。教えるって難しい。
2011年05月08日
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連休で暇で友人から声をかけてもらったので道場に顔を出した。この前からちょいちょい顔をあわせるようにようになった人が来ていた。前回はこの人の事がよく分からなかったのでそれとなくその人の稽古を見ていた。まじには見ていなかったのでよくは分からなかったのだが、今日は暇なものでたっぷり観察した。話せば話すほど、どうも精神に異常を来している感じである。三助の友人とすぐ揉め出す。どちらもマジになって言い合いをしている。技をみていると幼稚すぎる。でも本人は自分は上手いと思っている感じ。だので少し稽古をつけてあげた。だいぶ自分のレベルが分かって来た感じ。そうしたら三助の事を達人中の達人だと持ち上げてくれだした。そこまで反省してもらわなくてもいいのだけど。頭はおかしいけど危険性はないのでまあいいか。本人がやる気があるのなら面倒をみてあげよう。
2011年05月07日
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確か5年ほど前に道場に来ていた練習生がまた戻って来た。最初からこの人は伸びると思えたので結構熱心に教えてあげていたのだが、途中から仕事の関係もあり、また本人の不満もあったのか道場に顔を出さなくなっていた。何をしているのか心に引っかかっていたら、この前から顔をだし出した。どこか他の道場で稽古をやっていたそうである。でも、どうも先輩達が気にいらずまた三助のいる道場に戻って来た。もうほっといたろと思っていたが、でも少し手合わせしてみると以前よりも数段進歩していた。これはと思い、また三助がしごいてあげている。確かに技のキレはよくなっている。でも身体全体のしなやかさはなくなっている。これはやはり周りの先輩達のやり方がまずいのであろうと思えた。三助がそこの所を考慮し少し指導してあげたら納得していた。前より随分と素直さが出ている。素直さがあれば見込みがあるので指導してあげる気になった。続けばモノになるのだけどね。
2011年05月06日
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類い稀なる素質を持っている後輩がいる。だので三助がしごいてあげている。だけどこの後輩がまた人の言う事を気にし過る。あの人にこう言われたとか、また違う人にはこう言われたとか。大丈夫なのかな。人のアドバイスを聞くのはいいのだけど、それは聞き流すべきだとかこれは取り入れるべきだとか、やはり取捨選択できなければならない。なんでもかんでもむやみに聞くべきではない。このあたりも達人になれるかどうかの別れ目だろう。三助も肝に命じよう。何ごとでもそうだろうけど、最終的には自分で自分を信じられるかどうかだろな~。
2011年05月05日
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後輩で難しい技ばっかりやりたがって基礎的な技に対して根気の足りない人がいるので、このあいだ少しキツイ事を言ってあげた。もうやる気なくすかなと思ったけど、そうじゃなくて案外に素直に聞き入れてやる気をだしてくれた感じ。しかしいつまでそのやる気が続くのかな~。ま、誰でもそんなもんだろね。少しでも稽古の面白さが分かってくると続くのだけどね。これも先輩の役目かな。見込みのありそうな後輩なので、ま、いいか。
2011年05月04日
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三助の太極拳はけっこう評判がいい。だけど三助にはどうも満足できない。ここを直せばあそこがまずくなる。体重移動がまずくなるのである。三助は100キロくらいのバーベルを使って筋トレというかボディビルを以前にしていたもので、パワーはけっこうある。でもナマの力をついつい出してしまうという欠点がある。だいぶそれは取れてきているが、でも直すところが見つかるとついついナマの力が出過ぎる。これが問題だ。今のままのバランスで丁寧な体重移動を心掛けていくのがベストだろう。
2011年05月03日
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この世界では意念とう言葉をよく聞く。でもこれってすべての体術に応用できることであろう。身体が固いとそこが動くためのブレーキとなる。身体をほぐし抜きバラバラにし、意のままに反応できるために抵抗のない身体にしたい。そうすれば動き自体が意識で動けるであろう。そして身体のもともと持っているバネ機能を使えば重力から解放された技となってくるだろう。三助の求めている太極拳とはこれである。
2011年05月02日
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今のところ、丁寧な体重移動を重視して稽古しているけど、もう一つレベルアップしていこう。これからは丁寧な呼吸をめざそう。呼吸をもっと深く考えていけばさらに三助の太極拳は進化していける可能性がある。
2011年05月01日
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太極拳では呼吸を最重要視する。これって呼吸を利用すればパワーを出せるという機能を身体機能が持っているって事ではなかろうか。長い太極拳の歴史の中で発見された事であろう。これを積極的にパワー発揮のために開発発展していかない手はない。丁寧に呼吸パワーの発揮をめざそう三助の太極拳。
2011年04月30日
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三助の後輩に難しい技ばっかりを好んでやりたがる人がいる。上達するためには基本的な技を何回も何回も一技万練(いっしばんれん=一つの技を一万回練習すればモノにできるという事)で根気強くしないとモノにはならない。誰でも通る道であろうけど...三助もそうであった気がする~^,けど、やはりぼつぼつ言葉として教えてあげないと考え方は変わらない感じ。少しきつい事こと言うかな。
2011年04月29日
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寝不足で太極拳の稽古を後輩とした。寝不足なもんだから荒っぽくなりようがない。荒っぽくなったら余計にしんどいから。力んだら余計にしんどいから。そんなわけでひたすら無駄な力みが抜けて(気のせいかも分からないですけど^~,)稽古できた気がする。たまには寝不足稽古もいいものかな。でも頭がフラフラする。
2011年04月28日
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三助の後輩に素質のある人がいる。どのように上達していくのか興味深く観ている。ちょっと根気がなく気紛れで腰が弱い感じである。見捨てておくのは気の毒なので結構熱心に教えてあげている。でもものになるのかな?もの事を成し遂げるには、運、鈍、根が大事と言われるけど、納得。
