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2026.03.07
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カテゴリ: 書籍


疑う科学者

疑う科学者

 寺田寅彦はいつも学生たちに、「ねえ君、不思議だと思いませんか?」と話しかけたそうである。私たちがつい当たり前だとして見過ごしてしまう事柄であっても、よくよく考えれば何故そうなのかがわからないことが多くあり、それに気づくようになることが科学者・技術者への第一歩であると言いたかったのだろう。
著者・編者 池内了=著
出版情報 KTC中央出版
出版年月 2025年12月発行

本書は、宇宙物理学者の池内了さんが、『天文ガイド』や「三井化成ニュース」に連載していた科学エッセイをまとめたものである。「常識」として受け入れられている科学的理解や社会的通念を、科学者の立場から批判的に検討する姿勢の重要性を説いている。池内さんは、科学とは既存の定説を無条件に信じる営みではなく、常に疑い、検証し、更新し続ける知的活動であると強調する。

冒頭では、人間が「常識」に強く依存する心理的傾向が示される。常識は思考の効率を高める一方で、新しい発見や異なる見方を拒む障壁にもなり得ると指摘される。特に科学の分野では、過去に正しいとされた理論が、後の検証によって覆されてきた例が数多く存在することが紹介される。

本文では、物理学・生物学・医学・統計など、複数の分野を例に取り上げながら、「非常識」に見える発想がいかにして科学的進歩を生んできたかが論じられる。直感や経験則に反する結果であっても、観測と実験の結果を尊重する態度こそが科学者に求められる姿勢であると述べられる。また、データの解釈に潜む思い込みや、因果関係と相関関係の混同といった典型的な誤りについても解説される。

さらに、科学的知見が社会に広まる過程で、単純化や誤解が生じ、「科学的に正しいはずの常識」が実は不正確である場合があることも指摘される。メディア報道や教育の場においても、批判的思考の欠如が問題を拡大させる可能性があると警鐘を鳴らしている。

池内さんは最後に、科学を理解するうえで最も重要なのは「疑う力」であるとまとめる。権威や多数派の意見に安易に従うのではなく、自ら考え、根拠を確認し、必要であれば常識を疑う姿勢が、科学のみならず社会全体を健全に保つ基盤となるのである。

『天文ガイド』の連載が2007年から2023年、「三井化成ニュース」の連載が2012年から2015年と、10年以上前の文章も混ざっているのだが、池内さんが取り上げた問題は現代にも通じる普遍的なものばかりだ。しかも、各々のエッセイの末尾に、最新の追補文書を掲げており、科学者としての真摯な姿勢には頭が下がる。

とくに、最後に記されている「複雑系」には、私も頭を悩ませている。
私は技術者だが、科学者と同様、何か不具合が発生したときには、要素還元主義に則り、要素に分解して原因の切り分けを行う。しかし、要素に分解すると不具合は発生しなくなったり、逆に新たな不具合が発生することがある。実際、極微の加工でつくられる半導体は、空から予告なく降ってくる宇宙線の影響で誤動作を起こす事例が報告されている。こうなると、不具合の根本対策の仕様がない。もちろん、地下深くにサーバルームを建設し、そこにネットワーク機器を置くとか、サーバラックの周囲に巨大な水タンクを置くという対策は考えられる。だが、ごく希にしか起きない宇宙線による不具合に対してコストが巨大にかかりすぎる。
だから、最近では、想定はしているが対策していない不具合のリスクを顧客に開陳し、対策すべきや容認すべきか、お互いがリスクの共有をするようになってきた。

池内さんは、科学者が社会にも目を向けるようにアドバイスしているように、こうしたリスク共有の考え方は、もっと広く社会に浸透していってほしいと願っている。企業にお任せ、政治にお任せという時代ではないのだ。それは科学が不完全だからではない。科学が精緻になったがゆえに、私たち自身が考え方が変えていかなければならなくなっている。だから、科学技術に不信を持つのではなく、どうか多くの人が科学技術を学び、どのリスクは共有しなければならないかをご自身で判断できるようになってほしい。






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最終更新日  2026.03.07 12:22:13
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