2011年04月27日
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武芸者にはそれぞれの風格がある。人の稽古風景を観ていると、風格のある人ない人がいる。この違いって各自のこだわりの違いからくるのではないだろうか。基本は皆おさえなければならない。その上での各自のこだわりの違いが影響してくるのだろう。三助は今のところ、身体全体の柔らかさ、センター感覚の確かさ、前記の上に身体全体に張りを持たせる、ってのを心掛けている。評判はいいのだが、まだまだ上達したい。誰もがうなるほどの達人になりたい。三助の動きを観ただけで戦意喪失するような動きが出来るようになりたい。戦わずして勝つ。これが理想だろう。
2011年04月26日
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どんな体術でもそうだけど、基本稽古っていうのがある。基本的な型を何回も何年も繰返すって方法。これって身体の癖をとるための方法ですね。身体には必ずその人独特な癖がある。その人の生活習慣からの癖、身体的な欠点からの癖、その人の考え方からくる癖、数えきれないくらい癖の原因はある。その原因から癖ができる。癖は誰でも持っている。たえず修正しておかないと癖だらけになる。癖が固まってくる。これらの癖をとる事が最大の課題であろう。10年ほど稽古してみてそう思う。三助は太極拳をする前に15年ほど他の体術をしていて今も太極拳と平行して続けているのだが、これは色々さしさわりがあるので書けない~~;すべては太極拳のやり方に行き着くってのはよく分かってきた。太極拳は素晴らしい。身体の癖が取れてくる。
2011年04月25日
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運動不足を防ぐために道場に顔を出した。ほとんど各自の稽古を三助独自の柔軟体操や立禅をしながら観ているのだが、見込みのありそうな後輩がいたら稽古をつけてあげている。喜んでくれている人もいるしそうでない人いる。何人かに稽古をつけてあげて思うのだけど、いいものを持っていたとしても、やはり素直さがないと身体の癖もなかなかとれない感じっていうかとるつもりもない感じ。素直に努力するってのが何ごとにも通用する極意だな~。小手先のごまかし稽古ではいつまでたっても駄目だな~。三助も肝に命じます。
2011年04月24日
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太極扇をなかなか憶えられない。身体使いは結局のところ24式の応用だけど振付け(?)が憶えられない。今まで覚える気もなかったけど分かってくるにつれてなるほど値打あるなと思えてきた。扇に一瞬のうちに田丹のパワーが伝わるようになれば素晴らしい。技にキレが出る。それに宴会の時に隠し芸として披露すれば喜ばれるだろう。
2011年04月23日
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どうも丁寧さがたりない。達人になりたかったらとにかく丁寧に練習しろ。呼吸に気を付け丁寧に体重移動、身体全体の結びつきの中での手脚の操作、身体の細部にまで神経を行き渡らせろ。これを延々と稽古しろ。これが太極拳の原点だろ。忘れるな。
2011年04月22日
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傷めていた右脚裏の靭帯の調子が少し良くなったもので、またまた無駄なリキミをついつい入れて技をかけてしまった。ここの所が問題だ。反省しろ三助。欲をかくな。淡々と技を出せ。とにかく丁寧さを忘れるな。
2011年04月21日
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一流の料理人には三流の料理人にはないその人独自の方法があるはずである。その方法は、熱の加え方とか独自の調味料とか出来あがった料理を出す順番であったり並べ方であったり店の雰囲気であったりとかであろう。太極拳に例えれば、ちょっとした足を置く位置の違いであったり、目の使い方であったり手の型であったりとか重心の位置を少し動かすとか、技の組合せに意表をつき相手を翻弄し相手自らの思わずの動きを促すとかであろう。ウ~ン。興味がつきないね太極拳。
2011年04月20日
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熱心な人がいるので請われて太極拳を教えてあげている。何回か教えてあげている。その方、すごく熱心でそれを基に自主的な練習を家でやってこられるのは良いのだが、まったく三助が教えてあげたのとは別のモノになっていた。太極拳の極意は流れるような滑らかな体重移動。それが大事。そこの所が全く別物になっていた。これでは全く型だけじゃないの。泣けてくる。やはり上達には時間がかかるって事だな。自分が上達するのも難しいけど、人に教えるのはもっと難しい。師匠も三助にそう思っているのだろう~~;
2011年04月19日
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何としても太極拳の達人になりたくて、稽古に入る前の予備体操としていろいろ考えているのだが、素晴らしい体操を考え出した。これは優れものである。頭上高くで合掌し身体全体を優しく魚のようにクネクネするものである。1分ほどもやれば結構身体全体がほぐれてくる。発展型として片足でやるってのもある。でもこれは人前ではやらない方がよい。変態ではないかと間違われる恐れがある。速効性もあるし、持続すれば凄い効果が期待できそうである。達人になりたい。
2011年04月18日
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右脚裏の靭帯を壊してから本当に分かったね。荒っぽい脚使いをしたら後からメチャクチャ痛くなるんだから。今日の稽古は丁寧にしたつもりだけど、すぐむきになって荒っぽくなりがちだな。とにかく一歩一歩丁寧に。これしかないね。三助の太極拳が上達するためには。そして右足裏の靭帯を早く治し、二度と傷めないためには。
2011年04月17日
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とにかく丁寧に一歩一歩の動作を稽古しないと駄目だね。演武は演武で颯爽と動きまくりはするが(なかなか三助たいしたものです^~;けど)、日頃の稽古のポイントは、とにかく地味に丁寧に一歩一歩集中しての体重移動だね。とにかく丁寧。これが本当に上達の極意だね。丁寧さの中に無限の世界がある。これが分かってこないと駄目だね。まだまだだね三助。
2011年04月16日
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